07:精霊の客人について教えてもらいました

 自称精霊の声が聞こえなくなってから、ゴロゴロしたりまた運動したり本を読んだりして時間をつぶしました。

 ぼーっとしてるのも嫌いじゃないし、時間のつぶし方はいくらでもある。

 こんなに非生産的な時間を過ごしていると、怠け癖がつきそうだなぁなんて思ったりはしたけど。

 そんなこんなで四時間くらい経ったころ、隊長さんが部屋に戻ってきた。


「お仕事お疲れさまでした!」


 隊長なんていうからには、大変な仕事なんだろう。

 少しくたびれた感じの様子にそう思いながら、私はねぎらいの言葉をかけた。


「……ああ。まだ終わってはいないが」

「休憩時間みたいなものですか?」

「そうだな」


 ふむ、この世界にも労働基準法みたいなものがあるのかわからないけど、休みなく働かされることはないらしい。

 まあそうだよね、そうじゃないと身体がもたないもんね。


 それから一言二言話したあとに、隊長さんはお風呂に入っていった。

 こんな中途半端な時間に? と私が聞くと、あとは机に座っての仕事だけだから、ということらしい。

 じゃあ今までずっと身体を動かしてたのかな。さすが軍人。

 カラスの行水、とまではいかないながらも、二十分ほどで隊長さんはお風呂から出てきた。

 長風呂が好きな私にはできない芸当だ。汗を流すだけ、なら別だけど。

 そもそも髪の毛の長さも違うから、かかる時間も違うのかな。

 といっても私だってそんなに髪が長いわけじゃないんだけどね。ショートではないけど肩にかかるくらいしかないし。

 私のことを考えてくれてか、着替えは全部脱衣所ですませてくれたようだ。

 裸で出てこられてもジーっと観察するだけですよ。あ、もしかしてそれが嫌だったって?


「精霊らしきものに会いました。姿は見せてくれませんでしたが」


 短い髪をガシガシと拭う隊長さんに、私は報告をする。

 別に言わなくてもいいのかもしれないけど、何が重要なことで何がどうでもいいことなのか、今の私には判断がつかないから。

 いきなり異世界トリップなんてものをしちゃって、その理由もよくわからなくて。

 頼れる人は隊長さんしかいないってこの状況。

 報告連絡相談、略してホウレンソウは欠かせないと思うのだ。


「……そうか」


 隊長さんはそう答えながら、こっちに目を向けた。

 どうやら興味を引けたらしい。


「でも、ロクに説明もしてくれずに消えちゃったんです。ひどいですよね」

「精霊とは気まぐれなものだ。会えただけすごい。精霊の客人なのだから、当然なのかもしれないが」


 へぇ、精霊って簡単には会えないものなんだ。

 じゃあ私、レアな体験しちゃったんだね。


「精霊の客人って、どういう意味なんですか?」


 私のことを指しているんだってことはわかるけど、どうしてそう呼ばれるのかはわからない。

 異世界人イコール精霊の客人ってことなのは確実として。

 どうしてそんな呼び方になったのかとか、理由があるなら知りたい。

 興味本位だけじゃないよ。自分にも関係していることだからね。


「そのままの意味だ。精霊がこの世界に呼んだ客人」


 なんと、異世界トリップしちゃった理由は精霊に呼ばれたからなのか。

 あのとき聞いた笑い声はやっぱり精霊のものであってたんだね。

 じゃあ、ある意味で精霊が誘拐の実行犯ってことなんだ。

 ……う~ん、恨めばいいんだろうか。そういうの、私には向いてないよね。

 今のところ不幸にはなってないから、もし不幸になったら恨めばいいか。

 あんまりシリアスな展開はノーサンキューだ。


「じゃあ異世界トリップというより、異世界召喚になるのかな。どっちも厳密な定義はなかった気がするけど」

「お前の言葉はよくわからない」

「ジャンルの話です」

「……別に説明しなくてもいい。どうせ理解はできない」


 隊長さんはあっさりと理解するための努力を放棄した。

 別に難しい言葉は使ってないと思うんだけどなぁ。

 いや、どう翻訳されているのかは私にはわからないわけだけども。


「こっちにはそういう創作ってないのかな。大衆文学、ってやつ?」

「庶民向けの本のことか? 王都に行けばいくらでもあるが、俺は読んだことがないな」

「楽しいのに、もったいない」


 漫画とか小説はけっこうよく読むほうだ。

 特に好きなのは少女漫画とか、ロマンス小説とか。まあつまりは恋愛ものだよね。

 お姉ちゃんがそういうの好きだったから、借りて読んで私もハマった。

 現実では絶対にありえないようなヒーローとかさ、何かしら事件が起きても愛を育むためのスパイスでしかないとかさ。

 フィクションの恋愛って、すごく面白いよね。


「読みたいのならば用意してやる。ずっと部屋にいてもやることがないだろう」

「あ、それは助かります! 筋トレしすぎてムキムキマッチョになっても困りますから」


 私が勢い込んで言うと、隊長さんは変な顔をした。

 何を言っているんだ、お前は。とでも言いたげな顔。

 だって、それくらいなんにもすることがなかったんだもん。


「それにしても、精霊の客人だなんて言葉が定着するくらいには、異世界人が来るってことなんですか?」


 もし私が異世界人第一号だったら、こんなに楽はできなかったはず。

 異世界人を迎える体制が整っているのは、それだけ前例があるってことだと思うんだけど。


「どうだろうな。数十年に一度という頻度を多いと言うか少ないと言うかは人によるだろう」

「私的には多い感じです。なら他の異世界人と会えちゃったりするのかな」


 数十年なんて言い方だと範囲が広いけど、一人二人くらいは生きていてもおかしくない。

 よくあるよね、異世界人同士で力を合わせてなんちゃらかんちゃら、っていうの。

 そうするためにはまずは他の異世界人と会わないとだよね。

 別に世界を救ったりするつもりなんてないけどね。私にはなんの力もないわけだし。


「現在生きている精霊の客人となると、俺が聞いたことがあるのは北の国の皇妃くらいだが、馬で二月はかかるぞ」

「潔くあきらめまーす。というか皇妃とかマジお約束すぎてどうしていいかわかんない!」


 うわぁ~! どうやって!?

