31:待っていてください、とお願いしました
それから、私はたくさん、たくさんお話をした。
不安や、不満。今の私の正直な気持ち。うれしいことも悲しいことも、たくさん、たくさん。
今まであんまり話さなかった、あっちの世界の話や、家族の話なんかも。
隊長さんはずっと、真剣な表情で耳を傾けてくれていて。
ちゃんと、隊長さんがどう思っているのかも、全部教えてくれた。
お母さんは料理上手で、なのにたまにアレンジしまくって失敗する。
お父さんは真面目で少し口下手で、そのくせバラエティー番組がすごい好き。
お姉ちゃんは二児の母で、旦那さんを尻に敷いてるけどとっても仲良し。
お兄ちゃんは背が高くて、でも隊長さんほどじゃなくて、大人げなく妹とも本気でケンカする。
家で飼ってた猫は三毛猫で名前はそのままのミケ。これは名前を決めるときに兄弟三人で揉めたから母がつけた。気まぐれで甘え上手なかわいい子。
家族の話をしていたら、やっぱり寂しくなってきちゃって。
きっとそれは隊長さんにもバレバレだったんだろう。
気を紛らわせるためか、隊長さんの家族のことも話してくれた。
いつか会わせたい、とも言われた。
……それは、言葉どおりの意味なのかな。要深読み案件なのかな。
今はまだ、私はその答えを出せない。
小隊長さんの指示で、ビリーさんから短剣をもらった話もした。
隊長さんは少し怖い顔をして、ミルトめ、と苛立たしげにつぶやいた。
そうだよね、隊長さんは私をそういうものから遠ざけておきたかったんだよね。
そんなふうに隊長さんが私に甘いから、小隊長さんも余計にどうにかしなきゃと思ったんだろうなぁって、ちょっと納得できてしまった。
今はまだ、怖いけど。覚悟なんてなんにもできていないけど。
目をそらしてばかりじゃ、いけないんだろう。
今すぐには無理でも、向き合わなきゃいけない日は来るんだろう。
短剣は、それを私に教えるためのものでもあったのかな、なんて思った。
「私、考えたんですけど」
「何をだ」
唐突に話を変えた私に、隊長さんはしっかりついてきてくれる。
さっきから、話題はあっちへ飛びこっちへ飛び、思うままにしゃべり始めるものだから脈絡も中身もほとんどない。
それでも根気よく聞いてくれる隊長さんは、優しいというか、私に甘すぎる。
一つの言葉も聞きもらさないように、意味のない話の中に紛れてる私の心を見逃さないように。
どこまでも真摯な隊長さんに、私は全力で寄りかかってしまう。
「価値観って、育った環境によって作られるものじゃないですか。だから、私の年齢で結婚を考えられないのも、今のところはしょうがないんじゃないかなって」
一ヶ月ちょっと前だったかな、小隊長さんキス事件は。
ちゃんと考えておきな、という忠告はもちろん忘れてない。
小隊長さんは私に、この先も隊長さんの傍にいる覚悟を持つように促している。短剣の件だってそうだ。
でもさ、小隊長さんには小隊長さんの思惑があるように、隊長さんにも隊長さんの考えがあるように、私にも私の考えがあるんだよ。
それは、この世界の人たちからしたらすごく愚かしい価値観かもしれないし、理解できないものかもしれないけど。
簡単に変えられるものでも、ないんだ。
「もちろん、ここで生活していくうちに、価値観が変わってく可能性だって充分あるわけです。で、結婚を考えられるようになったとき、その相手が隊長さんならいいなって、今の私は思ってます」
黙って私の話を聞いてくれている隊長さんの目を見て、はっきりと告げる。
むしろ、隊長さん以外は考えられない。隊長さん以外は嫌だって思う。
それが今の私の本心。
「私って、今までのらりくらりと適当に生きてきたので、真剣に物事を考えること自体、少なかったんですよね。恋愛も、その時その時で、楽しければそれでいいやって感じで。だから、隊長さんのことが好きっていうこの気持ちが、いつまでも変わらないものなのか、私にはよくわかんないんです」
隊長さんのことが好き。それは本当で、本気。
でも、未来の私は?
