アノニマス
スサノオ
円卓
20XX年 7月25日 18:55 大阪府中央区 某ビル18F
「三井さん、あなたが決めて下さい」
広く薄暗い部屋の中央に大きな円卓があり、いかにもクセのありそうな厳つい風貌の男達が、濃く濾しすぎたコーヒーを一気に飲んでしまった時のような苦々しい表情で向き合って座っている。
その部屋の薄暗さと相まって、解決不可能な深刻さを醸し出している雰囲気の中であったが、その内の一人はこう切り出した。
「私どもはこの件について管轄は致しますが、現場で実際に指揮をとって頂くのはあなたですので」
その男はこう付け加え、円卓の反対側に座っているこれまたいかにもクセのありそうな男の方を直視した。
「そうですね、やはり実際に現場を仕切って頂くのですから、私もその方がよいと考えます」
「散々話し合いましたが中々まとまりませんしね....最終的な決断はあなたに委ねますよ、三井さん」
一人の男が沈黙を破ったことに触発されたのか、
残りの男達が矢継ぎ早に口火を切り始めた。
この男達の辞書には「責任感」という三文字の日本語はどうやら存在しないらしいことが判明したようだ。
一切の人間的なあたたかさだけを排除した凍てつくような張りつめた空気が、ただでさえ薄暗いこの部屋の陰湿な雰囲気を異質なものに変えていっていたが、
この無責任な男達の視線はその中で最も厳つくクセのありそうな一人の男に向けられた。
「三井さん、あなたが決めて下さい」
その男の名はどうやら三井というらしい。
彼が街を歩いていればすぐに見つけることができるであろうといった特徴を持つ男である。
右目には縦方向にかけて走った傷があり、年のせいにしてはしわの多い顔をしている。
だが、どう見ても老人には見えない。
苦労の多い経験をして来たのであろうか?
ボサボサの髪は全て真っ白で、ところどころがまるでスパイキーヘアのように逆立っている。
身長は高くもなく低くもなさそうだが、中々立派な太い腹をしていて、俗に言うメタボ体質というものに見えなくもないが、
半袖のクールビズから覗かせている筋肉質でこれまた立派な両腕がその可能性を否定している。
この三井という男は、かなり深刻な決断を迫られている最中のようで、
うつむきながら、ただでさえ特徴のある顔にさらにしわを寄せて手元にあるタッチパネルの液晶ディスプレイを眺め、深い熟考をしている。
ディスプレイには何人もの若い青年の顔が映し出されており、年齢から学歴から職業に至るまで、ありとあらゆる個人のデータを閲覧することが可能であるようだが、この常識では考えられない膨大な量の個人情報が三井を悩ませている主な種であるようだ。
「やはり優秀な人材でないと勤まらないのではないですかね?学歴を基準にすれば良い気もしますけどね。少しは信憑性がありますよ」
「いや、最近の若者には頭でっかちで実務では使い者にならない人材が多いとも聞きますよ。体育会系はどうですか?彼らは部活で優秀な功績を残しておりますので、多少頭が回らなくても弱音を吐くことは少ないでしょう」
「頭がよく回る若者であれば、少し悪びれた素行の悪い者も以外に良いかもしれません。俗に言う不良ですよ。....あっ今ではDQN と呼ぶんでしたっけ?
