プロローグ~悪夢~

多量に寝汗をかき、もがき必死に抵抗する俺。


目は開かないし、いきなりのことでかなり混乱して焦りまくった。


「うあ…」「やめろ…」


ベッドで寝ていた俺の足や腕、パジャマの裾などを引っ張って、壁とベッドの間へと引きずり込もうとする無数の黒い女の腕…


必死の抵抗むなしく、俺は壁とベッドの間へと引き込まれてしまった。


「い…」


不意に目を覚ました。


どれくらい、気を失っていたのか…


そこはどこまでもどこまでも続く闇だった。


心もとなくて恐ろしくて、俺一人立っていたのだ。


上下左右も分からず、空虚で混沌とした空間。


辺りを見回しても何もない闇が包み、音もなく静寂で、何一つないような所だった。


「何だよ、ここ…」


不愉快そうに呟き。精一杯強がったが、だんだんとその状況にも僅かだが変化が生じていることに気がついた。


俺を引きずり込んだ女のような複数の腕は今は何処にも見当たらない…


だけど…


周囲には得たいの知れない何かの気配が漂い始め、見張っているような気がしてならなかった。


ゴックリ…


その恐怖に思わず唾を飲み込んで、その場で硬直する。


俺はオカルトが一番苦手なんだよなぁーと、止めてくれと冗談混じりに、しかし半ば本気でそう思った。


震えが襲い、本気になり、何も起きないことを何度も何度も祈っていたが…


その願いむなしく。


恐ろしく聞いたことのないような雄叫びが響く。


「グロロロロロロロロロロロロロ!!」


「う!」「狙われていたのかよっ!?」


俺は肩をピクリとさせ、見開いた目を更に見開いて、目尻が裂けそうな程、驚いた表情をした。


今すぐにでもこの場から逃げたかったが、声の主が何処にいるのかも分からず…

しかも、地面に足を捕まれているようで、動けなかった。


マジかよっ!


タラーンとこめかみから頬に汗が流れてくる。


その後に起きた出来事に俺は思わずだが、言葉を発したことを後悔するほど、怯えた。


俺が喋ったのと同時に体は動かなくなり、ターゲットロックオン状態になり…。その場に押さえつけられた。

周囲に漂っていた得たいの知れない気配は、素早く、俺を取り囲むように凝集し、そこにたくさんの真っ赤な目が開かれて、殺意ある視線で見詰めてきたのだ。


グルルルー グルルルー グルルルー グルルルー


グルルルー グルルルー グルルルー グルルルー


獰猛な唸り声を上げて、徐々に間を詰めて、恐怖し震え上がりワナワナの動けない俺を追い詰める。


「ヒエエエエ~~」


喉が乾きすぎて、締め付けるようなか細い声で悲鳴をあげた。


俺の目の前のひときわ大きな真っ赤な二つの真ん丸な赤い目は、視線があった瞬間に、細められて、睨み付けて…


不意に俺の横に何かが通り過ぎていった。


「ええ?」


震えながらも何が起きたのかです声をあげる俺。


風を切る高い音がした後、頬が熱くなり、何かが流れる感じがした。

無意識にそれに触れてみると、ヌメッとした感触に戦慄し、目の前にその手を翳して見る。


血だ!


頭のなかが真っ白になる…


何が起きたのか分からなかったが、怪我をしたのは理解して、ショックが徐々に支配する。


包囲して狙ってきたものが何なのか分かっていなかったが、恐らく襲われて命を取られるということだけは分かり、取り乱す。


「助けてくれれれれれれ~~」


こんな暗闇じゃなくて、光溢れる明るい世界になれ!


頭を抱えて、腰を抜かし尻餅をついたその瞬間。


尻餅をついたその場所から白いタイルで敷き詰められた空間が生まれていく。


まるでオセロでもしているかのようにですカチカチと機械的に、黒が白へと変化した。


俺を追い詰めて、命を狙っていたものたちの姿が露になる。


それは一言では言い表せられないものだったが、あえていうのなら、瞳のない真っ赤な目をした悪魔のようなやつだった。


人のような形をしていたが、皮膚は薄汚れた灰色でゴツゴツと歪な形をして、背中には天使のように真っ白な羽を生やし、フーフーと気持ちが高ぶっているのか、甲高く喉を鳴らして、荒い呼吸をして興奮していた。