明日、明後日、一ヶ月くらい先はきっと大丈夫。
じゃあ、数ヶ月後は? 来年は? 五年、十年後の私は、隊長さんのことを好きなままでいられているのかな?
そんな保証、どこにもない。
私はまだ、未来の約束を、隊長さんにあげられない。
「でも、ですよ。少なくとも、今まで私が付き合ってきた人たちよりも、ずっとずっと、隊長さんのことが大好きなんです」
それは、それだけは確実に言えることだ。
今までこんなに真剣に向き合った人なんていなかった。
まっすぐ心を向けられて、それに応えたいって、応えられたらって思った人はいなかった。
想いの始まりがなんであれ、その気持ちに嘘はない。
世界をまたいで、初めてこれだけ人を好きになるなんて、ちょっと皮肉だけど。
隊長さんに出会えたことは、隊長さんを好きになれたことは、精霊に感謝してもいいかもなぁって思うくらいに。
「毎日毎日、隊長さんのことが好きって気持ちは大きくなっていってるんです。きっと、明日、明後日、一ヶ月後、一年後には、今よりももっともっと、隊長さんのことを好きになっています。そんな気がするんです」
未来の約束は、あげられない。
確約なんてできない。未来の私の気持ちは私にもわからない。
でも、もしそうならいいなって、思ってる。
昨日より、一昨日より、一ヶ月前より、出会ったときより。
今、ずっとずっと、隊長さんのことが好きだから。
このまま、この気持ちを育てていけるんじゃないかって……育てていきたいって。
そう、願ってる。
「待っていれば、お前の気持ちは育つのか?」
「隊長さんが傍にいてくれさえすれば、きっと」
「確証はないのか」
確証が欲しいのかな、隊長さんは。
それはそうだろう。誰だって好きな人には好かれたいものだ。同じだけの想いを返してほしくなるものだ。
隊長さんは今の私だけじゃなく、未来も欲しいと、そう願ってくれている。
いつもの私なら、前までの私なら、重いって思ったかもしれない隊長さんの気持ちが、今はただくすぐったい。
もうすでに、私の価値観は隊長さんによってだいぶ塗り替えられているのかもしれない。
「どうでしょう、私ですから。よそ見しないように、見張っていてください」
茶目っ気を込めて、私は笑ってみせた。
隊長さんは少し目を見張ってから、肩をすくめて微苦笑した。
「それは、少しも目が離せないな」
その言葉を守るように、隊長さんは私から目を離さず、顔を近づけてくる。
予感に抗うことなく、私は口づけを受け入れた。
少しの触れ合いでもドキドキする。キスすると鼓動が跳ねる。抱きしめられると、ぎゅっと心臓が縮まる。
だんだんと深まっていくキスの合間に、好き、と吐息と一緒にこぼす。
ダークブルーの瞳の奥の炎が、勢いを増すのを感じた。
隊長さんはそれから、私をなだめるように、癒すように、いたわるように優しく触れた。
少しでも手荒く扱ったら壊れてしまう繊細なガラス細工に触れるみたいに。
私の肌が、隊長さんに触れられて喜んでいるのがわかった。
結局、なんだかんだ言ったって、身体は正直なんだ。自分が一番欲しいものを、ちゃんとわかってる。
触れられたところから熱が全身に広がっていって、まるで隊長さんの色に染め上げられる織物になった気分。
好き、好き、大好き。隊長さんの手が素肌をなぞるほどに、唇が合わさるほどに、想いは強まっていく。
サクラ、と隊長さんが私の名前を呼ぶ。
好き、と言われるよりも雄弁に気持ちが伝わってくる。
元の世界の花の名前。こちらでは意味を持たない、私の名前。
この世界の誰も、私の名前が花の名前だと、知らなくても。
私がサクラという名前であることは、変わりなくて。
それはある意味、唯一ってことなんだなぁ、って、私は熱に浮かされながらぼんやりと思った。
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