第13話 インマイドリーム

 モモノが打診した仕事を二つ返事で引き受けた翌日のこと。

「なぁカノン、アレ何だ……アレなアレ」

「お前は本当に何も知らないんだな」

「……そうだな、俺がこの世界で知ってることと言えば、お前の女性遍歴とかな」

「そだね」

「まだ立ち直ってなかったのかよ、って能面」 

 

 俺は現在、学園の無茶苦茶な授業科目の一つ、【整備】を受けていた。

 整備の授業では学園が保有する重火器を使って、整備の仕方を教わって行く。

「アレの名前は『トールハンマー』、常士学園が保有する大砲の中で最大級の代物だな」

「へぇー」

 西日本の潜入作戦に失敗した俺は、いつの間にか諜報学潜入科から整備科へと転属されていた。


 死馬教官が? いやあの人は俺に依存性を示していたし……あのハゲの仕業だな。

 まぁでも、ここは小父さんに感謝しておこう。

 整備兵で無双なんて燃えるじゃん、クゥっ。


 と大言壮語するぐらい、俺は目の当たりにしている光景に魅せられていた。

 溶接作業で漏れる蒼いアーク光、何かが駆動している機械音、何より整備に携わる者の熱意。

 どれを取っても俺の心を掴んで離さない。

「そだね」

「だから立ち直れよ」


 この十五年間、こいつと幼馴染をしていた俺は、生意気で、勝ち組で、天狗で女の敵のカノンしか知らなかった。

 しかし今では先日の些細な一件、その喪失感からカノンにも可愛げが出て来たんじゃないか? 

「いやぁ俺、急にお前のことを女として意識して来ちゃった」

「そだね」

「だから心をリカバーしろよ。何、天丼? これお前の天丼芸なの?」


 俺とカノンは灰色のつなぎを纏って、学園が所持する大砲製造工房の暑さに耐えつつ。

 何て言うか、周りから見ればイチャイチャしてるように映っていたらしく。

「……おーい、そこの二人、気を付けた方が、いいんじゃないか?」

 と言う声に反応して振りむけば、そこにはマリーが放った――す・ぱ・な?

 これは後で聞いた話しなのだが、この時の俺は糸が切れた人形の様にくずおれたらしい。


 目が覚めれば俺は医務室のベッドに居た、まさかこれは……。

「起きた、のか。私の予測は正確だっただろ?」

「……」

 ――コクン、丸椅子に座っている娘モモノの前で一つ頷き、掛け布団を胸に手繰り寄せる。

 確か以前、これと似たようなことがあったぞ。

 いやそうじゃない、俺は別の意味でモモノが怖いのだ。


 モモノは俺が授業中何らかの形で負傷して医務室に運ばれることを予言していた。


 予言なんて、要は占いみたいなものだと俺は高を括っていたが。

「なぁ父さん」

「な、何だよ」

「……お前は近い将来、零の令嬢の前から姿を消す。これが私の結論だ」

 ――っ……モモノ先生の予言は、その場に居た全員を著しく動揺させた。


「それは本当ですか?」医務室のロッカーに隠れていた死馬教官。

「それってさ、時期は明確なのか?」俺の隣で寝ていたマリー。

「はぁー、すっきりした」医務室で身長を図っていたチルル、む、バスト2センチアップかやるね。


 そして、先程から無言で例の雑誌に耽っていた自慢の娘、大鵬ヒイロ。

「……モモノ先生、その予測、覆ることはないのですか」

「お前はこんな駄目人間を慕って一体何がしたいんだヒイロ」

 だ、駄目人間だと? こらモモノ、後でお仕置きだぞ、トゥフフ。

 あぁ俺、娘から駄目人間呼ばわりされて悦んじゃってるじゃん。


「駄目だろうと……無能だろうと、彼は私の父です。父が馬鹿にされると実に腹立たしい」

 え? ヒイロ今なんて……おぉ、お、おぉぉぉ~。

 この子は本当に出来た娘だよ、この台詞の使い所ここで間違ってない?

