第2話 「真夏の夢」

昭和51年5月 群馬県伊勢崎市連取本町の「平和荘」


僕は平和荘の階段をわざとバタバタと大きな足音をたてて上りきると本多や川辺の部屋に向かって「あらぁ・・・ここって女子のアパートじゃないんだぁ・・・」「うそっお!キャハハッハハ・・・!」「キャハハ」と複数の女の子の声色を使って叫んで、また階段をバタバタと降りて階段下で耳をすましてしばらく様子を伺った。


するとガラガラ・・・バタンと部屋の戸が開く音がして、「おうおう・・・川辺ぇ、今、女の声がしたっぺよぅ」「おおっ・・・そうだよな」と本多と川辺の声が聞こえたので、僕は苦笑しながら階段を上って二人を見て笑った。


本多は僕の顔を見るや「おい、ワタナベ、今、階段を女が降りで行ったっぺよぉ?」と、いかにも色呆けの顔をして言った。僕は「え、そんな女見なかったよ」ととぼけると、「おかしいなあ」と本多と川辺が顔を見合わせて首をひねる。


僕はとうとう我慢できなくなって「ぎゃははは・・・今のは俺だよ、ばっかだなあ・・・」と腹を抱えて笑うと、「だって・・・女の声だったぞ」「だからこうやって・・・うっそお!キャハハハ・・・って声色を使ったんだよ」「げ、本当だ・・・その声だ、こんのやろう・・・気持ち悪りいなぁ・・・」と本多が僕の首に右腕をひっかけてぎりぎりと絞めた。


「げっげ・・・ぎゃはは、や、やめろう・・・」「こんにゃろーーーーー!」「本多ぁ俺にもやらせろ、絞めさせろ・・・」それでも本多が僕の首を離さないので、川辺は仕方なく僕の頭を冗談で軽くこづいた。


「ぎゃはははは!」「はははっ・・・」「やめろってば・・・」やっと本多の羽交い絞めから脱すると「女の声なんか出しやがって・・・気持ち悪りいんだよ」「本物だと思ったんだろ? 少しは夢を与えてやろうと思ったんだよ」「本多は女に飢えてるからなぁ・・・けへへ」と川辺が笑うと「なんだとこのやろっ!」


本多の羽交い絞めの矛先が川辺に向けられたのを確認して僕は自分の部屋に入って顔を洗った。


ジャバッ!と勢いよく蛇口から飛び出してきた水は生温くて手や脂っぽい顔にまとわり付くようでなんだか不快だった。


「今年の夏は暑いんだろうなぁ・・・」僕の手に絡みついた水はタイル張りの流しの排水口に吸い込まれていく。

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