18:隊長さんと町中デートをしました

「デート、デート♪」


 うっきうっきわっくわっく。

 空は快晴、残暑とはいえお昼過ぎだから気温は高いけど、絶好のデート日和です!

 手をつないで隊長さんと町中を歩いているだけで、なんだか新鮮で楽しくなってくる。

 隊長さんも同じ気持ちだったらうれしいんだけどなぁ。


「楽しそうだな」

「そりゃあ初デートですから! や、お部屋デートはいくらでもしてますけど。こうやって一緒に町を歩いたりは初めてですし」


 お部屋デートはお部屋デートで楽しいと思うし、夜のいちゃいちゃだって大好きだ。

 でも、それだけじゃなくて、たまにはこうして外で日差しを浴びながら一緒にお出かけしたいよね。

 外で一緒にご飯を食べたり、外で知らないものを見てどんなものなのか教えてもらったり。

 本当に些細なことでいい。

 隊長さんと一緒に、っていうのが一番重要なことだから。


「窮屈な思いをさせているなら、すまない」

「え、謝るようなことなんて何もありませんよ! そりゃあたしかに砦って娯楽が少ないですけど、あそこはあそこでけっこう楽しいこともあったりしますし! 私にとってはこの世界での生活自体が一種のアトラクションみたいでおもしろかったりして。こういう考え方は失礼なのかもですが」


 私にとっては、この世界で目に映るものすべてが新鮮で、おもしろくて。

 次々にやってくる不思議に、飽きる日が来るとは思えない。

 生まれたときからこの世界にいて、もう何年もあの砦で暮らしている隊長さんたちからしてみると、私の視点こそが不思議なのかもしれないな。


「世界が違うんだからそんなものだろう。嫌な思いをしているわけじゃないならそれでいい」

「大丈夫です、発見の毎日です」

「そうか」


 隊長さんは少しだけ表情を和らげた。

 心配、してくれたのかな?

 隊長さんは心配性だ。いつもいつも、隊長さんが気にする必要なんてないのに、私の心配ばかりして。

 心労をおかけしてすみません、とは思うんだけど。

 心配してくれるのがうれしくもあったりするから、どうしようもないよね。


「欲しいものがあると言っていたな」


 隊長さんは立ち止まって、私の顔を軽く覗き込んできた。

 ドキッとする心臓はとりあえず放置して、私は隊長さんを見上げてうなずく。


「あ、はい。入浴剤が欲しいんですよね。この世界にもあるって聞いたので」


 入浴剤に、バスオイル!

 あわあわのやつもいいし、香りつきや色つきも欲しい。水が半透明になるものも欲しいなぁ。

 隊長さんと一緒にお風呂に入るときに使ったら、楽しそう。

 別に、お湯の中が見えないのをいいことにあれこれとイタズラしようだなんて、思ってませんよ? 本当ですよ?

 むしろ、私がイタズラされるほうだったりして……まあ、それはそれで楽しそうなのでいいんですが。

 とかなんとか、昼間っからいやらしい妄想をしているのは、とりあえず隊長さんには内緒にしておこう。


「どういうものが欲しいんだ?」

「お湯の色が変わって、いい香りのするものがいいです! できれば柑橘系だとなおよし。ああでも、ミルクのも欲しいなぁ」

「……少し待っていろ」


 そう言ったかと思うと、隊長さんは懐から折り畳まれた紙を取り出した。

 それに目を落とす隊長さんの表情は、なんだか不本意そうだ。


「なんですか、それ?」


 隊長さんが片手で開いた紙を、横から覗き込んでみる。

 くっ、ちょっと体勢きつい。隊長さんかがんでくれないかな。

 とか思っていたら、私にも見えやすい位置に手を下げてくれた。

 さすが隊長さん。やっさし~。

 その紙に書かれていたのは……お店の分類と店名と場所?


「……ミルトに押しつけられた、女性の好みそうな店のリストだ」

「小隊長さん、なんと用意周到な……」

「俺が持っていても仕方がないから、自由行動になるときにお前にこのリストを渡そうと思っていたんだが」

「私が隊長さんとデートしたいって言い出すことまで、小隊長さんにはお見通しだったわけですね」


 なるほど、なるほど。

 小隊長さんなら、さもありなん、といったところだろう。

 私がこんな機会を逃さすはずないって、きっと彼なら考えるまでもなく予想がついたはずだ。

 むしろ、デートを想定していなかった隊長さんのほうが不思議だよね。不思議ミステリーだよね。

 小隊長さん、さすが、万事抜け目ないというか、かゆいところに手が届くというか。

 キスもどき事件とかもあったから、あんまり褒めるのは癪だけれども。

 ま。ここは小隊長さんのおかげで助けられたので、なんやかんやと文句を言うのはやめにしましょう。



  * * * *



 小隊長さんがリストアップしてくれたお店に何件か行ってみて、私は無事に入浴剤をたんまりとゲットしました!

