03:冷静になった隊長さんに謝られました

 恋人同士の仲がこじれそうなときでも、仕事は待ってくれない。

 そろそろお昼休憩が終わってしまう。

 行為が終わって、休憩らしい休憩もせずに、私たちはあわただしく服を着て、身だしなみを整える。

 あーあ、ベッドの下に投げられてた制服はやっぱり少ししわになっちゃってるなぁ。

 アイロンをかけている時間もないし、今日だけはしょうがないということにしておこう。

 一通り準備できたタイミングで、同じく支度を終えたらしい隊長さんと目が合った。


「すまなかった」


 あ、冷静になってる。

 謝られて、すぐに思ったのはそんなこと。

 隊長さんは大きな身体を心なしか縮こまらせて、私の様子をうかがっている。

 その表情は、飼い主に捨てられないか心配している子犬みたいだ。図体は熊みたいだし、さっきまでは狼だったのにね。

 私が怒ってないか……ううん、嫌われてないか、不安なのかな。

 大丈夫ですよ、と言うように、私は笑いかけた。


「土下座はしないでくださいね」


 最初の夜の、次の日のことを思い出しながら言った。

 なんでこの世界にも土下座があるんだろうね。

 過去に日本から来た精霊の客人でもいたのかな。それとも、この世界には普通に土下座が浸透しているのかな。

 そんなどうでもいいようなことを考えられるくらいには、今の私には余裕があるらしい。

 たぶん、隊長さんがいつもどおりの隊長さんに戻ってくれたからかな。


「……許してくれるのか?」

「許すも何も、隊長さん悪いことしましたっけ? 恋人同士がこういうことするのって普通じゃないですか」


 いつもよりちょっと乱暴だったりはしたけど、暴力を振るわれたわけじゃない。

 恋人とあはんうふんなことをいたすのって、別に誰に咎められるようなことでもない。

 真面目な隊長さんはちゃんと休憩時間が終わる前にやめてくれたし。

 許すようなことって、別に何もない気がする。


「無理やりだっただろう。……ひどくもした」


 隊長さんの瞳には後悔の色がにじんでいる。

 無理やり、だったのかな、あれ。

 私、別に嫌じゃなかったし、抵抗らしい抵抗なんてしなかったし。

 ひどかったかどうかは、まあ、ちょっと痛みもあったし、きつい体勢とかも取らされたけど。

 それもほら、一つのスパイスみたいな。


「あれはあれでそういうプレイと思えば……」

「思うな」


 間髪入れずにつっこまれた。

 そっか、ダメだったか。

 残念、話をずらしてうやむやにしてしまうことはできないらしい。


「謝罪くらいはさせてくれ」


 仏頂面で、沈んだ声音で、隊長さんは言う。

 表情、暗いなぁ。

 隊長さんにはいつだって笑っていてほしいのに。

 そりゃあ満面の笑みの隊長さんなんて想像できないけど、しあわせそうな顔をしていてほしい。

 できることなら、私がそんな顔にさせてあげたい。


「もういいですって。ちょっとうれしかったですし」

「うれしかった?」


 隊長さんは不思議そうに目をまたたかせ、聞き返してきた。


「嫉妬してもらえてうれしかったんです。喜ぶようなことじゃないのかもしれませんけど」


 私はふふっと笑った。

 あのときの隊長さんの顔、怖かったなぁ。

 雷門を守る風神雷神も裸足で逃げ出しちゃいそうな迫力だった。

 それだけ嫉妬してくれていたってことだよね。

 嫉妬って、する側はつらいものだろうし、喜んじゃいけないってわかっているんだけど。

 ダメだ、どうしても顔がにやけちゃう。

 やっぱり隊長さんは私のことがすっごく好きなんだね。

 もちろん、私だって負けてないけどね!


「……嫉妬なら、いくらでもしている」

「え、誰にですか?」


 苦々しく告げられた言葉に、私は首をかしげる。

 嫉妬するような人、いたっけ?


