プロローグ

 この別荘のことは、高校を卒業する時に初めて教えられた。


 記憶としては、訪れたのはきょうが初めてだった。


 室内はきれいで、蜘蛛くもの巣もほこりもなかった。ガラス窓も定期的にき掃除されているようだった。


 午後の日差しを透過とうかさせている美しいステンドグラスとレンガ作りの暖炉だんろのある広いリビングに足を踏み入れた。


 ここに来たことがあると思った。


 それは頭の記憶ではなかった。細胞さいぼう記憶きおくだった。


 暖炉だんろの前には木製のロッキンチェアがあり、畳んだひざ掛けが置いてあった。

 

 奥の壁いっぱいに作り付けの本棚があった。一番下の段は大きな本が並び、端には写真アルバムがあった。


 大きな本棚の三段目には、革のストラップのついたアナログのカメラが置かれていた。


 それらを眺めているうちに、我知らず涙がこぼれ落ちた。


 レオンは涙をぬぐいながら窓の外を見た。


 正面に満開の桜の木があった。


 その周囲には新緑のコナラやクヌギやカエデの木が茂っていて、ウグイス色のメジロがさえずりながら木から木へ飛び移った。


 再び部屋の中を見たレオンの目に映ったのは、壁にかかった大きな縦長の写真入りの額だった。


 額の中には富士山と湖と、湖に映る逆さまの富士山の写真があった。


 レオンは母ののこした言葉を思い出した。


――あれはどういう意味なんだ?


 彼は気づかなかった。背後はいごの、ドアの脇の電話台の上にいつの間にやら白い猫が座って、彼を見ていたことに。


 その猫の背中にはピンクのハートの模様があった。


 猫は電話台から飛び降りた。


 背後の物音にレオンは振り返った。


 リビングに入った時、あけたままにしてあったドアの向こうに白いしっぽが見えた。それはすぐに視界から消えた。


 レオンは後を追いかけてドアの外に出た。何もいなかった。

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