それが複数いてカットラスみたいな剣を持ち、俺を取り囲んていたのだ。


そして、俺のすぐ目の前でちょうど対峙した格好になっているやつの剣先を見ると、血が滴っていた。


どうやら、オレハコイツニ切られたようだ。


唖然とし、放心していると、


やつは、口を広げて白い歯を剥き出しに食い縛り、怒った顔をして、飛び掛かってきた。


俺が声を上げるまでもなく。その剣は確実に俺の首を狙っていた。


あっという間の出来事で、俺は正気ではなく、ぼんやりとしていた。


殺気立った剣が弓のように引かれて突き出される…。


首を跳ねられる…


俺は死を覚悟した…


その剣が首を跳ねる前に、何かがそれを阻止した。


「え?」


てっきり切られると思い、抵抗するすべさえなくただその場にいた俺は、ようやく雪が溶けるように正気になり始めた。


桜の花弁がその場に舞い、春の匂いがして、暖かで心地よくなる。


周囲に淡く力強い春の領域が生まれてその場で支配する闇を中和していく。


気がつくと俺達は、白いタイルで敷き詰められたバーチャル空間にありそうなお城の中にいた。


急に実体化したような…


「え?」「何でこんなところに…」


周囲を見回して、いきなり起きた出来事についていけないと言わんばかりに呟いたが、不思議よりも、何より闇から、光溢れる世界になったことの方が心強く、安堵が胸を満たした。


やつの剣を受け止めた人は、竜巻のように桜の花弁を風と共に纏い歌っていた。


「輝け~~♪」「春の日差し~~♪」


「天と共に歌え~~♪」


幼さを残す甘い声だったが、その声は透き通り聞き惚れてしまうほど綺麗だった。


その人、いや、その女の子は…


まだ、十代の若さを感じる雰囲気をまとい

ウェーブがかかった肩までの金髪をして、女の子のアニメに出てくるような、フリルのミススカートワンピースに、長いリボンが腰の辺りついていて、白いタイツをはき、シルバーのヒールをはいた。

たぶん変身したと思われる格好で、桜の花の形をした装飾品が散りばめられたヘッドセットマイクをしていた。


彼女は桜のしだれを風になびかせながら、懸命に歌い。


手には彼女の背丈よりも長い上下に刃が付いた銀色の槍を持ち、悪魔のような奴の剣を受け止めて、降り立つと、その槍の角度を変えて相手の剣を払うと、風を纏いながら、怯み腰を浮かせた相手に突っ込み、槍を回転させて打ち払った。


粉砕された悪魔のような奴は、一瞬もがくと塵になり吹き消えた。


倒したのか?


