SWEETY 君と彼女の最後の恋

おかし坂美

第1章 出逢い

「出逢い」1

それは急に降りだした天気雨のようで

鬱陶しいほど暑く照りつける太陽のようで

それでいて、予告なく打ち上げられた花火のようだった。



俺にとって彼女はこの季節にしか存在しない。

幻だったのかもしれないと何度思ったことだろうか。



目を閉じればそこには、表情をころころ変える彼女が居る。

俺の心を焦がし、惑わせ、手にするのを躊躇うほどきらきらと輝いていた。

だけど気付くと消えてなくなって、残ったのは真っ暗な空だけだ。



俺はあの夏の想い出を抱えたまま、今もまだ生きている。

だけど彼女は死んだんだ。これは幻でも夢でもない。



出逢ったのは今年の夏。



俺は大学四年生にも関わらず、内定も決めずに入学当時と変わらない、かなり自由奔放な生活をしていた。その日もいつものクラブで遊んでた。場所は渋谷、遊びたい連中が集まる街。この街は俺に合ってる。



就活なんてどうでもいい、色んな女と遊びまくりたい。今思えば馬鹿みたいに、そんな事で頭がいっぱいだった。



横山大輝よこやま ひろき

将来なんてどうでもいい、23歳。



だけどそんな日常の中で、彼女に出逢ってしまったんだ。その時の事はよく覚えてる。

真っ白な肌に長い髪。彼女の強い性格を表したような、人の心を見透かすような、そんな強い瞳を持っている。



そしてふっくらとした唇を開き、俺に向かってこう言った――。



『残念な男』





                    ***




その日彼女に出逢う前、今回も目を付けた女を簡単に落とせた所だった。

バカでかい音楽が鳴る中、みんな日常の全てを忘れるように踊り、浴びるまで酒を飲む。

ある種ストレス発散の一つなのだろう。



このクラブに居る客は2パターンに分かれる。

1つ目はストレス発散。2つ目は欲望の発散だ。

もちろん俺は後者で、ここで女は見つけてはホテルに連れ込んだ。



人目のつかない奥に一つのソファーがある。ここは俺の特等席。

女を落とせると、此処でイチャついてその気にさせる。ホテルに連れ込みやすくなるからだ。

今もその行為に勤しんでいる。



そんな中、慌てた様子で親友の圭太が駆けて来た。



「大輝やべぇぞ!イチャついてる場合じゃねぇって」


「あ?」


「ストーカー女、また来たぞ!」


「まじで――。」



思わず頭を抱えて俯く。ここ何日か、前に関係を持った女がしつこく俺を探していた。

女に執着される事が一番面倒で嫌いだ。



相手の女が、キスで崩れたリップを手で拭いながら見つめてくる。



「ストーカー?だぁれ?その女」



このクラブに出入りするほとんどの女に手を付けてしまっている。

今日は久々の初めましてな関係。初めてが一番興奮する。

これからが本番なのに――。



執着女のせいで、この機会を逃してたまるか。



「勝手にストーカーしてくる女が居て困ってんだ。ちょっとここで待っててくんね?」



圭太は呆れるようにため息を吐いて、早くしろよと急かしてくる。

俺達には緊急時、必ず逃げ込む場所があった。いつも通りそこを目指して走る。



こんな風に執着されるのは初めての事じゃない。

だがそういう奴だと分かると途端に冷めるから、こうやって従業員室に逃げ込む。

特等席の反対側にある従業員室。そこはフロアーから見ればただの鏡の柱だ。

だが中からは外を見れるようになっている。



ここのオーナーが客を見張るために作った一室。

だが今では、俺の逃げ場と化してしまった。

そっとその部屋に入ったのと同時に、圭太がいい加減にしろよと説教し出した。



「毎回こんなことしてねーで、迷惑だってガツンと言っちまえって。俺だって仕事中なんだからさ」


「女に嫌われんの嫌なんだよね。それに面倒。圭太おまえさ、言ってきてくんね?」


「はぁ?だから仕事中だって言ってんだろ?そもそも、何で俺が――。」



圭太は同じ大学に通う小学生の頃からの幼なじみ。このクラブで三年間もバイトしてる。

女さえいりゃ、男友達なんてどうでもいい。良いメンツ揃えてくれる奴や、上辺だけの友情がありゃやっていける。



そんな俺が唯一、心を許している存在だ。



まじまじとフロアーの様子を眺める。この場所は、隠れて様子を見るのも良い女を探すにも、俺にとって打ってつけの場所だ。



懲りずに可愛い子居ないかななんて思っていると、さっき落とせた女とストーカー女が言い争ってるのが目に付いた。



まじかよ、超ウケんだけど。

そんな思いでつい鼻で笑ってしまう。



「女って哀れだな」


「おまえさぁ、女見る目無いよな」



圭太は蔑む様な目で見てきた。

その発言に驚き、目を大きく開いて見つめ返す。

何を言ってんだコイツって、心から思った。



「二人とも、かなり美人だろ?」


「違う。俺は外見のことを言ってるんじゃなくて―― もういいや、おまえに言っても無駄。だけどいい加減さ、こんな生活止めろよな」



圭太は俺とは真逆の真面目人間。

もう既に就職先決まってるし、遠距離の彼女以外に目もくれない。

ここまで真面目だと尊敬するわ。俺には絶対に無理。



「止めろとか言われても、モテんだからしょーがなくね?」


「ほんっと、ムカツクなおまえ。いーか?確かにおまえは昔からイケメンでモテて――。」



ガタ――。



突然背後から物音がし、俺達は揃って振り返った。

電気も付けずに逃げ込んだから、暗くてよく見えない。だけど誰かが居るのは分かる。さらっと長い髪が靡いたのと、リップグロスで光った赤い唇が見え、女だということが分かった。



彼女はグラス片手にふらつきながら、こちらへ近付いて来る。

白のふわっとしたトップスにショートパンツ、そこから細い足がすらっと出ていた。その足がふらふらしていて覚束ない。



俺達と距離を詰めてきて、やっと顔立ちが見えた。

大きな目に厚い唇がなんとも官能的。そして眠そうなとろんとした目で笑みを浮かべる。



「あは、出口かと思ったら、ここ何処?」



俺等はつい互いの顔を見合わせた。

圭太は眉間にしわを寄せ、こいつ誰と言っているような顔つき。



「おい圭太、あの子スタッフ?」


「いや、ただの酔っ払い、かな」


「そ、美人見っけたー」


「は?大輝――。」



圭太が何か言う前に、ふらついて倒れそうな彼女を支える。

肩を抱いてみると、かなり華奢な体だった。

ここでは見た事無い顔だな。ラッキー。

下心丸見えであろう笑みを作り、彼女の顔を覗き込む。



「ここは従業員室だから、俺が出口まで案内してやるよ」



彼女は俯きがちにこくんと頷いた。

ぼーっとしていて目があまり据わってない。これはいとも簡単に持ち帰れそうだ。

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