第23話 Feelings

(……ここも駄目か、腐海に呑まれてる)

 今年の炎節えんせつは猛暑が続き、プールはどこも連日満員御礼のようだ。

 俺は一人、西日本各地のプール施設を偵察している。

 全ては娘達との最高のプールロケーションを確保するためだった。


 だってほら、今チルルは極度の対人恐怖症になっているんだ。

 強引に混雑しているプールに連れて行けば、下手したら――、

 何て嫌な妄想は控えよう。

 今はまだ杞憂に過ぎない。


「お帰り父さん、それで」

「駄目だ、プールはどこも混み合ってるみたいだ」

 帰宅すれば娘のヒイロが俺の帰りを待っていた。

 普段は冷徹な彼女が、俺の帰宅を待ち侘びるなんて愛嬌も見せる。

 それで、肝心のチルルは?


 ……う、薄紫。


 チルルは半透明のソファーの上に寝転がっていた。俺の視線には何故かチルルの下着が飛び込んできて、その色が薄紫だったという訳。酷いのはチルルが身に着けている下着の色が過剰に性的なこと。ではなく、酷いのはチルルの周囲にゴミが散乱していたことだ。

(コイツは片付けもロクにしない、つくづく駄目な娘様だぁーこと)

 皮肉? いいえご褒美です。


 チルルみたいな娘は、或る日、成長した姿を見せてくれれば感動も一入のタイプだと思えた。

 あぁ、俺きっとチルルの結婚式の時に号泣しちゃいますやん。結婚式に出席した例がないから、これは憶測だが、花嫁である娘とバージンロードを一緒に歩いて、新郎に彼女を託すんだろ?

 それで、両親に向けたスピーチでもぅ……もうこの時点で目が、目がぁぁ。

「チルルの結婚式、楽しみにしてる」

 先走った万感の思いは娘に過度なプレッシャーを掛けてしまったようです。


「あ、なら実はボク、もう既に結婚してる」

 ――――実はボク、もう既に結婚してる。

 ――――実はボク、もう既に。


 な、

 ん、

 だ、

 っ、

「てぇええっっ!! え、えぁあァァ!! アァァッ! ガ……ガガガガ」

 娘チルルの衝撃発言に俺は半狂乱になってしまいました。

「――ピィウ、相手はどんな奴だ?」

 色恋沙汰に甚く興味があるマリーは根掘り葉掘り訊き出そうとしている。

 俺はと言えば半狂乱のまま、何故かぼっと突っ立ってるヒイロに頭突きしていた。 

 

 何故だ、何故だ、何故に、何故なんだッ!

「……以前父さんに訊いたことがあったよな」

「何故なんだぁぁぁ、お、俺の娘がどこの馬の骨ともわからない野郎と知らぬ間に結婚、だなんてぇぇ」

 騒めく心はヒイロと肉体的接触しているおかげで徐々に安らいで行く感じだ。

 ヒイロの馥郁を嗅ぎ、ヒイロと額を合わせて、ヒイロの胸に顔を埋める。

 これは正しく、正しく『過保護な父親』の特権だろう。

「ふぅん……存外詰まらない落ちだったな、安心しろダディ。結婚したと言ってもゲームの話しだよ」

「でしょうねッ!」

 

 ある程度の常識力があれば、その顛末は予測出来る。だから俺は猜疑心とチルル結婚による反動の半々を胸中にもたげ、半狂乱に落ち着いた。


「ボクの結婚相手は重課金上等のヘビーユーザーだ、抜け目ないだろ?」

「その人ほぼほぼ無職orニートじゃねぇかッ」

「チッチッチ」

 チルルは得意気になり、凛然とした声色を繰ってはこう言う。

「夫の職業は、――石油王だよ」

「ソレ100%ヒャクパー嘘なのを分かってて確認するけど、それ100%ヒャクパー嘘だよなッッ!」

 

 これも全て今年の酷暑にしてやられた結果かも知れない。

 零の令嬢と言えど、余りの暑さに神経が参っているんじゃないか?

