第8話エリシアの希望に。

ナナリが目を覚ます。

朝の寒気さに目を覚ますと、冷たい風が身体の表面を撫でるのを感じた。おぼろげな世界に舞い込んだ風は室内を駆け巡り元の世界へと舞い戻っていく。静かな光の渦は乱反射し粒子を散らしていった。


ナナリは次第に頭が覚醒するにつれて、徐々に昨日の事が思い出された。

青白い薄い光に照らされた部屋を見渡すと、傷んだ木の壁が目に入る。この街で最もボロい宿の内に入るここには壁や天井には何もなく、あるとしたら木製の光を取り入れる窓しかない。

木の板は木目なんて見えない。ただ黒ずんでいるだけだ。


ナナリが視線を下に下げるとの横になっている彼女様子が目に入った。彼女はナナリの事を見ていた為、自然と視線が合わさる。

ナナリが 偶然助けることになった彼女。昨夜、彼女の痛みに耐える表情は見ているこっちも辛くなるものであっかけれど、それに比べて今は幾分柔らかな表情をしていた。


大きな瞳は光を取り込み、虹彩には明確な意志の形が見て取れる。青紫色だった唇は薄い桃色の線を描き、同様に青白かった顔色は肌の色取り戻し頬には優しげな紅の色が映えている。


「よ、よかった、、、」


彼女の様子に、なんとか解毒が上手くいったことを理解し、深い深い安堵の息がこぼれ落ちる。

ひとまず安心だろう。 そう思うと胸の奥から、じんと込み上げてくるものがあった。

ナナリは自分が涙もろくなっている事に気がつき咄嗟の行動で雫を拭おうとするが、意味をなさない。

助けられた事に対しする喜びに口元は弧を描いてしまって情けない顔をしていた。


彼女はそんなナナリの顔を見つめた。

彼女の瞳にはナナリは優しげで、でも何かに怯えているようにも見えた。

彼女は、どうして?と心配そうにその顔を覗き込む。


見つめ合ったまま経過していく2人だけの時間。

ナナリは中々言葉を発することができなかった。

何も喋ったらいいのか分からない。何か言葉の形を作るのだけれども、それは音になる前に形を失ってしまう。

閉口して噤んだ口の中は不安の味がしていた。


「ど、どうしたの?」


喋り出さないで曇っていくその様子、表情に何か感じ取ったのか彼女が心配そうに尋ねる。

芯の通った声音で紡ぎ出す、音の波はここのにすっと溶け込むようにさえ感じる。 苦痛にかすれていた声は淀みをなくし、ある程度の回復を見ることができた。


ナナリの体は何かを恐れているようにビクッとはねた。


でも、彼女の声の響きが彼女の体調が良くなっている事を更に伝えてくれて喜ばしかった。涙が出てしまった。そんなたった一つの情報が嬉しくて。


彼女に心配かけちゃうよね…しっかりしなきゃ、と涙を拭う。でもナナリは微笑みをつくろうとしたのだけれど上手く作れなない事に気づいた。

答えないでいる沈黙の時間は辛くて、返事をしようとした時に、笑おうとしたけれども、表情に浮かべた笑みはぎこちないものにしかならなかった。


「い、いえ。だ大丈夫です。」


その壊れそうな笑みを彼女は見つめる。


「体どうですか?」


沈黙を保ち続けるのは得策じゃないかなと、ナナリが喋りかければ彼女はつっかえながらもちゃんと返事を返した。


「き、昨日よりは良くなったよ。」


「まだ、痛みとあります、、?」

「か、体は、痺れているけど、痛みはほとんど無いと思う。」


何故か自信無いように呟く彼女。


「そっか……」


痺れが残っているのは心配だが、痛みがなくなってきているのならば多分回復傾向なのだろうし、痛みが強かったせいで、神経が麻痺している可能性が高いだろう。医学部を目指していたのに情けない話だが、毒に対する詳細な知識なんて全く無いし、本当に大丈夫かどうかは分からない。

本の読書量も人よりはかなり多いはずだが、そんな専門書は読んだことがない。もっと勉強しとけば良かった。ナナリはそう思った。


彼女の方からナナリに話は切り出してこない。

見つめ合っている状態はどことなくむず痒く、ナナリは視線を少し横に逸らしてしまった。

ナナリが木製の空間で視線を移す途中、不思議なものが見えた。 彼女の耳だ。

 長い。横に伸びていて特徴的な耳だ。

 ナナリが、ん?、と疑問に感じて改めて見てみると、明らかに普通の人間より細く長くて、先端の方が尖っていた。

  何かの病気、、、というわけでもなさそうだから、そういう生まれつきなのだろうか? と疑問が生じる。


「あの、、、その耳、、?」

恐縮しながらも尋ねる。彼女は少しの警戒と落胆の表情を浮かべた

「助けてくれてありがとう、、、その、もう大丈夫だから出て行くね。」

「えっ?」


 彼女はそう言って立ち上がろうとする。彼女が先ほど言っていたように痺れが残っているのだろう。手を床につこうとしたが、体を持ち上げることができずに床に軽く背中を打ち付けてしまった。