俺は本能的にそう思い、だけどまだ震えていた。


その少女は、目の前の奴を倒すと、間髪いれずに、包囲して襲ってきた奴等をすべて、次々と槍と歌の力で塵に変えていった。


それが一分もかからない、瞬殺技だった。


奴等がいなくなると、その場はより一層光が際立ち。


俺とその少女だけとなった。


真っ白なお城の床に俺は力なく膝まづき、少女は毅然と立つ。


まるで女王とその家来状態だった。


俺と彼女は対峙する。


その子は俺を見詰めると、憂いを帯びたような表情になった。


「あなたは、あの時カオス<混沌>の中にいた…」「カオスは、元々秩序がないもの…」


「だから、一人の人間があの中に入ってしまったら、本来ならその存在は最初からないことになり、消滅していまう…」


「…なのになぜ、あなたはあの場所にいられたの?」


詩人ように言葉を紡ぎ、水晶版が弾かれたような冷たく凛とした声で俺に聞き。目を細めた。


助けてもらったのは嬉しいが…。少女の気迫とその貫禄に気圧されて、言葉が詰まって声がでない。


それにこの質問の意味が理解できないのだ。


「う…」


見た目は少女だが、精神年齢は高いようだ…


平和な俺は一人そう思う。


返答がなかった少女は、視線を険しくすると、冷たいまま話を変える。


「いいわ…」「分からないのね…」


「あなたを狙い現れたのは『混沌の化身』」


「あれを呼び起こしてしまうものは、選ばれし者だけだから…」


少女は冷たく言い捨てる。


本当に何のことか理解できない俺は、喉を鳴らして、何度もつっかえて、ようやく言葉を発する。


「たた、助けて…くれて…ありがとうございます…」


「何処の誰だか…しし、知りませんが…」「救われましひた!」


最後に噛み、恥ずかしくなり床に頭をつけて、お礼を言う。


よく分からない敵と思われる生物たちに出くわして、初対面の少女に命を救われ、この世界が夢かどうかも曖昧で、俺は増す増す混乱していた。


顔の表情はたぶん悲惨なことになっていて、青くなったり真っ赤になったりをして、とんでもないことになっているのが分かり、もうこれ以上見てほしくなかった。


額を床にすり付けてお礼を言う俺に対して、少女は、さっきと変わらない態度でそっけなく言う。


「別にあなたのためじゃないわ…」「ただ、混沌に墜ちた一人の人間の気配を察知したから…」


「確かめたかったのよ」


あまりにそっけ無さすぎて、俺は悲しくなり、思わず顔を上げて、眉毛をハの字にした。


その顔を見て不憫に思ったのか、少女は、表情を少しだけ変えると、優しい声で謝った。


「ごめんなさいね…」


「だけど、あなたが何者なのか分かったわ…」


「あなたは自覚がないようだけど、あなたは選ばれし者」「いつかは別世界に行かないと生きていけない者ーー」


「あなたの"力"はもうすぐ熟す…」「あいつらをあなたのいる世界にばら蒔きたくなかったら、魔法を学びなさい…」


そう唐突に冷たく言い放つ。


ーーはい!?


突然の突拍子のない言葉。


"あなたは異世界へトリップする"フラグに俺は着いていけず。


絶句した。


目が点になり硬直して、放心しした顔の俺を見て、少女はまた謝る。


「ごめんなさいね…」


今度は、より気持ちがこもり、温かみと謝罪の気持ちが本当に感じた。


「魔法って…」


俺は言いかけてはっとした。それは幼い頃から普通の子どもとは違うことが出来るのを思い出したからだ。

雲を呼び出して勝手に雨を降らしたり、泳げないことをバカにされて腹いせいに小学校のプールの水をすべて蒸発させて、空に返したことや…


他にも色々とやった。


特に水に関してのことは大方やれた…


あれを魔法といえば、魔法だろうと確信した。

いや、あれは魔法だった。

親や先生はそんな俺のことを、悪魔の異端児とか言って冷遇して…疎外したのだ。

それから俺は、能力について隠すようになったのだ。

その暗い過去も同時に思い出し顔を暗黒色に変えたが、俺は目をつぶって首をよろよろと振り、暗い自分を宥めた。


顔を上げた表情が青くなったのを見逃さなかった少女は、俺に近づいてくる。


屈み込んで、首にかけていたネックレスとペンダントのセットを震える俺の手に、握らせると、両肩に手を置いた。


俺は真っ直ぐに少女を見つめた。


愛くるしくて整った顔立ちを間近で見つめた俺は、その美しさに思わず照れ笑いしてしまった。


そんな俺に対して、少女は笑ったが、すぐに毅然とした顔に戻った。


「私の名前は、ユユ」「あなたが今いる世界とは、次元の違う世界の春の国の春の歌姫です…」


急に優しく温かな敬語を使い、さっきとはうって変わって俺に語りかけるように言う。


「あなたは、カオス…混沌の中でも消えずにその存在によって無秩序を光の秩序へと導いた…」


「あなたは選ばれし者ーー」「生まれたときから大きな運命を背負い、今の世界に流れ着いた…」


「あなたの今いる世界はあなたが本来存在しなかった世界ーー」


突然の言葉に耳を疑い。


「え?」「俺が存在していないって?」


うわ言のように聞き返した俺に、ユユは切なそうに頷く。


「探していました…」「ずっと」


「あなたはどの時間軸にもその分身が存在していないオリジナルの人なのです」


「本来は私たちの世界がある時間軸であなたは守られるはずでした…」


「それが、…"魔王"の手によって私たちの力が及ばない世界に流されてしまったのです…」


「マオウ?」


理解不能の俺は言葉を復唱するように呟く。


「『混沌の化身』を操ることが出来る魔族の長です…」


「彼は闇の魔力に精通し、その力に溺れ大罪を犯し、長年封印という覚めることのない眠りについていました…」「それが今、魔族たちの力を借りて目覚めようとしているのです」


はい…。今度はボスキャラがいますよフラグですか?