 と言ってもメガロポリス大阪は気候調整が行き渡っているんですけどね。

 とすると普段の鬱積から娘達は自失して、正常な判断が出来なくなって……。

「出掛けるのか?」

「今日中に穴場のプール見つけて来る、ヒイロ達は寛いでていいんだぞ」


 この状況に一石投じるには、やはり娘達ての願いを叶えてやるのが良いと思えた。

 プールで思う存分遊ぶことは、娘チルル達ての願いであり。

 娘マリー達ての願いで。

 娘ヒイロ達ての願いだ。

 娘達の願いを叶えてやる、それは父親の仕事だろ。


 * * *


「父様に一ついいことを教えてやろう」

 あれから俺は粉骨砕身と、西日本各地のプールを廻ったと思う。

 沖縄にも遠征したし、九州、四国、中部、関西と、回れるだけ回った。

 なのに、何処も彼処も人が黒山をつくっている。

 気付けばもう既に夏季休暇の半分を消化していた。

「君は無理をし過ぎだ、しばらく家で休養した方がいい」

「……とは言ってもな」

 新しく出来た娘、エンプレスにまで俺は心配される。

 その気持ちは嬉しいが、俺は娘達の喜ぶ顔を見たい一心なんだ。


 この衝動を止めないで欲しい。

 人が何かに向かって努力し、邁進する情熱を止め立てしないでくれ。


「父様の希望に適ったプールは見つかったか……?」

 腕を組みながら質問してくる彼女に、俺は無言で首を横に振っていた。

「……君に朗報を伝える、とあるゲーム、その大会の景品は父様が望む代物らしい」

「とあるゲームの大会の景品?」

「チルルやヒイロ達は今その大会に向けて特訓している、父様も一緒にすればいい。ヒイロ達は君が傍に居ないことを寂しがっているぞ」


「……」

 エンプレスの悄然とした声色は、然れど美しく。

 彼女はどことなくモモノと雰囲気が似ていると思った。

 それは彼女の言動がモモノと酷似しているからだ。

「君はもう直、零の令嬢の許から消える」

 まったく、俺の娘達は釈然としない思いばかりさせてくれるよ。


 俺は、俺は彼女達の許から離れたりなどしない。

 いつまでも娘達の傍に居続ける。

「やっと帰ってきたかダディ、丁度いい所にダディは

「ただいまマリー、それとその含みのある言い方は何かあるのか?」

 娘、娘、娘、三人の娘達は居間でゲームしながら寛いでる様子だった。


「デェヤァァァ、ぅら、破っ、どっせい!」

 チルルは威勢の良い掛け声を口にしながら興じ。

「――――」

 ヒイロは目にも止まらない手業を発揮している。

「マリー、お前のキャラが狙い撃ちにされている、さっさと戻れ」

「喧しいんだよクソアマが」

 ヒイロとマリーの仲は今も変わらず険悪だ。

「余り汚い言葉使うなよマリー」


「はいはい分かってますよ。それで、ダディは何処へ行ってたんだ?」

「秘湯って呼ばれてる穴場スポットを巡ってたんだ、プールが駄目なら温泉はどうかと思って」

 結果、俺の調査力で行き着く『穴場スポット』は人で溢れかえっている所ばかり。

 何が穴場スポットだとガイドブックに八つ当たりする始末だったのさ。


「今みんながやってるゲームの大会に、お目当ての景品が出されるんだろ?」

 みんなの傍らには興じているゲームの洒脱なパッケージが落ちていた。

 ゲームタイトルは『Diamond‐DD』か。

「おーらおらおらおらおらおらッ!」

「……」

 チルルを筆頭に、みんな思い思いにゲームしてる。

 きっと今は手が離せない状況なんだろう。


 俺が家を空けてる間の家事は主にロボットに任せてある。

 指定するだけで洗濯を済ましてくれる機能。

 予約しておくだけで掃除を行ってくれるロボット。

 なまじ人の手料理よりも美味しい料理を提供してくれる配給機能。

 西日本では当たり前の光景だった。


「さてと、ゲームは一段落つけて……なぁダディ――」

「何だマリー」

 彼女の蠱惑的な声色と目付きは、初心者には堪え難いのかも知れない。

 けど彼女の父親をやってる俺は耐性が付いてるぞ。

「ダディ、私と、ケッコン、しようよ」

 例えそれがゲームの話しだったとしても、マリー程の麗しい女性から迫られれば。

「俺の耐性どこへ行ったんですかぁぁぁぁ!!」

 娘の誘惑に興奮を隠しきれず思わず窓辺から絶叫しちゃいました。


「ダディ、このゲームは職業によっては結婚出来ないシステムだから気を付けてね」

「あ、あぁ」

 そしてマリーに誘われるが侭に、俺は娘達と同じゲームをやり始めた。

 俺の右手にはマリーの右手が添えられて、背中には彼女の左手が密着している。

「父さん、職業は天兵を選ぶといい」

