第9話 現状待機
思うに、西側への潜入作戦で一番危険なのが現在だと思われる。
現在、俺達は西側へ潜入するために死馬教官から発砲されていた。
俺達を取り逃した教官は増援を呼び寄せて、
日本最強と名高い俺の娘、大鵬ヒイロに渾身の一撃を――――ッッッ!!
俺達は西側へ亡命しようとして、警備に当たっていた死馬教官に発見され追跡されている、というテイだ。ヒイロが膂力で放った砲弾は東西を隔てる境界線上の壁を破壊し、あわば戦闘が勃発する所だった。
今作戦では可能ならば西側への潜入経路を確保せよ、との追加任務もあり、こうなってしまった。
「私の名は鹿野カノン、今年の1月に西日本へ亡命した鹿野イブキの妹だ。我々は西日本への亡命を希望する」
カノンは姉のイブキの後を追って来た形で亡命を志願した。
その後、俺達は国境線付近の留置所で尋問を受けている。
――どうして西側へ亡命して来たんだ?
「……あっちでの生活が苦しかったから」
――こっちでの生活も苦しいかも知れないが。
「……少なくとも、西日本は美男美女ばかりだと俺は聞いてます」
留置所に拘留されて早くも七日が経っていた。
出されるご飯は世間で言う所の精進料理、
今では「西側は和牛の産地として有名だったんじゃ」と文句すら付けている。
「いつになったら俺達の亡命を認めてくれるんですか?」
「裁判所が君達の受け入れを承認するまでだ」
担当官に極々純粋な質問をすれば、簡素で至極当然な言葉が返って来る。
「それはいつ頃になりそうです」
「俺には答えられない、裁判には順番と言うものがある」
無論、貴方達の優先度は高いはずだ。と担当官は言ってくれる。
俺達としては向こうに怪しまれないことが何より大事だ。
だから現状は可もなく不可もなくと言えるだろう。
「……他の二人は今どうしてます? 体調崩したりしてませんか」
と、カノンやチルルの様子を伺おうとした時、俺は思いもしない光景を目撃してしまう。
「ダディ、元気にしてたか」
担当官が退席し、変わって入って来たのは俺もよく知っている娘のマリーだったのだ。
「……――」
必然的に、俺の目には涙が溢れかえった。
娘達ともう生きて会えなくなるかも知れない、その不安が俺に涙させる。
「どうして、マリーがここに?」
「ここでの私は特別な存在だからな」
「は?」
感涙が邪魔して俺の声音は頓狂になっていた。
だが油断はすまい、ここは西日本の取調室、彼女との会話は聞かれていると思った方がいい。
そしたら、今泣いてるのは致命的なんじゃと思い、即刻この涙の言い訳を考えた。
「どうして泣いてるの?」
「これは涙じゃない、心の汗だ」では、アウトだった。
「ウミガメの産卵と同じ理由だ」でもアウト。
「君が余りにも美しいからだ、感動した!」と言えばセーフ。
野球は9回2アウトからと言うが、本当にその通りだと思う、感動した!
ですよね、って誰に同意求めてるんだろ。
「ダディ、痛いのは嫌いか?」
マリーはその言葉を皮切りに、腰に携えていた鞭を手に取り、俺に向けて振り払った。
痛烈な一撃に、俺は苦鳴を上げる。
この事を受けて、俺は脳裏に武蔵坊弁慶を思い描いた。
弁慶は主君の義経しゃんの嫌疑を誤魔化すため、今の様にボッコボコにしたらしいし。
――翌日、俺達の亡命は承認され、今はマリーの住処で一息付いている。
「あぁあれ? あれは私の趣味、あの後で軽く怒られたしな」
「お前にはガッカリだよッ!」
俺達の嫌疑を晴らす為に敢えてしたのかと思っていた俺が
無事、西側に潜入出来たのには安堵するけど、ここは俺に取って居辛い場所だ。
その情報は五感の内の嗅覚を伝って、(い、いい匂い)俺に知らしめる。
(め、めっちゃエェ匂いや、ここは、ここは酒池肉林やでボン、め、めっちゃえぇ)
と言った具合に、マリーが住んでいる女子寮は俺を似非関西系紳士に仕立てる。
「ダディ、痛いのが嫌だったらお利巧にしてくれ」
「し、せやけども、めっちゃエェ匂いすんねん」
ここは西日本、首都は大阪で、公用語は関西弁だと思われる。
ここでは似非でもいいから関西弁で話し、周囲の目を誤魔化す。
ホウレン荘に居た時もそうだったけど、マリーの無防備な恰好は目の毒でかつ眼福だし――。
「……ダディ、インターホンが鳴ってしまったな」
「ここはお前の部屋だろ、俺が出たら怪しまれる」
「ちょっと理由があってな、ここはダディに出て欲しい」
「……まぁ、別にいいけど」
それともこの行動は浅薄だったか?
