100のお題
霧野アタル
第1話 始まり
ふとペンを置き、薄暗い白色の光の中で目頭を指でつまみ、ぐいぐいと揉み解す。
それだけでこの疲れというか、重みというかが解消される・・・はずもなく、だが少しの気分転換にはなる様で再び目を開けるだけの気力は復活した。
天井を仰ぎ見つつ、腕を思い切り伸ばし、背中を弓なりに反らして、長時間同じ姿勢をしていた為に凝り固まった身体の筋肉に刺激を与えてやる。
ついでに「ん~~~・・・ん」などと声も漏らしてみたり。
最初は何だったろうか。
確かまだ幼い・・・13の頃だっただろうか。現代基準で考えれば13歳というのが幼いかどうかはさておいて。
だが思考的にはまだ幼いとも言えるその時期に触れた作品たちに刺激を受け、どういう訳か絵を描き始めたのが、最初だろうか。
10の頃には脳内で人気アニメ作品の戦闘シーンなどを妄想し、同じ様な妄想を共有できる同級生らと昼休みの体育館などで妄想上の光線技などを互いに披露し合い、互いにダメージを負って、何やら満足していた事をおぼろげながら覚えている。
それも最初と言えば最初になるだろうか。
ともあれ、筆を取ったのは12の頃。
そして執筆といった事を始めたのは中学に上がった13の頃だと記憶している。
お題は巨大ロボット。
過去に大きな戦争があり世界の裏側で戦っていた5体の強力な機動兵器を荒廃した世界に生きる人間が奪い合い、戦い、出会い、別れ、やがて再び戦争になり、そしてそれを治めて世界を平和にしていくお話。
そんな感じだった様に思える。
ともあれ、何の技術も理論も、むしろネタも無く書き始めたそれは原稿用紙ではなく大学ノートに書き綴られ、やがて9冊ほど書いた所で唐突に終わった。
もちろん、完成などはしていない。
だが、きっとそれが最初の作品であり、塗り替える事の出来ない自分の記録となった。
それから何年経っただろうか。
齢30もいつの間にか超え、自身も若さから少し老いを感じめた所謂「おっさん」となった頃、どういう訳か再び筆を取り、そして現在に至っている。
かつて誰もが明るい未来を夢に見た21世紀という現代に於いて、まだあったのかと言われる様な木造アパートの2階に居を構え、路地に面した窓際に丈の低い机を置いて紙に対してペンを走らせる姿などは昭和の文豪たちを彷彿とさせるのではないかと、時々夢想するが着物やもんぺなどではなく何の特色も無い灰色のスウェット姿なのが地味に情けない。
十分にほぐれた身体を机に戻し、床に置いてある灰皿を手に取った。
くしゃりと折れて火種を潰されたタバコは4本。
これにも最初があり、それはどうにも理由としてはありきたりな興味本位という奴だった気がするが、継続は力なりという都合のいい間違った言葉で自分を納得させて気づけば分煙やら嫌煙といった言葉が蔓延する現在まで吸い続けていた。
机の上においてある白いパッケージの小さな箱からタバコを一本つまみ出し、「パーラー宝島」と記された100円ライターで先端に火をつける。
小さく、ゆっくり、息を吸い込むと口の中に煙が充満し、それがゆっくり喉を通って肺に落ちていくのがじんわりとした感覚で知覚できる。
息を吸い込むのをやめ、これまたゆっくりと、だが自分が苦しく無い程度に吐き出して部屋の中にニコチンとタールの混ざり合った匂いをばら撒いてやる。
煙に乗ったそれらが部屋の中に充満していく様をぼーっと見つめていると、何となく頭の中が冴えてきた様に思えるから不思議だ。
そしてそれは勢いにもつながり「よしっ」だなどと空元気を振り絞り、再びペンを取り原稿用紙に文字を書き連ね始める。
始まりはなんだったろうか。
考える事だったろうか?
自分の中で違う世界が展開され、それを表現したくなったその衝動がそうだったろうか。
始まりは何であれ、それは続ければ今に繋がり、そしてやめない限り未来に続いていく。
継続は力なり。
その最初はいつだって「始まり」だ。
継続の力を文字にして、紙に油性インクで書き連ねていく。
頭の中では形が文字になり、これまでの人生で得てきた経験とこれまでの人生で得る事の無かった妄想とが混ざり合い紙の上に記されていく。
こうやって机に向かい、紙と向かい合い、ペンを走らせ、文字を吐き出し、文を重ね、文章を連ねて、妄想と現実を混ぜ合わせた「物語」にしたてあげる。
そして出来上がる作品のすべてが自分にとっての「始まり」であり、これから作るすべての「始まり」ともなるのである。
「始まり」の始まりは、やっぱり「始まり」で。「終わり」は自分が終わるその時にしかやって来ない。
それはつまり、生きている限り「始まり」が続いていく事を意味していて、その「始まり」を味わう為にまた新しい何かを始めるという無限ループに陥っていく。
そんな「始まり」の呪いとも言えるその事に気づいて、ふとペンを止めてしまうが、きっとこれもまた何かの「始まり」なのだろう。
思わずそう思って「始まり」の「始まり」を楽しもうと再び「始まり」を手に取り、「始まり」を始めるのであった。
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