突然どうしたのだろう?とナナリは思った。明らかに彼女は本調子ではない。

 やはりボロ宿が良くなかったのだろうか?それとも、何か間違えた事を言ってしまったのだろうか?と不安に思う。

 見当違いな事だったが、ナナリは不安でそして怖かった。


「すいません、、、お金なくて。こんな宿しか余裕無くて、、、そ、それとも気に触ることを申し上げたでしょうか? 」


不安で言葉がつっかえてしまった。

少し自信家の気質を持っていたナナリは、大勢の前で演説したり人と会話するときに笑わせようとして目的を持っている時には、上手く自分を隠して喋る事が出来るのだが、いざ、自分を出して会話をすると真面目だった性格の部分が影響がして、人見知りが発動し、言葉が堅苦しくなってしまう。

そして、彼女に嫌われたくないという気持ちが働いて声がふるえていた。


  彼女はナナリの言葉に驚いた表情を浮かべた。


「そんなこと言ってないわよ、、、、そ、そうじゃなくて」


 戸惑いを浮かべながら続ける。


「この耳、、、私、エルフだから、」


彼女は、俺の顔を伺うように視線を彷徨わせながら呟いた。


エルフ、エルフ。エルフってあのエルフだろうか?とナナリは疑問に思う。

色んなファンタジックな小説や漫画、アニメなどの作品に出てくる、耳が長く、長寿であり、外見がとても美しく、魔法が多彩に使え、後はなんだったか、、、。 確かに、そのような特徴に一致していそうな部分は大いにある。かなりなどの副詞では物足りないほどの美人であり、この耳は現実に細長い。また、これは推測にすぎないのかもしれないが、ローブという魔法使い特有のものを着衣していることから、この世界の摩訶不思議現象、魔法が使えるのでは?と推測できる。


 ナナリは今まで、この世界にエルフという存在がいるとは聞いたことがなかった。

 彼にとってこの世界は驚く事ばかり。 地球と相似している点が少なくない。全ては必然なのだろうか? 文化は異なる発展を遂げているのにも関わらず。

 何か作為めいたものを感じるが今は考えても仕方のないことだろう。と結論付けた。

 エルフという存在も予測なんてできなかった。

  基本的に情報収集は盗み聴きしているに過ぎないのだから、しょうがないのかもしれない。

 でもなぜ彼女がエルフであるという事が出て行くことに繋がるのだろうか?とナナリは質問した。


「なんで、それで出て行かなきゃなさないんですか?」

「えっ、、、だって、、、エルフは、、エルフと一緒にいると貴方は危険でよ。私と一緒に居るところを見つかったら、、、、何されるか分からないよ。」


 ナナリは 聞いた事のある内容に思い当たる節があった。

  確か亜人と呼ばれる人種の人たちが存在し…人未満の存在としての蔑称が亜人であり…今、亜人なんかと一緒にいるとろくなことがないとかなんとか。

 アキウス帝国では亜人とその名で呼ばれる人々は、帝国が大砲を開発して以来、被支配階級に属している。 最近、亜人が帝国の支配に抵抗するということがあり、抵抗は武力的な手段を持って鎮圧されたという事があった。そのせいで帝国では印象が良くはなく、支配階級の人々、貴族と呼ばれる人々は特に見下していている人が多いのだそうだと聞いていた。


  亜人はの話は、聞き逃すようなものではない。

この国には、最も下に奴隷と呼ばれる階級の人たちがいて、それこそ物のように扱われ文字どうり商品として扱われている。

 ナナリは今まで、決して堅気とは言えないような場所で働らいたため、客もマナーというよりもルールを遵守するような客ばかりではなく、犯罪者にほど近いような人達を見たことがあるし、彼らの話に遠くからでも、耳を傾けていたことがある。

 亜人は捕らえても咎められることがあまりなく、攫って奴隷として売れば結構な金になるということが話題に上がった集団も皆無ではなかった。

 40年程に集結した戦争では足りなかった兵力を補うために、弾圧されていた亜人達を市民として扱うことを約束して市民権を持ってはいるらしいが、一般市民とは扱いが違い、現状、ある種の弾圧を受けている。

 そのため彼らは隠れるようにして生活しているそうだ。


  時代、歴史的にも、地球で蛮族と呼ばれた人たちがそういうことに似た状況にあった事もあるだろうし、容易に善悪を判断してはいけないものだと思う。

 だけれど、やはり日本人として生まれ育っていた俺にとって人を差別する事は、納得しようとしても、非常に違和感を感じるし、賛成はできない。だからといって、人ひとりの力でそのことに対して何かできるはずもない。


「そんなのは、貴方の命に比べれば些細なこと ですよ。」


キザったらしい言葉かもしれないが、今考えつく言葉はこれしかなかった。これが本音なのかもしれいとナナリは思った。


「っ!、、、、、そう、、。」


息を呑むようにした彼女は、迷子のようだけれど、どことなく迷っていた道から抜け出したような見表情を浮かべた気がした。


 沈黙が横たわる。会話が続かない。

 ナナリは共通点など見つけるに見つけられないし、彼女のことは知らないことだらけで、話を見つけるも何もそこからだろう。

 実際状況が状況だったせいもあり、ナナリは彼女の名前も知らないのだった。

 なぜ、彼女は森の中であれだけの人数に追いかけられることになったのだろうか。なぜ、彼女は、森の中にいたのか。色々と疑問となることがある。

もしかしたらここに居続けるのは危ない事なのかもしれない。


 とりあえず、互いのことを知らなければいけないだろう。

 そうナナリの中でまとめた時に、先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。

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