第2話 キャシー

『キャシー』


ナナの通っているサルサバー『ベラム』のオーナーであり、サルサダンスの先生である。


年齢不詳。


噂では60代と言う事らしいが、見た目は30代でも通る、美魔女である。幼い頃よりクラッシックバレエをやっていたと言う彼女の身体は引き締まり、胸はソコソコ、上げ底の可能性はあるものの、ウエストの細さは、モデル並み。顔立ちは、スラッと鼻筋の通った美人タイプである。


キャシー先生目当てにレッスンに通う、男性も多いらしい。

ナナもキャシー先生を崇拝するひとりである。女性であれば、あんな風に年齢を重ねて行けたら幸せだと思う。

キャシー先生はと言うと正真正銘の日本人で、どうして『キャシー』と言うのかと言うと、先生はニックネームが大好きなのである。


『キャシー』とは外国人にも通じるように自分で付けたあだ名である。あだ名の由来は分からないが、単なる好き。と言う事と、語感の響きが何となく好きで、気に入ってたからと言う事である。

先生の所に習いにくる生徒は必ず、ニックネームを付けられるハメになる。


「私は、キャシー、キャシーと呼んでね。」


「あなたは、何かニックネームある?無かったら、私が付けてあげる。敏子って言うの?だったら、トン子。なんてどう?」

と言う具合。


パーティーで自己紹介する時に、結構、変な名前の人がいたりして、

『キャシー先生に付けられたあだ名だな』

と、思える人が多い。そう言う時は、聞き返すより、スルーした方が良い。

また、不思議な事に、変なニックネームを付けられた人達は、比較的そのニックネームが気に入ってる様子である。

その、変な名前で呼ばれることに快感すら覚えてる。


『ナナ』。32歳の独身、男居ない歴32年のモテない女のニックネーム。

本名は、『夏樹尚子』。ナツキのナ。ナオコのナ。を取って『ナナ』と、キャシー先生が付けたあだ名である。

まあ、ナナは気に入ってる。ロマンチストで、乙女チックな彼女にはピッタリだと思ったからだ。


コレはないだろうと言う、ニックネームをあげると、『キューちゃん』『ブーちゃん』『ヤモメちゃん』『トーフちゃん』『ハッシーちゃん』『アランちゃん』等などだが、最後のアランちゃんは、イケメンとか思われがちだか、実際には間違いである。


アランちゃんは『東蘭子』って名前からで、キャシー先生が付けたニックネームである。大抵は、キャシー先生も考えるのが面倒くさくなって、苗字と、名前の頭だけ取って付けた物が多い。


そんなこんな感じで、キャシー先生にあだ名、ニックネームを付けられた生徒は『ベラム』の身内みたいになってしまう。不思議な事にニックネームで呼び合うと、仲間になってしまう感覚にとらわれてしまう。


可笑しなものだ。


サルサパーティーはどこのサルサバーでもやってる。レッスンは『ベラム』で受けて、パーティーは違う所に行く事もある。イベントとかも色々な所でやっている。深く関わりあいになると、他のサルサバーでは、こんなレッスンがあったとか、ここのサルサバーのレッスンではあまりパーティーでは使え無い技ばかり教えてる。とか、色々情報は入ってくるが、同じ先生にレッスンを受けたもの同士となると、親近感は湧く。


増して、お互い、本名は知らないがニックネームで呼び合う仲間である。


『ベラム』での繋がりは、他のサルサバーで習う生徒同士の繋がよりは大きい。

それは、やはり、キャシー先生の存在があってこそである。

何たらのパーティーとか言って、大きな会場でやる事もある。そう言う会場に行くと、

「どこで習った?」とか聞かれたりする。

同じ所でレッスンを受けた人達は顔見知りになるから、まず、ペアを組んで踊る。慣れた者同士、気心が知れてるのと、仲間意識があるからである。


より多くのパーティーに出て顔見知りになるのが、サルサダンスの上達だと思われがちだが、実際はそうであるのだが、ナナに限りは当てはまら無い。


ナナは臆病である。


ナナはリズムオンチで、ダンスのセンスが無い。と、本人が思っているからである。

「良い加減、諦めたら?」

なんて、誰かが言っても良さそうであるが、誰もそんな陰口は叩かない。サルサダンス、皆、アイラブユーなのである。

ただ、これだけレッスンしていても全然上達し無いという事は、お金の無駄遣いと、ナナも薄々ではあるが、気付いてきている。

それでも、ナナにとっては、楽しいと思える世界なのだ。

サルサダンス、アイラブユーなのである。


キャシー先生は、ナナにとって大きな存在である。初めてキャシー先生にあった時の衝撃は今でも忘れない。


キャシー先生の私生活は謎めいていた。バレエを習っていた事は皆、知っている。それ以外は殆ど知られていない。


その美貌は整形なのか?

だが、ボディは整形とは考えられない。引き締まった筋肉。鍛えあげられたそのシルエットは、二十歳の女性でも叶わないだろう。


すらっと伸びた足の長さも日本人離れしている。普通なら当然二の腕に付くはずの『振りそで』と言われる、贅肉も全く無い。もちろん年齢不詳ではあるが、還暦を過ぎているとの噂話は最初は信じられなかったが、今では、あながち本当かも知れないと思えるようになった。


キャシー先生の時折口ずさむ懐メロ、オヤジギャグ、好きな歌手、好きな映画。その殆どが、ナナの母親と同じ趣味なのだ。


ただ、誕生日は四月一日。


エイプリールフールだ。その日にキャシー先生の誕生日パーティーが『ベラム』で毎年行われている。

その日は、目一杯着飾ったキャシー先生がメインで、歴代のキャシー先生の生徒達が集まる。

男性はサルサダンスで慣れた者も、初心者でも、列をなして先生と踊る事を楽しみにしていた。

ひとり数分間で、数十人の男性相手に踊るのだから、相当体力の要る事だ。

中には一曲丸々踊りこむ男性もいた。


それは特別な男性であった。


一番、しっくりペアとして踊れる相手である。パートナーとして最高の男性である。時たま、キャシー先生の助手を務め、パフォーマンスしてくれる。

二人のダンスは、多くの人を魅了する。

しなやかに動くキャシー先生の身体を上手くリードして、何回転もさせる。華奢なキャシー先生の身体が宙に浮き、その折れそうな腰をキャッチする。


これでもか?と言うほどセクシーに作られたドレスが綺麗に舞い上がり、キャシー先生の脚の付け根まで魅せる。


女の年齢がどうしても隠せ無いのが、首と手の甲である。顔、ボディのシルエットはどう見ても三十代。首と、手は手入れが行き届いてはいるものの、歴史が感じられた。

そして、先生の右腕の肘下内側の所に火傷の痕が醜くあるのも知っている。

引きつったその皮膚はその部分だけ、痛々しくピンク色に模様が出来ていた。

その火傷がどのようにして出来たのか、誰も聞かなかったし、誰もその火傷に触れなかった。


キャシー先生のパートナー、レオンだけは知っているかも知れない。

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