ショートショート

jony

緊張と緩和

 怖くてたまらない。ついにあの名探偵が「犯人当てをおこなう」と言い、私を含む容疑者達を一堂に集めたからだ。彼は私たちを円状にならばせてから中心に立ち、まるで獲物を選別しているかのようにぐるりと見渡す。

恐怖はさらに大きくなっていく。理由はもちろん、名探偵の猛禽類のような目が、絶えずこちら側へあるように感じられるからだ。彼には全てお見通しだとでもいうのか、しかし、と私は思う。もとはといえば悪いのは殺されたアイツの方なのだ。借金を作り、飲んだくれた挙句に暴力をふるう妻。取りつく島もない彼女に嫌気がさし、気がつくと近くにあった灰皿で妻を思い切り殴りつけていた。

 ここにきてふと私は思いついた、自首すれば良いではないか。どうせばれているなら、こちらから名乗りでたほうが潔い。心証が良ければ裁判でも情状酌量の余地が認められ、罪も軽くすむと聞く。これ以上あの女のせいで人生をめちゃくちゃにされたくはない。

 私は決心し、一歩ふみ出そうとした。しかしできなかった。直前に名探偵の無骨な指がまっすぐこちらへ振り下ろされたのだ。彼の全身から放たれる有無を言わせぬプレッシャーに、場にいた者は全員硬直してしまった。 彼は私と対峙しながらも未だ口は開かない。だがその指は雄弁と私に語りかけてきた。

 私は哀しくなった。そうだ、私は人を殺したのだ。どんな事情があるにしろ一人の命を、この世から奪ったのだ。しかも永遠を誓った家族を。若き日の、妻との思い出が、フラッシュバックした。私の人生は本当にめちゃくちゃにされてばかりだったのだろうか。

 名探偵は決して私を赦しはしないのだろう、正義の代行者として、私の罪を軽くさせるつもりなど毛頭ないのだ。私は白状することにした、先ほどとは心持は変わっている。どんな罰でも受け入れるつもりだ。犯人はお前だという名探偵の声高な宣言を後は待とう。

 しかし、またしても私は驚くことになる。彼は信じられないことを言い出したのだ。

「だ-れーにーしーよーおーかーなーかーみーさーまーの・・・・」

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