第18話 雛流しの怨霊神

 牛頭天王の霊圧が増して、風守カオルはたまらず膝を折った。

 ほとんど物理的な圧倒的な力でカオルの身体は重く沈み、身動きできなくなっていた。

 まるで牛頭天王に対してひざまずいて拝礼してるように見える。

 悪童丸、犬神、猫鬼も同様で身体が動かなくなってるようだった。


 八坂神社、旧祇園社の鬼神、牛頭天王の霊威は凄まじく、その赤い目は怪しい光を宿し、星のように瞬いていた。

 その顔からは憤怒が吹きだしていて、鬼、修羅、不動明王にも見える彫の深い表情に凄まじい怒りが宿っていた。

 背後には、火炎地獄から燃え盛る炎が吹きだして、車輪のように巡っている。

 右手の長い柄のついたまさかりを大地に数回、叩きつけると、地鳴りで大地が凄さまじい震動に見舞われた。


「牛頭天王様、お鎮まり下さい。何故、そんなにお怒りなのですか?」 


 その恐るべき霊圧の嵐のなかで、ひとり雛御前だけがすっくと立ち続けていた。

 数千年の霊齢による呪力のためか、辛うじてだが身を支えていた。


「何故、人は神国日本の国土を穢すのじゃ。京都の人々の雛流しの怨霊がそう告げている」


 朗々と重く響く声が更なる霊流となって、カオル達の身体に叩きつけられた。


「まさか、それは天山原発のことですか?」


 雛御前は十二単衣の袖を押さえて耐えていたが、流石につらくなったのか、ずるずると跪いた。


 天山原発、それは数年前の三月に起こった東日本大震災の際、事故を起こしてメルトスルーを起こした東北の原子力発電所のことである。

 時の政府から政権交代したが、現政権の安東総理は原発の再稼働をもくろんでいたがここにきて、メルトスルーした核燃料のデブリの再臨界現象が確認され、原発の温度が81℃まで上昇していた。

 政府は核燃料デブリの調査のロボットを投入したが、あまりに凄まじい放射線量で往路で故障して帰還せず、調査は頓挫していた。

 

「そうじゃ、大地を穢したまま、何年も放置しておるな。そなたが作った『雛流しの呪法』で京都の人々の怨念をこの祇園社に集めてワシが浄化してきたが、もはや限界点を超えて呪術災害が生まれておる」


 牛頭天王は怒りの表情を保ったまま、諦めとも嘆息ともつかぬため息がもれた。

 

「そうでしたか。お嘆きはごもっとも。私にいい考えがございます」


「そなたに何とかできる問題だと思っているのか!」


 ほとんど大地に身をすりつけていた雛御前に牛頭天王の口から地獄の炎が浴びせられた。

 憤怒の炎が雛御前を焼きつくすかに見えたが、乱れた髪、十二単衣もボロボロになりながら言葉を継いだ。


「安倍清明様は今回のことを『星見の予言』で見通していました。ここに清明様の遺志をつぐ道術士『風守カオル』がいます。の者の力を借り、清明様の遺産を探せば地龍を操り、大地の浄化も為せると存じます」


 いや、意志なんか継いでないけど。安倍清明の遺産を探すの?

 だいたい『雛流しの呪法』はあんたが作ったなら作ったと説明せい!とカオルは思ったが、牛頭天王の霊威の凄まじさで口を動かすこともできなかった。


「―――うむ、ここはそなたに免じていとまをやろう。見事、地龍を動かしてみせよ」


 いや、それで納得するんかい!

 ちょっと待って、ちょっと待って、牛頭天王!と言いたかったが、霊圧と地獄の業火が熱すぎて汗の流れが止まらないし身体が動きませんわ。

 

 そんな馬鹿なことを考えてるうちに、ふっと身体が軽くなった。

 辺りも夜ではなく、夕闇迫るごく普通の夕方の風景に戻っていた。

 観光客もちらほらと歩いている。


「はあ、何とか牛頭天王様は引いてくれたようです」


 十二単衣が燃え落ちそうになっている雛御前が安堵のため息を吐いた。


「だけど、何かとんでもない約束してなかった? 雛御前さま」


 カオルは一応、確認のために言ってみた。


「あそこは、ああ言うしかないでしょう、カオル殿。でたらめですが」


 さらっと流したが全くの作り話だったらしい。


「それ困るわ。あんな化け物相手じゃ、勝ち目ないし」


「ただし、清明さまの遺産の話は本当です。それさえ探せば何とかなります!」


 ボロボロの十二単衣で胸を張る雛御前は高らかに宣言した。

 カオルも打つ手がないので、とりあえず、この話に一縷の望みを賭けるしかないと思った。


 悪童丸も何とか身体を動かせるようになっていた。

 犬神、猫鬼は不可視モードで心配そうに雛御前に従っていた。


「カオルお姉ちゃん、お腹すいたよ」


 悪童丸の第一声である。

 

「あんた、さっき食べたばかりでしょう!」


 開いた口が塞がらなかったが、悪童丸の無事と命を拾ったことで少しほっとしていた。

 

「カオル殿、まあ、夜食にラーメンでも食べにいきましょうか」


 呪術で十二単衣を真っ新に再生した雛御前は明るく笑った。

 式神でもラーメン食べるんだと思うカオルであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る