10:色男に見つかっちゃいました

 目が覚めたら全部夢でした、なんてことがあるわけもなく。

 私は隊長さんの部屋の、隊長さんのベッドで朝を迎えた。

 隊長さんはすでに身支度を終えていて、仕事に行く準備万端状態だった。朝ご飯も食べ終えたらしい。

 私のご飯が来るまでにはあと一時間はかかるだろうから、まだ寝ていていいって言われたけど、そのときにはもう目はパッチリ開いていた。

 一時間くらいなら我慢できるし、とこのまま起きていることにして、私は昨日から引き続き本を読むことにした。

 隊長さんが話し相手になってくれるなら願ったりなんだけど、昨日一日で隊長さんが無駄話が好きじゃないタイプなのはわかっていたし。

 お仕事行く前にやることとかもあるかもしれないしね。


 と、話が一段落したときだった。

 トントン、とノックの音がしたのは。


「隊長~?」


 隊長さんを呼ぶ、知らない男の人の声。

 二枚の扉にへだたれているからか、声は小さくくぐもって聞こえる。

 たぶん、扉の向こうで大声を上げているんだろうけれど。


「朝も早よからすみませんね。今日の予定の確認に来ました」


 男の人はすぐに部屋に入るつもりはないらしい。

 よ、よかった。でもどうしよう。

 いや、私にはどうしようもないんだけども。

 大きな音を出さなければ大丈夫だとわかっていながらも、わずかな身動きもできずにカチコチに身体が固まってしまう。


「少し待て」


 扉の向こうに聞こえるようにと、隊長さんは声を張り上げた。

 それから隊長さんは私を振り返り、ここにいろ、と本当にかすかな声でささやく。

 私は無言でうなずいて、応接室に行く隊長さんを見送る。


「入っていいぞ」


 ぴっちり扉を閉めてから、隊長さんはそう言った。

 すぐにガチャリと扉が開かれる音がした。

 今、隣の部屋に隊長さん以外の人が入ってきているんだ。

 隊長さんいわく、女に飢えた狼が。


「大規模な魔物の来襲も一段落ついた、ということで、今日から通常どおりの仕事内容になります。っていってもまだ事後処理があるので、隊長は大忙しなわけですが。まあ隊長が忙しそうなのはいつものことですよねぇ」


 男の人がはっきりとした声で話しているからか、その声は寝室まで届いた。なんとか聞き取れる、くらいのものではあったけど。

 部下、なんだよね?

 ちょっとくだけた感じなのは、隊長さんと仲がいいからなのかな。

 立場を越えたお友だち、とか?

 いいなぁそれ。萌えだね!

 ボーイズラブにはいまいちときめかないけど、熱い友情はおいしくいただけます。


 その声に緊張感がなかったものだから、私の緊張も少しずつほぐれていく。

 隣の部屋だし、気づかれないよね?

 そそそっと私は扉へと近づいていく。

 そして私は扉に耳をつけ、隣の部屋の会話を聞くことに集中した。


「隊長が忙しいおかげでオレたちも休めないんですよ~。上司が働いてるのに休むわけにいかないって、みんななんだかんだでやる気満々で。もうちょっと手を抜いてくださいよ」

「文句なら魔物に言え」

「言おうにも仕事を増やした魔物は今はもう生きてませんよ。鬼のような隊長が殲滅しましたからね」

「なら、黙って働け」

「隊長みたいな仕事人間じゃないんだから、文句くらい言ったっていいじゃないですか。ちゃんと仕事で手は抜きませんよ」


 どうやら話の相手は隊長さんとは似ても似つかない性格をしているらしい。

 仕事人間。やっぱりそうなんだ、隊長さん。

 想像どおりすぎて、声に出さないように笑った。


「そうそう、不思議なことを耳にしたんですけど……ってあれ? 隊長、窓の外を見てください」


 男の人がそう言いだして、なんだろう? と私も窓の外に目をやる。

 ここからは特に何も見えないなぁ……と思っていたら。


 ガチャッ。


 聞こえた音に首を元に戻すと、目の前には見知らぬ男の人。


「わ~、噂、本当だったんだ」


 噂ってなんのことだろう?

 思わず首をかしげて、男の人を見上げる。

 茶色のくるくるとした短髪に、葉っぱみたいな緑の瞳。

 隊長さんよりも若くて背が低い。といっても私より十センチは確実に高そうだ。

 加えて、隊長さんにはない甘さを含んだイケメン。こやつ、絶対にモテる。

 知らない男の人だけど、この状況から察するに、今まで隊長さんと話していた人で間違いないだろう。

 というか……やばくない? バレちゃったよ?

