胡蝶が舞う
柚瀬 紫苑
1:彼女の名前
「…さん、お客さん!」
肩を揺すられている。
目をつむったまま、私はここが何処であるか、考えること数秒。
「お客さん、終点ですよぉ、起きてください!」
ああそうだった、今は大学のサークルの飲み会の帰りの電車の中だっけ。
重たい瞼を開く。
予想通りそこは見慣れた電車の中で、車掌と思しき人が私の肩を揺すっていた。
「あぁ…、ええと、すみません」
頭も体も重かったが、無理やり立ち上がり、急いで電車の外に出る。
ホームを踏んだ瞬間、凍てつくような風が頬をかすめる。
11月下旬の冬の寒さだった。痛みさえも伴う、その風の冷たさは、酔いと眠気を覚ますには十分過ぎた。手袋を持って来ればよかったと後悔しつつ、コートのポケットに手を突っ込んだ。
大して変わるはずがないのに、電車に乗る前と比べ、空が黒ずんでいる気がした。
ホームにある時計に目をやる。0時15分。大体、予定通りの時間。
サークル仲間は嫌いではないが、朝まで飲むほどの仲ではない。その日は残っても二次会までと決めていた。
改札を出て、私は待合室に入り、ベンチに腰をかけた。
照明はついているものの、自分以外の人間は構内にいないようだった。駅員も、乗客も。
郊外である上に、終電の時間だからおかしいということはない。
私はコートのポケットからケータイを取り出した。着信もメールも届いている様子はなかった。
私はケータイを強く握りしめる。
この時間は不安になる。いつだってそうだ。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに待合室の入り口に立つ彼の姿を見て安堵した。
「待った?」
思わず顔がほころぶ。
私に声をかけてきたこの男、
「待った」
「嘘だね」
侑はそう言って、待合室を出た。私も慌てて後に続く。
「電車の到着時刻に合わせてきたんだ、待ったわけないでしょ」
「もう、冗談通じないんだから!」
侑はガチガチの几帳面。
待ち合わせ時間には必ず時間通りに来る。
「何、酔ってんの?」
「バリバリ素面ですけど」
そのとき、再び風が頬を撫でた。
話しながら歩いているうちに駅の外に出ていたらしい。
「うっわ、さっむ…」
吐き出された息が電灯の光によって白く浮かび上がる。
侑はマフラーをさらにきつく巻き直した。
そしてゆっくり並んで歩きだした。
「ねえ、侑」
「ん」
「迎えに来てくれてありがとう」
私は正面を向いたまま、侑の方を見ずに言った。
「…いつものことじゃん」
「ありがと」
「……」
侑もまた私の方を見なかった。
私と侑は中学、高校の同級生だ。
中学は同じとは言え、高校に入学し、同じ部活に入るまで、お互いのことを全く知らなかった。
一緒に過ごせば過ごすほど侑に惹かれていくのが分かった。それはきっと侑も同じだったのだろうと思う。
付き合うことになった過程も成り行きだったのだろう。はっきりとは覚えていない。
別であるとはいえ、実家から共に地元の大学に通っているため、頻繁にあったりもしていて、今日のような、私が飲み会などで帰りが遅くなる日は必ず駅まで迎えに来てくれる。
「あのさ、今晩もうちに泊まってくんだろ」
そしてそのあと、侑の家に泊まっていくところまでがセットだった。
「うん、大丈夫?」
「問題ないよ」
私が泊まりに来る日は、侑の家族を近くに住む実家の方へ出払っていてくれている。
「じゃあ、お言葉に甘えますかー」
そう言うと、私は少し乱暴にむき出しの侑の右手をかっさらった。