 今回、一番散財したのはお風呂用品だね。色や香りのついてる入浴剤はもちろん、お肌に優しいハーブの石鹸とか、数滴垂らすだけでいい香りのするアロマバスとか。あわあわももちろん買いました! 隊長さんと試せたらいいなぁ。

 お洋服や下着とかも買ったけど、そっちのほうが安くすんだくらいだ。お風呂用品はほぼ完全に嗜好品だからか、必要不可欠な物と比べると若干高いみたい。

 ちなみに、隊長さんを下着屋さんに連れ込むことはできませんでした。残念……。


「隊長さん、あれはなんですか!?」


 今は、どこに行くという目的もなく、二人で町中をぶらついている。

 これからどこかへ行くほどには、時間も残っていないしね。

 デートで大切なのは二人で楽しむことだから、これだって充分デートだって言える。

 私が指で示した先を見て、隊長さんは、ああ、と納得したようにうなずいた。


「露店だ。このあたりは流れの商人がこうして道に売り物を広げている。普段は手には入らないめずらしい物も売っていることがある」


 隊長さんが言ったように、視線の先には道の両端に敷物をしいて、その上にいろんな売り物が並べられていた。アクセサリーとか、帽子とか、服とか。

 中には荷台に並べていたり、簡易的な台の上にきれいに並べられていたり、服はちゃんとハンガーにかけられて売られていたりもする。

 元の世界で言うところの、フリーマーケットみたいな感じだ。


「この通りは身につけるものが中心みたいだな。少し先に行けば食料品が売っているはずだ」

「食料品は、わざわざ私が買うことはないですよね。あ、でもシナモンとかあれば欲しいかなぁ。リンゴのケーキ作りたい」

「行ってみるか?」


 隊長さんの提案に、うーん、と少し悩んだ。

 食料品関連は、今回みたくみんなで町に来たときに買うこともあるらしいけど、基本的には契約している商人さんが定期的に砦まで届けに来てくれる。

 魔物とかに狙われないように、商人さんは魔物の嫌う匂いのする香り袋を持っていたり、それでもいざってときのために護衛を雇っていたりするのが普通なんだって。

 あ、ちなみにその香り袋は、私も使用人として働き始めたときに一番に支給されたよ。外に出るときはいつも持ってないといけないらしい。今もちゃんと持ってます。その匂いは、人間には感じられないんだけどね。

 それは今はどうでもいいとして、つまり食料品は、商人さんに頼めばたいていの物は用意してくれるわけです。

 私が勝手に買って、物を増やすのもどうだろう、なんて思うわけなんですよね。

 ……まあ、たぶん許してくれるだろうけど。みんないい人たちばっかりだし。


「とりあえずこの辺をちょっと見ながら行きましょう!」


 見るだけはタダ。ウィンドウショッピングは楽しいものです!

 隊長さんの自由時間は、もうそんなに残っていない。

 このへんならさっきの場所からあんまり離れていないし、適当にぶらぶらしていればいいかな、なんて。

 何度もしつこく言いますが、恋人と二人っきりなら、どこにいても何をしていてもデートなのです!


「欲しいものがあれば言え」


 ウキウキとウィンドウショッピングする私に、なんでもないことのように隊長さんはそう告げた。

 ふんわりとしたフリルたっぷりのスカートを、うわぁすごい、こういうのをロリータファッションって言うのかな? とか思いながら見ていたところだったから、え、いやこれはいりません、と素で答えそうになった。

 危ない危ない、売り子さんの前だった。


「隊長さん、子どもになんでも買い与えるのはよくありません。甘やかしちゃダメですよ」

「お前は子どもではないだろう」

「恋人にもダメです。つけ上がりますから!」


 ちょっと怒った顔を作って、私はビシッと言ってやった。

 こんなに年の離れた男性とお付き合いするのは初めてだから、今まで知らなかったけど。

 年上の恋人っていうのは、こうやって年下の恋人を甘やかそうとするものなんだね!

 でも、それはよくない。絶対によくないよ! 恋人をダメにしちゃう好意だ。

 恋人とは気持ちでつながるものであって、けっして金銭や損得勘定でつながるものじゃないんだから!


「そう自分で言うような奴なら心配はないな」


 フッ、と隊長さんは口元に笑みを吐く。

 それがとても和やかなもので、どこか甘く感じられたから。

 もう何度も見ているはずの笑顔なのに、ドキドキしてしまって、なんだか悔しい。


「む~、隊長さん甘い! 甘すぎます!」


 つないでいるほうの手を、ぶんぶんと振って抗議する。

 そんな私に、隊長さんはさらに笑みを深める。

 いとしい、と言葉よりも雄弁に、その瞳は語っている。

 ああ、この人は本当に私のことが好きなんだ、って。

 再認識するのは、たとえばこんな、どうでもいい話をしているとき。

 うれしくて、気恥ずかしくて、無性に泣きたくなってくるのを、私はむっつりとした顔をしてごまかした。



 ……初めてのデート、すでに心臓のスペアが欲しくなってきています。

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