 このゲームの職業は検索を掛けないとならない程仰山あるらしい。

 とりあえず、ヒイロの言う通り職業は『天兵』にするとして。


「この職業は結婚出来るのか?」

「……そうだな、結婚条件を満たすまで多少時間が掛かるし」

 そう言うとヒイロは立ち上がり、俺の傍に近寄って来た。

「しばらく私が父さんのキャラクターを育てておくから、ゆっくりして、疲れを癒していて欲しい」

 ……あー、うん、気を遣ってくれるのは嬉しいが。

 俺だって遊びたい盛りだし、ゲームを取り上げられるのはちょっと癪でもある。 


「じゃあお言葉に甘えて、お風呂に入って来るな」

 癪だったが、一人の『父親』としてゲームは諦めた。

「あぁ」とヒイロは応え、

「一緒に入る?」マリーは純情な俺を翻弄する。

 チルルは「ぷっるぷるぷるぷる」と奇声を発しながら肌蹴ていた。


 西日本の一般的なお風呂は東に於いてゴージャスな代物だったりする。

 温度を44℃と若干熱めに設定し、茹るぐらいの開放感を満喫――

「……ヒィーァ?」

 意訳すると『ど、どうしてエンプレスがここに?』となる。

 開放感を満喫しようとしたら、お風呂には何故か銀髪の彼女が入浴していて。

「ヒィーァ?」

 意訳すると『ど、どうしてエンプレスがここに?』と重言している。

「44℃、か……これでもぬるいぐらいだ、47℃まで上げるぞ」

「ヒァアアアアッ」

 意訳すると『あ、熱い……はぁ、はぁ、君のとても熱い』と訴えていた。

 エンプレス、彼女は意外と耐熱性があるんだな。

 見かけによらず『炎属性』だと言うことか。

「ヒャっ!」

 意訳すると『君の熱いのがぶっかかって、火傷しちゃわないかな』とマジ限界。

 47℃とかありえへん、痛いねん痛いねんなっ!

「父様とあろう者が情けない、もう限界なのか?」

 エンプレスぅ、父の憩いの時、お風呂を邪魔するとは、愛い奴よぉ……。

 愛い、奴よぉ……でも熱っ!


「まるで茹で蛸じゃないかダディ、真っ赤だぞ」

 数十分後、リアクション芸を体得した俺はその勲章を娘に指摘されました。

 マリーから視線を少し逸らせば、

「お帰り父さん、こちらはもう少し掛かりそうだ」

 ヒイロが目にも止まらぬ速さでゲームコントローラーを操作しているじゃないか。

「えっと、何だっけ、みんなが目指してる大会に間に合えばいいからさ」

 ゲームの大会の景品にプールの招待券が出品されるか。

 さすがは西日本、サービス精神からして違うなぁー。


 それから三日後――

 夏季休暇の宿題を片付けている最中、ヒイロが「終わった」と俺に告げて来た。

「終わったって何がさ?」

「……父さんのキャラクターが結婚出来る状態にまでなったから」

「ふーん」

 そう言うヒイロは三日三晩、徹夜していたことを俺は知っていた。

 娘が無理してるのを知っていたけど、アングラ気質な俺は特に止めなかった。

 どうせなら倒れるまでやらせて、身を以て知ることが一番の処方箋だと思ってな。


【職業:魔王】


 ステータス画面を確認すると職業は『魔王』となっている。

 ヒイロが初期設定で『天兵』を指定したのは全てこの進化を辿るためだった。

「魔王はこのゲームで唯一ハーレムを持てる上級職業だから」

「でもさ、魔王って確か結婚制度は破棄されて、性奴隷ってなるんじゃなかったっけ?」  

 チルルの素朴な疑問にヒイロは「……」ただ黙り込むだけ。

 三日三晩、夜通しプレイして魔王にしてくれたヒイロの努力がカワイソス。

「ダディのお嫁さんになるのは私の夢だが、性奴隷なんて酷い侮辱もあったもんだ」

 や、やめてくれよ、君達みたいな美少女が『性奴隷』なんて卑猥なワードを口にすると、色々と妄想しちゃうだろ……でもさ、


「とりあえずお疲れ様」

「……どういたしまして、少し、寝る」

 ここは父親である俺のために頑張ってくれた娘を労うのが最優先。

 彼女達は多感な年頃なんだ、と思ってる俺もそうなんですけどね。


「おっしミオ、ボクと結婚してみようぜ」とチルルが言い出せば、

「させないぞ。ダディ、Will you marry me」マリーが対抗心を顕わにし、

「……父さん、私と結婚してくれますか?」

 ヒイロも眠気眼を堪えながら俺に結婚を申し出た。

 娘達が俺に結婚を迫って来ると言う、恍惚的な状況が降りて来たのだ。

「……――」

 その状況に堪え切れず、羞恥心から俺は背を向け、そして。

「結婚でも何でもしますからぁッ! だから神様、時を止めてくれないかなぁぁ!」

 あぁ俺、こうも絶叫しちゃったら娘達に心が筒抜けですやん。

 