 隊長さんは扉の向こう側で固まっている。彼にとっても不測の事態なんだろう、これは。

 窓の外がどうのっていうのは、隊長さんの意識をそらすための嘘だったのか。


「君、誰? 隊長の愛人さん?」

「愛人候補に名乗りを上げておこうかなぁなんて思ったりしなかったり」


 見つかったことにテンパッて、何も考えずにそう口走ってしまった。


「何それ、おもしろいこと言うね~」


 その人は、あははっと明るく私の言葉を笑い飛ばす。

 えーと、どうすればいいんでしょうかね、これは。

 助けを求めるように隊長さんに視線を送ってみるけど、隊長さんもどう対処するべきか悩んでいるようで、難しい顔をしていた。


「ね、隊長やめて、オレとイイコトしない?」


 ニヤリとその人はいたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。

 でも、むかつくくらいに色気ムンムンで、その表情も台詞も妙に似合ってる。

 やっぱり女に飢えた狼なのか!!

 そんなにイケメンならよりどりみどりなんじゃないの!?


「たっ、隊長さんよりうまい自信があるならどうぞ!」

「あはははははははっ!!」


 くるくる髪の色男は、ビックリするくらいの大笑いをした。

 おかしいな、自己防衛のために選んだ言葉だったのに。

 だって隊長さんすごくうまかったもん! それよりもっていうのは厳しいはず!


「隊長よりかぁ、それは試してみないとわかんないんじゃないかな~?」


 あろうことか、色男はそんなことを言ってきた。

 そんなに自分に自信があるんだろうか。

 まあ、イケメンだもんね。入れ食い状態だよねきっと。

 イケメンはエッチが上手な法則が本当にあるんだとしたら、この人は隊長さんと同じか、それ以上にうまいことになっちゃうもんね。

 ゲッ、それはヤバイ。


「あ、ちなみに私、ドノーマルですのでそこんとこよろしく」

「安心して、オレはどんなプレイでもいけるよ」

「安心できませんってそれ!」


 どんなプレイでもとか怖すぎる。

 過去に一人ね、いたんだよ。ちょっとSMプレイの好きな人が。

 なんというかね、貞操観念が薄いって友だちに言われたことのある私でも、変態プレイは無理だった。

 事の最中に叩いてくれって言ってきたのは、後にも先にもあの人だけだったなぁ。


「お前ら……」


 隊長さんは低い声をもらし、つかつかと私たちに歩み寄ってくる。

 その両手が伸ばされ、片手で私の頭を軽く小突き、片手で男の人の頭を殴った。

 ……すごくいい音がしましたね。


「何それ、めちゃくちゃ贔屓!」

「贔屓じゃなくて区別です! 女の子は丁重に扱わなきゃいけないんです!」


 涙目で隊長さんに抗議する色男に、私は言ってやった。

 隊長さんが女を本気で殴るわけがないじゃないか。

 悪人だったら別かもしれないけどね。私は悪人じゃないもん、……たぶん。


「ねえ隊長、この子誰なの? マジでおもしろいんだけど」

「……精霊の客人だ。気づいたらこの部屋にいたらしい」

「ああ、だから昨日、隊長の部屋に女がいたって噂になってたわけだ。てっきりただのガセかと思ってた」


 色男の言葉に私は目を丸くする。

 いつ見られていたんだろう?

 窓から見られたってことだよね。運動中とかかな?

 これから服とかも用意してもらわなきゃいけないのに、バレてたら困っちゃうね。


「わぁ、そんな噂立っちゃってたんですね、すみません迷惑かけて」

「気にするな」


 見られたのは私の落ち度だろうから謝ったけど、隊長さんは特に気にしていないみたいだった。

 想定の範囲内、なのかな。


「うっわぁ、隊長がなんかすんげー優しいんだけど、どうしたの? 変なものでも食べた? それとも弱みでも握られてんの?」


 色男は完全に隊長相手に敬語が取れていた。やっぱり仲がいいのかな。

 隊長さんと相性悪そうな性格っぽいのになぁ。


「ん~、ある意味では握っちゃってるのかもしれません」


 誤解して私のことを抱いちゃったっていうのは、隊長さんにとっては弱みだよね。

 責任取って! ってすがりついたら結婚してくれちゃったりしちゃうくらいじゃないだろうか。

 まあそんなことはしないけどね。


「何々? 気になるなぁ」

「だそうです、隊長さん」

「……放っておけ」


 隊長さんはそう言ってため息一つ。

 色男のノリのよさに呆れているんですね、わかります。

 え? 私にもだって? なんのことかなぁ。


「放置プレイですね、了解です!」

「あーもうなんなのこの子、笑えるんだけど!」


 ビシッと敬礼した私を、色男はケラケラと遠慮なく笑ってくれました。



 そんな表情すらイケメンなんだから、世の中不公平だと思いました。

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