ユナの旅行記3 職人の街キッシュ



 神器の製造には黒流石という素材が必要。私たちはホットレイクからスウェント坑道を通り、職人の街キッシュへと向かうことになった。私は神器を作ってもらうまではシナジードリンクを飲んで神石との共鳴を抑えておかないといけないみたい。そうじゃないとまた飛空艇の時みたいに体力を浪費してしまうのだ。うう……シアンさんには悪いけど、この飲み物、本当に苦いんだよなぁ。


 スウェント坑道を通ってキッシュへ行く人はほとんどいないらしく、なんだか寂れた雰囲気だった。私たちはトロッコを使って坑道を一気に抜けようとしたけど……あんな乗り物はもう二度と乗りたくない! ブレーキ効かなくてものすごいスピードだし、途中で坑道の電気が切れて何も見えないし、おまけにガザが道を間違えて崖から落ちて……本当に死ぬかと思った……。


 アイラやルカの神石の力のおかげでなんとか着地した後、どこからか悲鳴が聞こえて私たちは声がした方へと向かった。そこには破壊の眷属に襲われている男の子がいて、アイラとルカがすぐに神器を発動させて助けに入る。私も続かなきゃ。そう思って神石に呼びかけてみたら、聞こえてきたのはカリオペの声ではなくて、ポリュムニアという別の女神の寝息だった。ポリュムニアは優しいカリオペとは全然性格が違って、なかなか歌を教えてくれない。なんとか説得してやっと教えてくれたと思ったら、今度は歌を聞いたルカとアイラが眠っちゃった! 二人の役に立ちたいのに、私空回ってばっかりだ……。


 破壊の眷属に襲われていた男の子はガザの知り合いだったみたい。名前はジョルジュ、ガザの留学仲間・ファブロの弟子で職人見習い。三人で話し込んでいると、坑道の奥から地響きのような音がした。私たちが今いるのはスウェント坑道の立入禁止区域。ジョルジュに説明されるまでもなかった。私たちのすぐ後ろには破壊の眷属の特異種・ゴーレムが佇んでいたんだ。


 ルカもアイラも私のせいで眠っている。ゴーレムは動きが遅くてすぐには襲ってこないから十分逃げる時間はあるけど、二人を置いていくわけにはいかない。なんとか起こそうとしたけど、普通の眠りと違うのか二人は全然起きる気配がなくて、もうダメだって思った時——不思議なことが起こった。


 ルカが急に立ち上がった。でも、私は直感的に彼のことを「ルカじゃない」と思った。口調が急に古めかしくなって、瞳の色も神石と同じ紫色になっていたけど、それだけじゃない。何かが全然違うって思ったんだ。


「そなたが私を呼び出したのか……まぁ良い。おかげで代償は既に支払われた」


 ルカはよくわからないことを言ったかと思うと、ゴーレムの動きを止めて大鎌で一刀両断。クロノスの力では敵の時間を止めることはできないって言っていたはずなのに、どうしてそんなことが……?


 気づいたらアイラが目を覚まし、ルカも元通りに戻っていた。ルカには自分がゴーレムを倒した記憶がないらしい。一体どういうことなんだろう。


 ガザとジョルジュが坑道の出口を見つけてきてくれて、私たちは無事スウェント坑道を出てキッシュの街へ。想像していたよりも全然大きな街で、言葉が出なかった。商人たちの掛け声や職人たちの金槌を振るう音で賑わってて、スウェント坑道での疲れは一瞬で吹き飛んでしまった。


 ジョルジュの案内で私たちは鉱石を扱っているお店に行くことに。だけど、黒流石はなんと時価100万ソルもすると言われ、私たちは泣く泣く諦めることに。本来はこんなに高い鉱石ではないんだけど、アイラ曰く誰かが買い占めているせいで値段が高騰しているんじゃないかってことみたい。


 ガザはなんとか交渉しようとしたけど、町長のアンゼルって人が来てお店の人を打ち合わせに連れて行ってしまった。アンゼル町長は落ち着いた人っていう印象がしたけど、ジョルジュは彼のことが嫌っているらしい。こんなに活気のある街でも、どこかコーラントみたいな息苦しい感じがするのは一体なぜなんだろう。


 スウェント坑道からずっと歩き詰めでそろそろ体力の限界だったし、何より私たちはお腹が減っていた。ジョルジュに誘われて、彼の家で食事をとることに。それにしても驚いた。ガザやジョルジュの話からファブロさんっててっきりごつい男の人だと思っていたから、まさか女の人だとは思わなくて。


 私たちはファブロさんの手料理をいただきながら、いろんな話を聞いた。黒流石を買い占めているのはおそらく新しい工場・ヌスタルトを運営しているアンゼルだろうということ、そして今のキッシュの街はかつての職人文化を守ろうとする技巧派と、アンゼルが推進する工場で安定した生産を行おうとする商業派に分かれているということ。