 噂の皇妃さまが日本人とはかぎらないし、そもそも地球人なのかもわからないけど、すごい玉の輿じゃないか。

 あれかな、異世界トリップ先がお城だったとか、王さまの目の前だったとか、そういうこと?

 私だって隊長さんの部屋のベッドの上だったんだから、ありえなくはないよね。

 すごく気になるけど、隊長さんも詳しくは知らないんだろうなぁ。


「も一つ質問。異世界人に役目とかあったりしますか?」


 ほら、世界を救ってください! とかそういうの。

 隊長さんの反応を見るに、たぶん特にはないんだろうと予想しているんだけど、実際のとこどうなの?


「役目か。国の要人と結婚したり、国のためになる技術や知識を伝えたり、という話は聞いたことがあるが、強制ではないだろう」

「よかった、一安心です」


 これで理不尽な目に合うことはとりあえず回避ってことだよね。

 後見人になってくれる人が悪い人じゃなければ、異世界生活もそう悪いものじゃないのかも。

 最初に会った人が隊長さんって時点で、運がいい感じがするよね。

 前向きに行こう、前向きに。


「そもそも客人を招くのは気まぐれな精霊だ。精霊と交流できる者が言うには、精霊の戯れの一つらしい」

「たわむれ!? 遊びで異世界トリップさせられちゃうんですか!?」


 なんじゃそりゃ!?

 精霊って、そんな好き勝手してるの!?


「たしか、『世界が善へと導かれる可能性を増やす』だとかどうとか」

「難しくてよくわかんないです」

「精霊の客人が来ることで、この世界がよりよくなる可能性が増える、ということだろう」

「あんまりかみ砕けてない気がします……!」


 自慢じゃないけど、私そんなに頭よくないんです!

 大学でも難しい講義のレポートなんかは、友だちに手伝ってもらってやっとこさって感じだった。

 ファンタジーは好きだけど、中二病ではないしね、私。


「これ以上は俺には無理だ。専門家にでも聞け」


 隊長さんは説明が苦手らしい。

 そうだろうね、そもそも話すのもあんまり得意そうには見えないもん。


「ちなみに、精霊の客人とやらは元の世界に戻れますか?」


 一番気になっていたことを、さも今思いつきましたとばかりに聞いてみた。

 私の質問に隊長さんは真面目に答えてくれている。

 だから、今後を左右するようなことを聞く気になれた。

 隊長さんは、たとえ私のためだろうと嘘はつかないって、なんとなくわかったから。


「……そういった話は聞いたことがない」


 押し殺したような声で、隊長さんは答えた。

 可能性として、考えていた答え。

 思っていたよりも冷静に、私はそれを受け止められた。


「そう、ですか。わかりました」


 でも、笑うことには失敗してしまったのかもしれない。

 私がそう言うと、隊長さんは痛ましそうな顔をしたから。


「役に立てずにすまない」

「え、そんなことないです。たくさん質問に答えてくれたじゃないですか」


 謝る隊長さんに、私はあわてて両手を振った。

 隊長さんが謝ることなんて何もない。

 むしろ、色々教えてくれたことに感謝したいくらいだ。


「お前の望む答えではなかっただろう」


 青みがかった灰色の瞳が、気遣わしげに細められる。

 今ではもう、彼のことを怖いだなんて完全に思わなくなっていた。

 総合して見ると強面で迫力があるし、ほとんど無表情か仏頂面だから何を考えているのか不安にもなるんだけど。

 目が、違うんだ。

 一見睨んでいるような目つきの悪さ。でも、そこにはいろんな感情が宿っている。

 たとえば今、私のことを心配してくれているのが伝わってくるように。


「望むとか望まないとかじゃなくて、必要な答えをくれました。だからありがとうです」


 いつか帰ることができるかも、と実際にはありえない期待を持ったまま無為に過ごすほうが、よっぽどつらい。

 ありのままの事実を教えてくれた隊長さんは正しいし、私のことを考えてくれているんだってわかる。


「だが……」

「隊長さんは優しい人ですね~」


 納得していないらしい隊長さんに、私は思わずニマニマしてしまう。

 いい人だなぁ、隊長さん。

 私の幸運は、トリップ先がこの人の部屋だったってことだよね。

 いきなり十八歳未満お断りな展開になっちゃったりはしたけども、あれは私の説明不足が招いた結果だし。

 イケメンでエロエロな隊長さんは、実は真面目で堅物で誠実で、優しい人だった。

 出会ったばかりの異世界人の私のことを、真剣に考えてくれる人。

 うれしくて、ありがたくて。

 たぶん今の私はゆるみまくった表情をしている。


「……そんなことを言われたのは、初めてだ」


 困惑したようにわずかに眉をひそめながら、隊長さんは言った。

 へえ、そうなんだ。隊長さんの周りの人はみんな、見る目がないのかな。

 ただ単に、隊長さんがいい人なのは当たり前になっちゃってて、誰も言わないだけなのかもしれない。



 ま、私の想像でしかないけどね。

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