「ちょっと!」
「いいじゃん今日くらい」
侑は人前で手をつなぐのが嫌いだった。普段は絶対につながせてもらえない。
「大丈夫だよ、誰もいないし」
私は振りほどこうとする手をさらに強く握った。
「それに私今日手袋忘れてきちゃったからさ、ね」
「ああもう」
侑はグッと私を引き寄せて私との距離を縮めた。
「わっ!!」
「お前、家帰ってから覚悟しとけよ」
「はいはい、何をされることやら」
適当に侑の言葉をいなしつつ、侑の顔を覗き込んだが、暗くてどんな表情をしているのか分からなかった。
少しだけうるさくなった鼓動を私は一生懸命落ちつけようとした。
今日の侑はらしくないよ、どうしちゃったの。
それは言葉にはしない。
いくら私が挑発したってあんな乗り方したこと一度もない。
しかし、私は優しい侑が好きだったが、ああいう侑もいいと思った。
だから言葉にはしなかった。
侑の家に着いた。
「あーやっべ、指が動かない」
侑が家の鍵を開けるのに手間取っていた。
「貸しなよ、もう」
私は侑から鍵を受け取り、解錠を試みる。
すぐにカチャンと音を立てて鍵が一回転した。
「よし、これで…」
しかしドアノブをひねってもドアは開かなかった。
「あれ?」
何度ガチャガチャと回してもドアは開かない。
「どうしたの?」
「なんかドア、開かないんだけど」
「マジで?ちょっともっかい鍵開けてみてよ」
「分かった」
再び鍵を差し込み、さっきとは逆方向に回す。同じようにカチャンと音がした。
そしてドアノブをひねり、引いてみる。
ガチャンと音を立て、ドアが開放された。
「開いた…ってこれって鍵のかけ忘れってこと?」
「うそ、マジ?そう言われるとかけたかどうか自信ないかも…」
「侑でもそういうことってあるんだ、意外」
「うっさいな」
本当に意外だった。あの異常なほどの几帳面の侑が鍵のかけ忘れなんて。
さらに私はあることに気づいた。
「寒いし早く中に入ろう」
「ねえ、侑…」
家の中に入ろうとする足が、思わず止まる。
「電気も消し忘れたの?」
「え?」
私は廊下の一番奥、リビングのある部屋の方を黙って指さした。
ドアで閉ざされているとはいえ、明かりが漏れていた。
「いや、さすがにあり得ないと言いたいとこなんだけど…」
さすがの侑も信じられないという顔をしていた。
「消した記憶は?」
思わず小声になった。
「ないけど、ありえない!」
侑も合わせて小声になる。
「じゃあ何、家の人が戻ってきてるってこと!?」
「それだけは絶対にない!」
「何で!?」
「車庫を見ろよ、空だ。家に人なんているはずがない!」
確かに車庫に車は一台も停まっていなかった。
しかし私は納得がいかなかった。
「認めたくないが消し忘れなんだろうな」
「いや、他の可能性もあるかも」
「何だよ」
「泥棒、あるいは、ストーカーとか」
私は思いつきをそのまま口に出した。
口に出したら本当にありそうな気がしてきて、少し寒くなった。
「まあ、そうだな」
そう言うと侑は家のなかに足を踏み入れた。
「あ、ちょっと」
躊躇が全くなかったところから私の発言を冗談か何かだと思っているらしい。いや、私だって本気で言ったわけではないけれど。
侑を前にして廊下を進み、そしてリビングの入口の前で立ち止まった。
中から物音は聞こえてこない。
侑がリビングのドアを開いた。
「おかえり、侑」
リビングの中心に置かれたソファに一人の女が座っていた。
声が出なかった。
この女は誰。
ストーカー?それとも…?