「父さん、泣いちゃ駄目だ」

「そうは言っても、先輩、いいじゃないですか。好きな時に泣くぐらい許して下さいよ」

 学校では、『彼女と俺』の関係は『先輩と後輩』だから、この――


 このギャップがまた堪らなく萌える。

 萌え~~~~。


「ヒイロ、今日のお昼は俺と一緒に食べないか?」

「あぁ」

 本当に、彼女は実によく出来た娘だよ。この台詞の優先度、俺の中でうなぎ登り。

 ――プス……痛っ、今左腕に鋭い痛みが走ったぞ、何だ。

「……マリー・火影の三年殺し、って知ってるかダディ」

 ――ズプリ。

「え、マリーにはそんな特技があったのか、凄いじゃないか」

 ――クチュリ、マリーは俺の左腕の肘裏に、

 

 表情から察するに、彼女は焼餅を焼いている、紅蓮の瞳は殺意で充溢していた。

 するとマリーはプス、プスプスと俺の左腕を鋭い針で刺してくるばかりで。

「はぅあぅあぁ、まさか怒ってるのかマリー」

「あぁ、結構怒ってるぞこのハ・ゲ」

 彼女は左腕のみならず、俺のハートに致命傷の刺撃しげきを与えて去って行くのだった。


 その後嘘のように、嘘のように俺の左腕は麻痺して上がらなくなった。


「どれ見せてみろ」

 俺の身を案じた死馬教官が逸早く診察してくれ、るのかと思えば。

「はぁ、はぁ、なぁ火疋ぃ、な、はぁ、はぁ」

 うわー、死馬教官(17歳と301ヶ月)の甘酸っぱい吐息、悶えてますやんこの人。

 教官は着ていたレザージャケットから指輪を取り出し、俺の左薬指に嵌めようとしやがる!

 その場の空気は死馬教官のお茶目で濁されました。


 でも俺は、

 ――近い将来、零の令嬢の前から姿を消す。

 モモノ先生が言った未来予測が頭にこびり付いて、心は穏やかじゃなかった。

 

