第8話 天照

 黄金の光が常世とこよの地下世界に向けて降り注いだ。


 レーザービームのように収束した光は、百襲媛は最後に置いた日矛鏡ひぼこのかがみに着弾した。


 その光は対角線上に置かれた凹レンズ状の日像鏡ひがたのかがみに反射して、蛇神を半円状に囲んでいた日像鏡ひがたのかがみに次々と乱反射していった。


 蛇神の身体は、聖なる太陽の光に包まれて、炎のように燃え上った。




 奈良県天理市にある前方後円墳の黒塚古墳では、三角縁神獣鏡が石室の内側に向けて十数枚配置されてる。


 この石室の木棺は水銀朱やベンガラで朱色に塗られていて、南側から石室に入った光が三角縁神獣鏡に乱反射して、まるで木棺が炎で燃え上がっているように見えるという。


 この古墳の幻想的な光景は、常世とこよの生物が人間の遺体に乗り移ってゾンビとして甦るという事例が多発していたことを物語っている。


 それを封じるための日巫女ヒミコの秘術を百襲媛は持っていた。




 百襲媛の箸墓の伝説では、彼女は箸でほとをついて亡くなったとされている。


 これは百襲媛の日巫女ヒミコの秘術が誤解されて伝わったもので、元々は太陽の光が大地を貫いて常世とこよの生物である蛇神を殲滅する光景を表していた。


 後の時代に、その秘術は儀式化されて、女神の性器=「ほと」に例えられた大地をハシ(当時は木の棒全般を箸と呼んでいた)で突くようになったという。


 とんだ誤解なので、少し彼女の名誉のために補足しておく。


 

 

 光の乱舞の中で、蛇神の身体は急速に消えていった。


 常世とこよの生物は、元々、地下世界である黄泉の国の生き物なので、太陽の光には弱く、百襲媛の日巫女ヒミコの秘術のみが蛇神殲滅には有効だった。


 カオルの所属する組織<天鴉アマガラス>では、地球周回軌道上にいる古代文明の遺産である「遊星クルド」によってこの秘術を再現したものを≪天照アマテラス≫と呼んでいた。


「何とか終わったわね」


 カオルはため息をつきながら、闇凪やみなぎの剣を背中の鞘に戻した。


「久々に動いたので、少し疲れたでござる」


 温羅も金棒を赤いマントの中に隠した。

 背中に金棒ホルダーとかあるのだろう。


「カオル殿、古代文明の力は素晴らしいですね。霊力の節約になって助かるわ」


 日巫女ヒミコとしては、どうも不適切発言とも思えるが、巫女個人の霊力に頼りすぎて寿命が縮っていた時代に比べれば、いい時代になったものである。

 

 お互いに愛し合っていた温羅と百襲媛が敵味方に分かれて戦った「鬼ノ城戦記」の悲劇はすでに過去の物語である。


 それを知っている風守カオルからすれば、ふたりが肩を並べて戦う姿は感慨深いものがあった。

 

 まあ、正確には地霊と天霊というどちらも神に近い存在なのだが。


 

「では、帰りますか。月読さんもご苦労様です」


 カオルは遊星クルドのオペレーターである月読真奈の労をねぎらった。


「はーい、気をつけて帰ってきてくださいね」


 月読真奈の声が≪モバイルギア≫と繋がっている無線イヤホンから聞こえてきた。


 カオルは一度も会ったことがないのだが、性格は気さくでいい子なのは声から伝わってくる。


「しかし、吉備の国は常世とこよの生物がどうしてこうも多いのかのう」


 温羅は珍しく考え込みながら言った。


「それは黄泉の国、常世に繋がる出雲が近いからじゃないかな?」


 カオルはつぶやくように答えた。


「確かにそうだけど、常世の生物は大地の神霊そのものだし、エネルギーなので、上手く祀れば害は為さないわ。とはいえ、今回のように封印が解けると大変なので、定期的に再封印の儀式が必要ね」


 百襲媛は不思議なエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら解説した。

 その道のプロらしい渋い見解である。


 カオルは天照アマテラスによって開いた天空への穴を見上げた。


 そこには白い雲と青空が見えていた。


 神、空にしろしめす。なべて世はこともなし。


 モモソ姫のような神霊の立場からすれば、こんな蛇神の騒動もただのエネルギーの流れの一部にすぎない。


 それに比べて、人間はいろいろと大変だなと、カオルはひとり物思いに沈んでいった。



 

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