「なぜか気の合っているミルトにも、お前に仕事を教える使用人頭にも、お前がたびたび顔を出す厨房の連中にも」


 隊長さんはそこで言葉を切って、私との間にあった距離をつめる。

 大きな手が、私に伸ばされる。

 その手は私の頭をなでて、髪を梳いて、最後にそっと頬を包み込んだ。


「過去の、お前の恋人にも」


 瞳の奥に、嫉妬の炎が燃えている。

 ダークブルーの瞳には目を丸くした私が映っていて、まるで私を閉じこめているように見えた。


「そこまでですか。初耳すぎてビックリです」


 私は正直な感想を口にした。

 小隊長さんはハニーナちゃんのことが好きなわけで、どうこうなるはずがないし。今日のことだって唇にキスされたんじゃないことは、行為の最中に何度も言ったからわかってるはずだ。

 使用人頭さんとか、ほとんど仕事のことしか話さないし。私、あの人の年齢すら知らないよ。

 厨房の人たちだって、気のいい人ばっかりで、色っぽい雰囲気なんてまったくないのに。

 隊長さんって思っていたより嫉妬深かったんだね。


「こうしてお前に触れた男が他にもいるかと思うと、そいつらを切り捨てたくなる」

「わぁ、ワイルド。むしろバイオレンス?」

「真剣に話しているんだが」


 私のアホみたいな発言に、隊長さんの眉間のしわが増えた。

 すみません、つい茶化したくなりました。

 だって、なんだか無性にむずむずするんだもん。

 嫉妬されるのはうれしい。本当に、言葉で表現できないくらい、すごくうれしい。

 けど、それだけ想われてるって思うと、ちょっと照れくさいというか、なんというか。

 恥ずかしがるなんて、私のガラじゃないんだけど。

 隊長さんがまっすぐ好意を示してくれるから、常日頃ノリと勢いで生きている私は、戸惑ってしまう。


「比べるまでもないくらい、隊長さんが一番上手ですよ」


 だから私は、また冗談で返した。

 ほんとにね、隊長さん、どこで覚えたんですかその技は、って聞きたくなるくらい気持ちよすぎる。

 反撃したくってもいつのまにか隊長さんのペースだし。

 私だってそんなに経験が少ないほうじゃないと思うんだけど、隊長さんには敵いそうにない。

 今日みたいにガツガツ来られるのも、悪くはないとか思っちゃう私がいたりする。


「……そういう問題ではなく、比べる対象がいること自体が複雑なんだ」


 そう言って隊長さんはため息をつき、私の頬から手を離した。

 私の目は下ろされた手を無意識に追いかける。

 離れたぬくもりが少しだけ、寂しい。


「難しいんですね、男心って」

「お前は嫉妬しないのか?」


 隊長さんの問いかけに、私はうーんと考え込んでみる。

 嫉妬、したことあったかなぁ?

 そもそも私、過去に恋愛関係で嫉妬した経験がない気がする。

 うらやましい、程度はあるけど、嫉妬まではいかない。

 たぶん、切り替えが早いから、はっきりした嫉妬という感情になるほどにまで不満をためないんだと思う。


「過去は過去ですよ。それに、隊長さんモテそうですし、嫉妬するだけ無駄な感じが」

「それほどでもない」

「どうだかなぁ。自分じゃわかってないだけかもしれませんよ」


 たしかに隊長さんは体格がよくて、基本仏頂面だから、怖がられることもあるだろう。

 でも、見ればすぐわかるくらいには整った顔立ちをしている。

 何よりも性格がいいよね。誠実だし男らしいし!

 そういうのは少し付き合えばすぐにわかるようなことだ。

 隊長さんがモテないなんて、そんなことあるわけない。

 前に小隊長さんだって、隊長さんはちょっとモテるみたいなこと言ってたもんね。


「女の人は、好きな男性の最後の女になりたがるものなんだそうですよ」


 男性は好きな女性の最初の男になりたくて、女性は好きな男性の最後の女になりたい。

 という男女の恋愛観の違いを、何かで見たことがある。

 それを見たときはピンと来なかったけど、そういうことなのかもしれない。


「だから、できたら私で最後にしてくださいね」


 にっこりと笑って私は言った。

 今まで隊長さんが誰と付き合ってきたかなんて、私にはどうでもいい。そもそもそのとき私はこの世界にいなかったんだし、どうしようもないことだから。

 でも、これからは、私がずっと隊長さんの隣にいたい。

 そう思うくらい、私は隊長さんのことが好きだ。


「お前を知ったら、もう普通の女では満足できない」

「褒められてるんだか貶されてるんだか」

「お前以外はいらない、ということだ」


 隊長さんの視線がまっすぐ私に向けられている。

 射抜かれそうなほど、強くて熱いまなざし。

 慣れているはずのその視線に、私はドキッとした。


「……それは、情熱的な口説き文句ですね」


 照れ隠しに私はそうつぶやいた。

 わかりやすく好きと言われるよりも、よっぽど恥ずかしいかもしれない。

 はっきりとした言葉はくれなくても、こうして隊長さんは心を示してくれている。

 すべて包み隠さず、想いを丸ごと込めたような目で私を見る。

 だから、愛されてるってことは十二分に実感できている。



 それだけで、満足するべきなのかなぁ。

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