 一向に左腕も動きそうになかったし、不安が不安を呼び、つい俺は押し潰されそうなってしまう。

 けど、

「今日の炊事と……お風呂掃除だな、その二つは私に任せろ」

 お昼、ヒイロがそう言ってくれたこともあって一時の安堵を得れた。

「……あーん」

 ふほほ、おいおい、他の生徒達が見てるって言うのに。

「あ、あー……ふほほっ、――」

 気が付けば、視界の端で昼食を摂っていた男子生徒は目から血の涙を流していた。


 ヒイロと俺が、先輩後輩の仲で、娘と父親の仲であるのはこの先変わることない。

「ヒイロは彼氏とか、男に興味ないのか?」

 これは、なればこその質問だった。

 俺は彼女の立派な父親として、いつか、いつかは嫁に出したァ、っあァ、嗚呼ぁぁ。

 もう既に涙腺崩壊ですよ。

「……今の所彼氏や、男に興味はないな。そう言う父さんこそ」

「あぁ俺? イイノイイノ、俺のことは気にしなくて」

 俺は敢えて普段よりも声を張り、ヒイロとの会話を周囲の耳に届かせようと思った。


 ……ウ、ヒイロが清澄な藍色の瞳で俺の両目を見詰めている。

 何だろう、この得も言われぬヒイロの隠された意力は。

 ヒイロは娘達の中で一番、大いなる空を持っている。

 彼女のことを比喩すれば自然とこの様な言葉が浮かんで来た。

「――」

 その時ほんの一瞬だけど、ヒイロは慈愛を含んだ笑みを零したのだ。


 出来れば今のいい笑顔を写真に収めて、永久保存したいから。

「ヒイロ、写メ撮ってもいいか」

 俺はケータイを取り出し、娘が見せた微笑みを保存したく思う。

「正直写真は苦手なんだ」

「そうなのか? ならこうしないか」

「何だ」

「ヒイロが写真を苦手なように、俺にだって苦手な物はある、だから」

 だから一緒に、この大空を飛ぼうよ――激写!! トゥフフ、引っかかりおった。


 写メに写ったヒイロの顔は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情だった。

 だと言うのに、この写メを欲しがる生徒は男女問わずにいて。

 これは良い商売になるなと、邪なことを考えながらホウレン荘に帰宅した。


 生憎の今日の俺は怪我人だ、炊事とお風呂掃除はヒイロがやってくれるらしいし。

 洗濯は明日の朝に回してもいいだろう、今はただ安静にしていよう。

 麻痺していた左腕の感覚も徐々に回復しつつあるしな。

「ただいま、ん?」

 自室の101号室に帰ると、新品のパソコンと一通の手紙が机の上に置かれてあり。


『父さんへ まずは父さんに最新モデルのパソコンをプレゼントしよう。例の仕事で必要になるだろ? 有意義に使ってくれ、間違っても先日の潜入作戦の時みたく途中で放棄するなよ? その時はホウレン荘にお前の居場所は無くなっていると思え。 モモノより』


「ふーん、後でお礼言う必要はあるけど、いやマジで感謝感激だな」

 しかし、左腕の自由が効かない以上、今日の所はセッティングも止しておこう。

 俺はそのままベッドに身を投げ、ベッドは軋むと反発して俺の体を跳ねさせる。

「……ヒイロ、マリー、モモノ、チルル……西のマリー、ヒイロのお姉さん」

 娘達の名前を独り言ち、部屋で感傷に浸かった。


 そのまま夢の世界へ溶け込み、俺は夢の中で娘達から将来の展望を訊かれる。

 明晰夢を見たのは初めてのことで、夢の中でも彼女達と出逢えたことを喜んだ。

 だから、実体のない至福の夢幻を惜しんで、俺は涙していたのかな。


 ――近い将来、零の令嬢の前から姿を消す。

 この世から消え去ることが怖い、娘達が夢幻となって消失するのが――怖かった。


 こんな風に、ネガティブ思考を想起する理由はあることにはあった。

 今、ホウレン荘は静寂に包まれていたからだ。

 時計を見やれば針は午後九時を指していた。

 お腹は、どうやら減ってない。

 ならこのままお風呂に入って、命の洗濯を済ませて自分を労わるとするか。


 その後、ホウレン荘の浴場にてその事案は発生した。

「ヒぃ――――――ハぁ――ッ!!」

 意訳すると、『こらマリー、お父さんのお風呂に乱入して来ないでください』となる。

「ハーイダディ、お前はやっぱり可愛い、そして私は健気だ、じゃないか?」

 確かに今の俺は左腕が不自由で、背中とか洗えないけど。

「ヒーアァ?」

 いいのか? と問えばマリーは。

「……私はな、どうやらダディ限定で何事にも罪悪感を覚える状態らしい。ダディに怪我させたこと、ダディに悪態吐いたこと、ダディに――――ことで気持ちは滅茶苦茶だ」

 マリーは何とも素直に心を明かしてくれた、うむ、これぞ娘と父の在り方ぞ。


 ――ダディに殺意を向けたことで気持ちは滅茶苦茶だ。


「ヒァ……ヒアアっ、ヒァ(意訳:あ、そうそう、そんな感じで気持ちいいですはい)」

 もしかしたら、俺は近い将来マリーに殺されるのかも知れない。

 モモノの未来予測はそれを見越して、あぁ言ったのかも、けれども俺としては。

「ヒァ! ヒアアアア(意訳:そこは駄目っ! あぁもう、好きにしろよ)」

 うん、そ。

 もう俺、どうなってもいい。

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