 ファブロさんのもう一人の弟子・フレッドも今は商業派になって、アンゼルの元で働いているみたいだ。フレッドに聞けば黒流石を手に入れる方法がわかるかもしれない。


 それにしても……アイラがお酒飲んだらまるで別人みたいにふにゃっとしちゃって、それがギャップみたいで可愛らしいんだけど、でもでも、その状態でルカに抱きつくのは……ああああ……もやっとする……。


 気づいたら私はルカを無理やり引っ張って街に連れ出していた。この時のこと、思い出すだけで恥ずかしいなぁ……。


 ルカと神石の話になって、衝撃的なことを聞いた。神石の覚醒方法には二種類ある。一つは、私がそうだったように、共鳴者の中に迷いがなくなり神石に認められることで覚醒する方法。もう一つは、代償を支払うことによって強制的に覚醒させる方法。ルカのクロノスの場合はその後者なのかもしれない、そう聞いて私は思わず言葉を返すことができなかった。ルカは一体何を代償にしたの——?


 その時、ルカの耳に何か聞こえたみたいだった。私に聞こえなくて、彼にだけ聞こえる声。それはきっと誰かの神石の声。声がした方へ行ってみたけど、それらしい人は見つからず、そこには喧嘩している街の子どもたちがいた。私たちが彼らの喧嘩を収められずにいると、通りがかりのシスター・ジルさんがやってきて創世神話の読み聞かせをし始めた。子どもたちはあっという間に大人しくなってしまった。


 ジルさんは不思議な人だった。私たちが神石の共鳴者であることだけじゃなく、私が王族であることまで見抜かれていたような気がする。ナスカ=エラから派遣されたミトス神教会のシスターと言っていたけど、神職の人たちってみんなこういう感じなのかな?


 翌日、ファブロさんの工房にフレッドがやってきた。本格的にヌスタルト工場で過ごすことになって、荷物をまとめに来たみたい。私たちは黒流石のことを聞いてみたけど、彼は何も語らなかった。本当に知らないのか、知っているけれど隠しているのか……。


 フレッドが帰った後にルカが見つけた落とし物、それはフレッド宛の招待状だった。どうやら今夜、クラブ「インビジブル・ハンド」で工場で働く人たちの打ち上げがあるらしい。ガザのアイディアで私たちはインビジブル・ハンドの従業員に扮して潜入し、商業派についての情報を集めることに。ガザは最初アイラだけに潜入させるつもりだったみたいだけど、私も迷わず手を挙げた。みんなの役に立てるチャンスを逃したくなかったんだ。それにしても、ルカまで一緒に来る必要はないと思うんだけどなぁ。ルカの女装、普通に女の子みたいに可愛くて……ずるい。


 夜になり、私たちはインビジブル・ハンドへ。クラブのママ・アダムの面接に無事(?)合格して、私たちは先輩従業員に仕事を教えてもらうことに。そのうちの一人が銀色の髪をしていて、昼間ブラック・クロスの本部から届いていた銀髪女シルヴィアという女スパイの注意喚起のことをなんとなく思い出す。まさかこんなところに……?


 ヌスタルトの人たちがやってきて、お店は一気に賑やかになった。どうやらヌスタルトの人たちは工場で新しい武器のプロトタイプを作っているそう。でもその武器の使い道については知らないって言っていて、何だかちょっと不安だ。


 宴が盛り上がっている最中、いきなりサイレンみたいな音が店中に鳴り響いた。アイラが奥のVIPルームに向かうのを見て、私とルカもその後を追う。そこには——腰を銃で撃たれてうずくまっているガザがいた。


 ガザの隣には銀髪の従業員がいたけど、ガザ曰く彼女が犯人というわけではないみたい。じゃあ一体誰が? 犯人を探しに行こうとした時、突然ルカがその場で倒れてしまった。三年前の目を覚ました時の記憶が戻ったのだという。そしてルカは言った。


「おれは……人の命を奪ってここにいるんだ」


 理解が追いつかなかった。だけどルカは淡々と続ける。彼の旅は、たくさんの人の命を奪ってしまった罪滅ぼしをするためのものだと。


 私は。ルカはルカ。キーノとは違う人間。なのに、勝手に彼の素性をキーノに重ねて見ていたんだ。だから、本当のことを言ってくれたルカのことを恐ろしいと思ってしまった。そんな自分が嫌で……でも、だからって、私を遠ざけようとするルカにはもっとモヤモヤした気持ちになった。私、怒っているんだ。


 その時、慌てた様子のジルさんがVIPルームに入ってきた。犯人らしき人物を見たという。その話を聞くなり、ルカとアイラはすぐに部屋を出て行ってしまった。私も慌てて追う。


 ルカたちは工場の壁際で犯人を追い詰めたけど、黒い鎧を着た二人組に邪魔されてしまったのだという。犯人の正体はフレッドだった。彼は独立に失敗してアンゼルに借金を作ってしまい、そのせいで脅されてアンゼルにとって都合の悪い人たちを手にかけていたらしい。そんなの……許せない。