増す増す困り果てる俺は、ユユが余り質問に答えてくれていないのに不満を少しずつ積もらせる。

まさか、助けてくれ?とでも…


「要するに、悪いマオウさんがいるから、封印してくれと?」「それを手伝ってほしいとでも?」


そんな俺の質問にユユは首を振り否定した。


「確かに、あなたには選ばれし者だけにしか与えられない"力"が宿っています」「だけど私たち、歌姫はそれを望みません」


「魔王や魔族への対応は、歌姫の使命ですから、誰かに頼ることはありません…」


「フォ~~」


俺は大いに胸を撫で下ろす。


「なら、異世界に行かなくてもいいよな!」


「今の世界に生まれたのなら、俺は今の世界の人間だし異世界の住人じゃない…」


「仮にマオウさんの手によって流れ着いた場所だとしても、俺は今生きているのだからこれからでも…」


受け入れがたい事実なのか冗談のなのか分からない言葉を受け止めきれずに俺は、全力でそれを拒否して、冷や汗をかきながら、ワナワナと言い訳がましくそう言ったが…


ピーンとユユの顔が張り詰めた。


みるみる顔色が白くなり、少し怒ったような口調になる。


「私の話を聞いていましたか?」


ユユの蒼白な顔を見て、これは冗談の域ではないと悟った俺は、電池が切れたように表情をなくした。


「本当なんですね…」


俺は敬語を使い、真剣になる。


「はい…」


ユユは固い表情のまま、重く頷く。


「干渉した魔王は、あなたの心の一部に、『混沌の化身』を産み出すため闇の魔法をかけました…」


「闇の魔法をかけられたものは、必然的に報われない茨城の道を歩き、人から忌み嫌われるのです」


「闇の魔法は、そんな辛く悲惨な人生の中でより多く抱えた濃いネガティブな感情を養分として育ち、やがてその人を破滅させてしまうのです」


「闇の魔法を打ち砕くには、あなたが生まれたときから持っている魔力を鍛えれば、必ず…」


そこまで言いかけて、俺が遮って聞く。


「俺がもし異世界に行けなくて、俺の今いる世界にこのまま残ったらどうなるんですか?」


恐る恐る聞いたが、ユユは瞬きもしないで真っ直ぐに俺を見つめ


「もし仮に正しい時間軸に戻れずに、魔法を学ばずに力<闇の魔法>が熟せば。あなたが消滅するのと同時に世界は崩壊してしまいます」


「あなた自身が『混沌の化身』になって世界を滅ぼすのです…」


「魔王は、『混沌の化身』を操れる…」「奴は封印から目覚めなくてもその力を扱える…」


「その為、もしあなたがそうなれば、あなたは自我を失い、魔王の手足になり果て。あなたは大切なものをすべて失うことになります…」


「それが望みですか?」


俺は首を激しく振ると、拳を握り締めて強く言った。


「それは俺の望みじゃない!」「俺の人生クソでも…」「マオウなんかに俺を支配させない!」


ずっと理不尽なことばかりだった。

まあ、コミュニケーションが上手くとれなくて、うん、あ、しか言わない奴で良くバカにもされた…

仕方ない自業自得の部分もあるが、俺は被害者だし、被害妄想だろうがなんだろうが、被害者面して、その気持ちを突き通すつもりだ。

他人なんて心底どうでもいいが…

だけど、誰かの欲のための操り人形なんてごめんだった。


俺の憤りと強い信念のこもった視線を受け止めると、ユユは満足そうに笑い。


「安心しました…」


「一方的ですみませんが、もう時間切れなので…」


ユユは腕時計の蓋を開けると寂しそうに言った。


「私がこの世界にいられるのは、10分間なのです…」「これ以上の干渉は選ばれし者の未発達な魔力に悪影響がありますから…」


そう早口に言ってから、ふわりと手を振るとどこらともなくマントが背中に出現して、流離い人のようにその裾を持った。


「それでは…」


「あなたに会えるのをお待ちしています」


にっこりと笑った。


要するに、俺には選択の余地はないと言うことだった。


この運命は必然であり、決して逃れられる程容易いものではないということだ。


俺は白みがかり、徐々に薄れる世界に、静かに瞼を閉じると、これは本当に夢か?と疑った。


まだ、この期に及んでも、夢だと信じていたのだ。

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ファンタスティックメモリーズ~俺の異世界日記~ 石川夏帆 @Kaho-isikawa

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