何秒間立ち尽くしていただろうか。
私は突然我に帰った。
「侑!」
私は彼の名を呼んだ。
私の前に立つ彼が今どんな顔をしているのか分からない。
「この女は誰なの、知ってる人?」
自然と声が震えた。
ストーカーであってほしい。
本気でそう思った。
しかし侑は黙ったままだった。
胸がざわついた。
「ねぇ、侑!」
「あなたが侑の彼女さんね」
女が口を開いた。落ち着いた口調だった。
目は私を見ていない。その視線の先は侑だった。
「私は」
「何しにきたんだよ、サキ!」
私は驚いて侑を見た。
侑は女の言葉を遮り、ほとんど叫び声に近い声を上げた。
しかしサキと呼ばれた女は話をやめなかった。
「私は」
「サキ!」
サキは一瞬だけ私に視線を移し、続けた。
「私は、侑の元カノです」
全くの予想外の答えではなかったのだろうか。
だからだろうか。何の感情も沸いてこない。怒りも悲しみも戸惑いも。
自分でも驚くほど私は落ち着いていた。
冷静に私はサキという女について分析した。
侑の慌てようから、元カノというのはきっと事実なのだろう。その存在を侑から知らされたことはないけれど。
では、なぜ今ここ、侑の家にいるのか。
「お前、どうやってここに入ったんだ」
ようやく侑は口を開いた。声は微かに震えていた。
サキの顔色がサッと変わった。
「そんなの分かるわけないじゃない!」
叫ぶようにそう言った。
「何言ってんだよ」
「気づいたらいたの。何でそんなこと聞くの?」
サキは怯えているようにすら見えた。
サキの言っていることは支離滅裂だ。
この女は頭がおかしいのかもしれない。
私は少し身構えた。
「サキ…お前がそんなやつだとは思わなかった」
侑はそう冷めた声で言った。
「侑!」
「今すぐ出ていけ」
「侑、私嘘ついていない!」
先ほどの冷静さは失われ、サキは感情的になって叫んでいた。
「侑、お願い、これで最後なの!」
「何が最後だ。最後はとうの昔に終えている」
「侑!」
「いい加減にしろ!」
侑は叫んだ。
顔は見なくても怒っているのが分かる。私が今まで見て来た中で、断トツの怒り。
サキは今にも泣きそうな顔をしていた。
「ストーカーなんかに用はない!帰れ、今すぐ!」
侑はサキの腕を掴んだ。
サキは悲鳴を上げた。
「侑、やめて」
気づくと私はサキの腕を掴む侑の腕を掴んでいた。
侑は驚いた表情で私を見た。
サキも驚いていた。
一番驚いたのは私だったのかもしれない。無意識の行動だったのだ。
しかし、構わずに侑はサキを引っ張った。
「ごめん。変なことに巻き込んで」
「侑、だから待ってって」
「今追い出すから…」
「お願いだから、落ちついてよ!」
ついに私まで叫んでしまった。
侑もサキも呆然としていた。
侑はサキを掴んでいた手を離した。
私は急に決まりが悪くなった。私もそっと侑の手を離す。
「…大きい声出してごめん。この人を追い出す前にちゃんと話聞こうよ」
「いや、でも…」
「あのさ、彼氏の家にいったら、訳のわからない女が一人いた、こっちの身にもなって。ぶっちゃけ今一番パニックなの私だから。このまま何が何だか分からないまま帰らせたりしたら、一生訳のわからない不安を抱えていかなきゃいけないの。そんなのごめんだから」
私は一気にまくし立てた。口から驚くほど言葉がスラスラ出る。
しかしその言葉が本心ではないのは自分で分かっていた。
侑は黙った。
「まずさ、落ちついて座ろ?」
私からそう言われ、仕方なく侑はサキと向かい合わせになる形で座ったが、露骨に不機嫌そうな表情を浮かべていた。
私も侑の隣に座る。
サキは私の出方をうかがっているようだ。
この異常な状況の中、私は好奇心を取ってしまったらしい。
少しばかり無言が続いた後、侑が口を開いた。
「で、どうやってここに入った」
「…さあ」
「は?」
「分からない」
「あのな、いつまでふざけるつもり…」
「私は、」
侑の言葉を遮ったサキの口調の強さに驚いた。つい先ほどまでの、いま一つ自信に欠けた返答をしていた人物と同一であることが信じがたいほどだった。
「私は、侑に招かれたと思った」
「…どういうことだ」
「私は侑の家の前にいた」
「いた?」
そう聞き返したのはのは私だった。
私はその言い方に違和感を覚える。
「家の鍵が開いていたのか?」
侑は大して気にならないしく、先を続けた。
「そういうことなんじゃないの」
「……」