 ジルさんが見つけてきた搬入口の鍵で、私たちはヌスタルト工場の中に入ることができた。だけど自動防衛プログラムが発動して、私たちは三手に分かれて工場の中を探索することに。アイラはまだしも、ジルさんは一人で大丈夫なのかな……。


 私とルカは工場の二階を回り、そこで男の人が一人捕まっているのを見つけた。その人に教えられて「資材室1」という部屋に行ってみると、そこにあったのは破壊の眷属の残骸だった。この工場では、破壊の眷属の残骸を使ってパワードスーツ『骸装アキレウス』を製造していたのだ。材料の正体が何なのかは工員たちに知らせずに。


 ジルさんの悲鳴が響き、私たちは慌てて一階へと戻る。なんとか自動防御ブログラムは解除できたけど、そこにいたのはジルさんではなく、ヴァルトロ四神将の一人でありガザの兄弟子・アラン=スペリウス。アランの左腕は神石の埋め込まれた義肢になっていて、激しい爆撃で逃げる隙すら与えてくれない。アイラがアランを引きつけている間に私たちはジルさんを捜索することに。アイラ、お願いだから無理はしないで。


 私たちが工場の奥・応接間にたどり着くと、そこにはアンゼルが待ち構えていた。プロトタイプの骸装を身につけた二人と、捕らえられたフレッドとジルさんと共に。


 ルカはアンゼルに向かって行ったけど、意識を奪われている骸装の二人に阻まれてしまった。一人は骸装の重要なパーツを破壊することでなんとか戦闘不能にできたけど、もう一人はアンゼルが限定解除をしたことでルカは一気に追い詰められる。ルカは私に逃げろと言った。自分が囮になって死ぬつもりだ。


 そんなの、絶対に嫌だ。


 そう思ったら自然と身体が動いていた。私は骸装とルカの間に入り、彼をかばう。お母さんの形見の腕輪は割れてしまったけど、ルカを守れたならそれでいいんだ……。


 それから私は一瞬意識を失ってしまって、後からルカに聞いた話だけど、ルカはクロノスの中に宿る時の神の眷属との対話を果たし、敵の時間を止める力によってもう一人の骸装を倒したみたい。もう体力も尽きかけていた時、アンゼルが神石を取り出して、今度こそ終わりかもしれない——そう思った時、信じられないことが起こった。捕まっていたジルさんが光の剣を手にしてアンゼルの胸を貫いたのだ。彼女はかぶっていたフードを取って、笑顔でこう言った。


「銀髪女にご注意をって、聞いたことない?」


 ジルさんは仮の名前で、彼女の正体は女スパイの銀髪女。何の迷いもなくアンゼルを殺してしまった彼女は言った。破壊神もまた、神石と共鳴した人間の一人である、と。彼女の目的はすべてを破壊すること。破壊神も、ヴァルトロも、ブラック・クロスも、神石との共鳴者全員を殺すつもりだ。


 ルカのことも殺そうとしたけれど、彼女が探していた街の子どものお父さんが見つかったという話をすると、切っ先がピタリと止まって、その場から去って行ってしまった。一体どうして……? 彼女が考えていることは、いまいち理解できない。


 激動の一日が終わり、私はファブロさんの部屋で目を覚ました。アイラ曰く、三日も寝ていたらしい。そんなに寝たの初めてだ……。思えば神石の力をたくさん使ったし、ルカをかばった時に大きな怪我もしている。それに、色んなことを知った一日でもあったから。


 ガザはまだ撃たれた場所が完治してはいなかったけど、私のために神器を作ってくれていた。しかも、バラバラになってしまったお母さんの形見の腕輪を組み込んでくれて。


 神器を受け渡す時、ガザは改まって話してくれた。破壊神は彼が初めて作った神器によって生まれたのだと。そのことがきっかけで彼は武器を作るのをやめ、神器専門の鍛冶屋になった。使い手がいてこその”器”。新たな神器の使い手となる前に意志を聞かせて欲しいと言われ、私は心の中ですでに決めていたことを伝えることにした。


「私——ブラック・クロスに入るよ」


 私はまだ旅を続けたいし、何より、ルカとアイラと一緒にいる時間が好きになっちゃったんだ。確かに、戦ったり、手を汚すことへの怖さはあるけど……そう思っていたら、ガザは私にしかできないことをやればいいと言ってくれた。仲間を守り、助けることが私にしかできないことだ、って。


 次のミッションが届き、私たちはキッシュの街を出ることになった。ヴァルトロからの手配も回ってるみたいだし、これ以上長居するとファブロさんたちに迷惑がかかってしまう。


 ガザはキッシュの街の復興のためにしばらくここに留まるそう。うん、その方がいいと思うな。ガザもそうだけど、この街の人たちは何かを作っている瞬間が一番生き生きしてる。追われる形にはなってしまったけど、街を出る背後で聞こえた金槌の音が、温かく送り出してくれているような、そんな気がした。



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