言うことを聞かないというリスクはありますが、彼らの適応能力は目を見張るものがありますよ」
相手に決断を委ねておきながら、次々と自らの先入観に基づく身勝手な注文を寄越す男達の主張は、裏づけなど皆無で何の信憑性も説得力もなく、薄暗い陰湿なその部屋に空しく響き渡るだけであったが、
三井はそんな無責任で投げやりな他の男達のことを、まるでその空間に存在しない無機質なモノであるかのように、気にも留めずパッチパネルを凝視し続けて
岩石のような堅い熟考をやめる気配がまるでなかった。
そんな中、隣のビルが明かりをつけたのか、カーテンの隙間から薄暗い部屋にも少しずつ光がさし始め、男達のやり取りを部屋の片隅から見守る不思議な細いシルエットの影が現れ始めた。
その影の正体は、どうやらこの凍てついた異質な空間にはおおよそ場違いであるようで女性用のファッション雑誌に登場しそうな人気モデルさながらの綺麗な形をしている。
そう、女だ。ただし、身長はあまり高くないようで、標準的な日本人の女といった印象である。
しかし、その可能性は彼女のモデルさながらの綺麗なシルエットを見れば一瞬で薄れてしまう。
なぜなら単純に見て日本人では到底あり得ないカラダをしているのが一目で分かるからだ。
これ以上ない細身な体型は、本当に臓器が全て揃っているのかということを疑わせるほどで、なにより、その体型に対してあまりにも不釣り合いで大きなバストである。
胸だ。男が女を見るときはまず胸であると認識している不埒な輩は多数派だと憶え聞くが、彼女のそれはまさに世の不埒な多数派の男が追い求めるそれであるようである。
髪はセミロングで真っ直ぐなストレートヘアをしている。
彼女は決して動じることもなく落ち着いているようで、
横から見るとちょうど漢字の「女」の形で壁にもたれ掛かって、冷静に事の成り行きを観察している。この場違いな一人の若い女が見守る中、
三井はようやくため息混じりに口を開き始めた。
「この青年にしましょう」
男達はこの三井の唐突で完全に予想外な答えに戸惑い、動揺し始めたようだ。
「三井さん、あなた正気ですか?」
始めに口火を切った男が言う。
「ちょっとそれは流石に....ねぇみなさん?」
「三井さん、もう少し考えられた方が....」
再び三井に対して無責任な注文が投げつけられ始めたが、
この伊達男は全く動じる様子もなくこう切り返した。
「あなた方は先程、私に決めろと仰ったではありませんか。私の結論がこれであります。異論があるならば、この件に関する最終決定権が誰にあるのかという点について再度、私ども全員で話し合いますか?」
決定打である。
まるでパンチの応酬を受けていたボクサーがカウンターパンチを繰り出して
相手にクリーンヒットさせた時のように、
その場の全員は黙り込み、それ以上何も言えなくなってしまった。
「分かりました。ではその方向で話を進めましょう。
三井さん、まずは作戦Aを実行して下さい。
万一失敗した場合は私どもの方で立案した作戦Bに移行致します」
「ええ、承知しております」
このやり取りを終始眺めていた、
綺麗なシルエットの女はその瞬間、何かを理解したかのように何も言わずその薄暗い部屋の扉を開けて、男達を尻目に外に出て行ってしまった。
部屋を出ると長い廊下が階段に向かって伸びておりその中央にはエレベーターがある。
女はかけ足気味にエレベーターのところまで行くと「下」のボタンを押した。
すると、すぐにエレベーターが止まっている階を示す光は移動を始めたが、
二階上の二十階で一度止まってしまったようだ。
誰かがそこで乗り込んでいることはどうやら明白であるようで、
女は軽くため息をついた後、さらに向こう側にある階段の方を向くと、
風のようにそちら側へ走り去って行ってしまった。
「あれ?誰も乗って来ないな....まぁいいか」
そんな声が廊下に軽くこだました後、エレベーターの位置を示す光はさらに下の階に向けて移動を始めた。
光の移動テンポを見る限りこのエレベーターの速度はかなり速いようである。
あっという間に一階に到着したエレベーターの扉が開いて中にいる男が外に出ようとすると、突然、横から金髪のストレートヘアの女が現れた。
「うわっ、何っ!?危なっ!!」
女と衝突してしまうのは明らかで、どうしようもない声を漏らすしかない男であったが、
金髪の女は軽く右にサイドステップを踏むと軽々と男をかわして、そのまま出口に向かってさっさと走って行ってしまった。
「ア...ゴメナサイッ..ワタシ...イソギアル....」
かなり不自然な日本語であったが男は気にもとめなかった。
いや、そんなことを気にする余裕がなかったと言うべきであろうか。
「どこの会社だろう?...外人?...随分と可愛らしいのがいるもんだ.....」
ビルの外はかなり賑わっており、浴衣姿の女と手を繋ぎながら歩く平凡な男達や学生らしい若者たち、小学生くらいの子供を連れている母親達など、
あらゆる層の人間で埋め尽くされていた。
そんな雑踏の中を、ストレートヘアの女が様々な姿の障害物達を華麗にかわしながら風のように駆け抜けて行く。
ただでさえ目立つ金髪をなびかせながらさっさと過ぎ去って行く綺麗なシルエットは、ただの涼しい夜のそよ風のような親切なものではなく、
どうやら、その場にいた若い平凡な男達を振り返らせるには十分な威力をもっているようで、浴衣姿の女達は今日のバディを自分の方に引っ張り寄せなくてはならなかった。
「ちょっと...今日、天神祭りやから来たのにっ....」
「ん?そうやで。何でちょっと怒っとるん?」
そんな今日という日の為に特別に結成された二人組の男女のやり取りが聞こえた後、大きな爆発音が聞こえて、多彩な火花をかき集めた見事な華が上がった。
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