侑は急に口をつぐんだ。自分が施錠をし忘れたという事実を受け入れられないのかもしれない。
しかし、それよりも私はサキの答え方の曖昧さが気になった。
本当に施錠されていなかったのならもちろん、逆に何らかの形で施錠された家に入ったのだとしても、ここははっきりと侑の施錠忘れを主張するべきではないのか。身の潔白を証明するチャンスをなぜみすみす逃そうとしているのだろう。私にはそれが分からなかった。
だからこそ、その曖昧さがむしろ真実味を持っているようにも感じられた。
サキは続ける。
「これが最後のチャンスだと思った、だから私はここに」
「さっきから言っている最後ってどういうことなの?」
サキの視線は一瞬宙を泳いだ後、私に向けられた。
「ごめんなさい」
弱々しくそう言った。
そしてすぐに侑の方を向き直る。
「私をふったときのこと覚えている?」
「…ああ」
サキの目は真剣そのものだった。それが伝わったのか侑は不快そうな表情を浮かべるのをやめた。
「最後凄く喧嘩したよね、思ってもいないことたくさん言っちゃうし…」
サキの目が潤む。
「あんな別れ方望んでなかった」
「……」
侑は黙ったままだった。
私は居心地が悪くなってきたが、さすがにここで席を外すわけにもいかないので我慢した。
「ずっと、ずっと後悔して、あんな風にしか別れられなかったこと、」
「あの時は悪かったよ」
侑がようやく口を開いた。
「俺だってあれが全部本心だったわけじゃない。悪かったと思ってる」
「侑…」
「でもな」
「大丈夫、分かってる。分かってるから…」
サキの声は悲痛そのものだった。
この女は侑のことがまだ好きなのだ。
まだ、というには生ぬるいほど、ずっと焦がれて焦がれて焦がれ続けていたのだ。
直接サキから「好きだ」という言葉を聞かなくても簡単に理解できた。
きっとそれは侑も理解している。
「侑、私あなたに伝えたいことがある。できれば最後まで黙って聞いてほしいんだけど、いいかな?」
侑はちらっと私の方を確認した。
私は黙ってうなずいた。
「…分かった」
私は本当にどうかしていると改めて思った。
普通の彼女ならヒステリックを起こしていてもおかしくない状況なのだ。
どういうわけか好奇心と女に対する同情が事を進めようとしている。
何があっても侑は揺るがないという確信あってのことなのだろうが。
一呼吸おくと、サキは決心したように言った。
「ずっと侑のことが好きだった、今もそう」
予想通りの言葉だった。私の中に焦りや不安などの感情はなおも生まれない。
侑も表情を変えない。
サキは続けた。
「別れてから…別れときのこともそうだけど、なんで別れてしまったんだろうってずっと後悔ばっかりして」
侑は再び私の方を一瞬見た。
聞きたくなくなったらいいんだよ、とその目は言っているようだった。
こういうところが本当に好きだった。
大丈夫、と答える代わりに私はサキの方に集中を向け直した。
「それから毎晩一日も欠かすことなく、侑の夢を見た。それもひどいの。夢の中で私と侑は復縁するの。あるはずないのにね、侑が私にやり直そうって囁くの。絶対にあるはずないのに。当然、次の瞬間目を覚ますと、あなたはいない。どこにもいない!」
感情的だった。最後はほとんど悲痛な叫び声ともとれる声だった。
ここまでサキが侑を好きだとするのならば、現彼女、私への嫉妬は相当なものではないのか。しかし、侑に対する感情はいくらむき出しにしようとも、私に対する感情は一切表に出さない。私のことは眼中にないのかとすら思えてしまう。そんなことあるのだろうか。
「でも、今日は違う」
気づくとサキの目には光が宿っていた。
サキは強い。
私はそう確信した。
サキは立ち上がった。視線は侑を捉えたまま。
「侑、私とやり直して」
真っ直ぐな目をしていた。
私は初めて、その真意を理解した。
侑は立ち上がらない。
しかし彼もまた決して視線を逸らしはしなかった。
侑の口が動く。
「ごめん、できない」
一言。言い訳もしない。事実だけを述べる。
それがサキの覚悟に対する、侑なりの精一杯の誠意だった。
希望は微塵も残さない。それが侑の優しさ。
儀式が終わった、と思った。
茶番と言ってしまえばそれまでだが、この瞬間はサキにとって次へ進むために必要な儀式に違いなかった。
サキは微笑んだ。
その微笑みがあまりにも優しすぎて、自分が男だったら惚れていたのではないかなどと、私は場にそぐわず悠長なことを考えていた。