マリーに「ティッシュ取って」の要領で頼まれてインターホンに出れば。
「はい」
『……あれ、マリーは?』
向こうは至極当然な反応を見せる、声から察するにえ、可愛ぇ女子やで、トゥフフ。
「何の用だ?」
相手が相手と知るや否や、マリーは俺と直ぐ交代して、何かを誘われているようだった。
衝撃的だったのは、マリーの断り方で。
「……あー、悪い、今、彼氏とイケないことしててな」
「……ふーん」
俺は鼻を鳴らし、西日本の景観を視察しようと窓から。
「そんなん狡いですやぁああああん!!」
俺の心情を、俺の欲情を、俺の娘のファールプレーに声を荒げたじぇ。
俺はマリーとこの後滅茶苦茶セッ○スした(方便)。
実際は、その後マリーの部屋でチルルとカノンと落ち合い。
「明日、私は姉のイブキの許を尋ねようと思う」
「公言通りな」
カノンは西日本へ亡命した理由に姉の存在を証言していた。
俺達のターゲット、鹿野イブキの状況にも因るだろうが、とりあえず。
「俺は何をすればいい?」
「……そう焦るな、まずは私が姉の無事を確認し、世間話に見せかけて色々と訊き出してから」
カノンの提案に言及したのはマリーだ。
「お前一人で面会して、作戦が滞りなく進むのならいいけどな。お前等は極力一緒に行動しろ」
「ボクは用事がある」
チルル?
「チルルの用事って何だ?」
とチルルに問えば、この娘は破顔して元気溌剌に断言した。
「西日本で一番のイケメンを引っかケる!!」
何故だろう、娘の中で一番馬鹿な彼女にこの時俺は「テメ」と思いました。
マリーは鼻で嗤い、カノンは目を細めてスルー。
「まぁ、やらせないけどな」
「どうして止めるんだ、ボクにも考えがあると言うのに」
マリーの制止は概ね正しい、だって「考えって?」チルルの考えと言うのは。
「ボクは三年生だ、つまりもう卒業してしまうじゃないか。先日のパパとババアのやり取りを見ててボクはあのババアの様にだけは成りたくないと心底思った。だから美男美女の西日本でボクの理想の男を捕まえる、東にはボクの理想の男は居ないでトゥルーだからな」
「仕事してぇ」
そう言えばチルルはここに来る前、乙女ゲーにド嵌りしていたな。
チルルは作戦のことなど念頭に無く、頭に湧いてるのは美少年とのラブストーリーだけらしい。
どうして俺や彼女が今作戦に編成されたんだろうか不思議だ。
とりあえず、俺は熱意満々にガッツポーズしているチルルの拳を開かせた。
「……お前には俺が居るだろ」
「嘘だッッッ!! パパはマリーと付き合ってるんだ」
「ハーレムって奴だよ!」
「キレそうだ、ボクこそ西日本で逆ハーレムをゲッチュするっ!」
俺には分かる、チルルは俺がやって来てから学習することを覚え始めた。
いつかきっと、チルルはヒイロやマリー、
モモノ先生を超えるほど聡明な大和撫子になるかも知れない。
「落ち着けご両人、お前等の連れが頭を抱えているじゃないか」
カノンが頭を抱えようが知ったこっちゃない、兎に角。
「とにかく、俺達は現状待機で良さそうだな」
するとカノンの中で何かがはち切れた様で、カノンは。
「そだね」
意気消沈し、もぬけの殻となっていた。
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