第2話 怪異

 その日の晩も柊の木の夢を見た。


 今度は柊の木の枝にも子供の顔が浮かび、イタイ、イタイと泣いていた。


 その話を母親にしたら、そんなに気にすることないし、ただの夢じゃないと言われた。


 確かにそうたが、何度も夢にみるとさすがに気になる。


 近所の神社におはらいに行くことにした。



 その神社の名前は「立石神社たていしじんじゃ」と言った。


 その名の通り、高さ5メートルほどの円錐形の巨石が丸い池の中に浮かんでいて、しめ縄が張られていた。昔、その辺りは海で、この岩は波に洗われていて航海の神様として崇められていたらしい。


 最近、縁結びと安産にいいという話でパワースポットになって観光バスが来るようになった。

 池に鳥居つきの橋が架けられて、岩に触るとご加護があるという。



「なるほど、それは顔闇かおやみの祟りかもしれませんね」


 立石巌たていしいわおと名乗ったその宮司さんは奇妙な話をはじめた。

 その名の通り、ごつごつとした岩のような顔に細い円らな目があり、妙に愛嬌があった。


「顔闇は古い井戸などに住む怪異の一種で、井戸の水面(みなも)に人の顔を写してるうちに水が変化へんげしたものと言われています」


「はあ、井戸などはなかったと思いますが」


「本当にそうですか?  昔、どこかに井戸がなかったか、お母さんに聞いてみたらいかがですか?」


「わかりました。そうしてみます」




 狐につままれたような気持ちだったが、とりあえず、母親に尋ねてみた。


「そういえば、この家を建てる時に居間の床下に井戸があってふたをしたと、おばあちゃんから聞いたことがあるわ」


 どうも井戸はあるらしい。



 

「井戸はありましたか。では、このお札を使いなさい」


 そういいながら、立石巌は何やら不思議な古代文字と五芒星の描かれたお札をくれた。


「はあ、失礼ですが、これはどんな効き目があるのですか? 五芒星は陰陽道か何かですか?」


 見るからに怪しげなお札である。

 つい質問してしまった。


「いやいや、無理もありませんね。そのお札は陰陽道の起源である道教のお札です。古代吉備の吉備真備きびのまきびが使っていたと言われています」


 立石巌は岩のような丸い顔で、目を細めてにっこりと笑った。

 まるで七福神の恵比寿様のようなにこやかな笑顔である。


「なるほど、これをどこかに貼ればいいのですか?」


「そうですね。まず、このお札を柊の木の幹の切り口に貼って下さい。それから、台所の東の壁にこのお札を貼っておいて下さい」 


 立石巌はそう言いながら、二枚目のお札を懐から出して手渡してくれた。


 その二枚目のお札は、まるでパプアニューギニアの原住民の入れ墨のような怪奇な模様が描かれていた。


「これは一体、どういう効き目があるのですか?」 

 

「それは北東の鬼門の魔除けの札です。あなたの家の台所は北東にあると伺っています。邪気は常に鬼門から来ますから」


「そうですか、早速、貼ってみます。ありがとうございます」


 近所なので立石巌も我が家の事情を心得ているようだった。

 お札をありがたく頂いて家に戻る。


 


「そのお札を台所に貼るの?」


 母親は不気味な文様に少し嫌そうな顔をしたが、しぶしぶ台所に貼ることに同意した。


 それから庭の柊の木の幹にも貼りつけた。


 これで大丈夫のはずだった。


 でも、その夜も柊の木が夢に出てきた。





 


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