サキは力が抜けたようにソファにもたれかかった。
そして、侑を見、侑より少しだけ短く私を見て、言った。
「ありがとう」
呟きに近かった。
「気が済んだ」
「それはよかった」
侑はめんどくさそうに答えた。
「やっぱり頭では分かってても駄目ね。こうして正面切って言われないと」
「お前、どれだけ俺とこいつに迷惑かけたと思ってんだよ」
「うん、ごめんなさい」
サキは私に向って素直に頭を下げた。
「いや、私は、別に」
急に私の方に話題が向けられたことに対応できず、曖昧な返事になってしまった。
そもそも私も修羅場で男を取り合ってけんか腰になって物事を言う
これで侑に言い寄らなくなるならそれでいい。
「あなたに会えたおかげでちゃんと諦めがつきました」
「気が済んだなら…」
「はいはい、邪魔して悪かったって。すぐ出ていくから」
侑は最後まで薄情だった。いや、そう装っているだけかもしれないけれど。
サキは立ち上がり、トレンチコート羽織った。
そして部屋を出ていく直前で振りむいた。
「侑」
「ん」
「さよなら」
サキは先ほどより、少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃあな」
侑も小さく微笑んだ。今日、初めて見せた表情だった。
サキは部屋を出て行った。もう二度とは振り返らなかった。
玄関の戸が閉まる音が聞こえて初めて私は、ふぅっと息をついた。
張りつめていた緊張の糸がプツンと解け、疲れが一気に押し寄せる。好奇心からサキの話を聞いてしまったが、修羅場に立ち会うのはもう二度とごめんだと思った。
「あー、もう疲れたー」
私はソファの背もたれに思いっきり背中からダイブした。
「もー、勘弁してよ、他にも恨みとか買ったりしてないでしょーね…」
侑が無言で私は見つめているのに気づき、私は言葉を切った。
「どうしたの?」
「いや…正直意外だった」
「何が」
「普通元カノが自分の彼氏の家に上がり込んでたら発狂するよな。なんかあまりにも冷静だったから」
私は思わず姿勢を正した。
「もしかして、なんか疑ってたりする?」
私は率直に聞いた。
「そういうつもりじゃないけど…気を悪くしてしまったらごめんなんだけど、客観的というか他人事というか」
正直のところ図星だった。なぜこんなにも冷静なのか、私が知りたいくらい。
「急にあんな状況になって実感がわかなかっただけだよ、たぶん」
そう思うしかなかった。
「俺があの女と復縁するとかそういうことは考えなかったのか」
「んー、侑に限ってないなっていう絶対的な信頼?」
侑はニコリともしない。
とぼけたことを言いながらも、侑の考えていることは分かっていた。
「それにね、あの
「なんで、」
「なんでそんなこと分かるのかって?女の勘ってやつー」
「…へえ」
侑はいまいち腑に落ちない顔をしていた。
侑だって
「俺が動揺してた時も腰落ちつけてて、おかげで俺も冷静になったよ。すげーわ」
「それはどうも」
「んにしても、話聞こうって言いだしたときは正気かって思ったけどな」
「あー、まあ」
思った通り私の言動は侑を不安にさせていたらしい。
「あのさ、侑」
隣に座る侑の方にしっかりと向き直る。
「私は侑だけが好き」
「……」
「侑が私じゃない誰かに盗られたらって考えると、もう…」
私は想像して胸を痛めた。
「だから」
「分かったもういいって、悪かった」
侑は唐突に私を抱きしめた。
「!」
「今日はホントにごめん、いやな思いさせた」
「ううん」
本当に嫌な思いはしていなかった。どういう訳か、全てが終わったあとは晴れやかな気持ちだけが残っていた。
でも今はそんなことどうでもいい。ずっと侑に包まれていればそれでいい。そう思った。
しばらく抱き合ったあと、侑は私を抱きしめていた腕を離して言った。
「先にシャワー浴びて来なよ、タバコと酒の匂い凄いし」
「飲み会の帰りだから仕方ないじゃん」
私はムッとして答えた。
「いいよ、先入って来て。私後の方がゆっくりできるし」
「ああ、そう、じゃあお先に」
侑がリビングから出て行ったのを確認すると、大きく背伸びをして、ソファに横になった。途端に睡魔が私に牙をむく。
侑が戻ってくるまでいいよね。
私は目を閉じた。
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