 幸福の一時と言うのは、天恵によって齎されるものだと思う。

 娘達から一斉に結婚を申し込まれたこの状況もそうだが、

 何よりも、彼女達に出逢えた偶然に、俺は弛まない感謝を捧げている。

 天にやら、悪友のカノンにやら、俺の――運命に、感謝している。


 そしてその二日後、いよいよプールの景品が出展される大会当日となった。

 のだが、

「パパは不参加でいいぞ、大会の上限人数は4人、ボクと、旦那と、ヒイロとマリーで決定されてるからな」

 チルル曰く俺は不参加でとのこと、何て言うか肩透かしもいい所だ。

 でも、娘達が一つの目標を志して一緒に切磋琢磨する機会が何よりの宝だと思う。


 チルル達が狙ってるプールご招待券は上位16チームに副賞として付いて来るらしい。

 ゲームの大会でプールを貸し切りか。

 察するに、『Diamond‐DD』とか言うこのゲームは相当儲かってるな。

 大会に意気込む娘達に、俺は何をしようかと考えていた。

「気負わずにな」

 励ましの言葉を掛け、娘達に兵糧を用意してっと。


 後はそう、番組スタッフのテイで行こうと思う。

 番組スタッフのテイとは何ぞ? とは、これから実践して見せる。

「オオオっ! おっ、ハッハッハ! おぉ~」

 俺は娘達の大会を観戦して、臨場感を出すために敢えて声を上げる。

 感嘆したり、笑ったりするだけでいいんだよ。

「ははは……ウォっ、ぉ、ぉははははっ、ヒハハハっ、おぉ~」

「……父さん、黙ってくれ」

 あ、はい。

 どうやら俺の親心は寡黙なヒイロのプレイスタイルには合わなかったようです。


「クソアマが何言ってる、ダディが黙ったら退屈だろ」

「言葉は悪いが気が散るんだ」

 マリーとヒイロの衝突が起きている、俺のせいだ。

「お、お前らッ、今は大会に集中しろよお前ら聞いてるのか、聞いてないのかなッ」

 一番狼狽していたのはチルル。チルルは西日本で流行しているこのゲームで成果を出し、クラスの連中を見返すと躍起になっていたからな。彼女はこの大会に懸ける思いが他二人とは違っていた。


 初戦辛勝を収めた後、自称チームリーダーのチルルから説教があるようです。

「とりあえずパパは出てけ、お前が居るとチームの調和が乱れるからな」

「――っ、チルルお前」

「何だ何だ、やろうって言うのか」

 いや違う、お前の口からな……、

 お前の口から『調和』という単語が出て来て驚きを隠せないだけ。

 言い終わる前に俺はその場から追い出されました。


 娘達の初めての共同作業を心に焼き付けようと思っていたのに。

「こんな時の父親役は損だな」

「エンプレスか、いつの間に」

「これは私の憶測だが、君が彼女達の父親であることの弊害はこれから徐々に顕著になって行くだろう」

「今がそのいい例だって?」


 堪らない、俺が彼女達の父親であることに『弊害』があるなんて聞かされたら。

「俺は彼女達と出逢えて幸せなんだよ」

 心はそう反発していた。

「父様は、私に出逢えて幸せだと言うのか」

「そう見えてなかったか? なら謝る、それと同時に俺は君に出逢えたことが」

 ――君に出逢えたことが幸せです。


 まるで映画のワンシーンの様な気障な台詞ではあるが、これを気障だと思うかどうかは、父親としての、または人としての人間性によるだろ。色んな父親が居て、色んな娘が居て、色んな親子が居る。

 これって結構当たり前のことだけど、俺はこの世の一つの真理に気が付けた。


「君はえぇかっこしいって言われたりしないか?」

「そう、言われるのは少なかったけど、それが俺の処世術なんじゃないかな」

「そうか」

「そうだ、俺は露骨に身内贔屓して、それ以外には強気な姿勢を崩さないんだぞ」

 それを機に、俺は東日本に住んでいた一頃の話しを語り始めた。

 東日本で悪態を吐いた手合いの数々、その中でも死馬教官が六割を占めていた。

 エンプレスはその話に耳を傾け、冷然とした面持ちで居る。


 退屈だったか? と訊けば、「いいや」と彼女は否定するから俺の与太話は止まることを知らないマシンガントーク状態と化していた。長話の中で幾度も「DT」と言う単語を頻発していたような気がする。

「安心しろ、君はいずれいい人と巡り合える」

「……何、この恋愛相談的な流れ、父親が娘に慰められ、っ」

 娘の口から「いずれいい人と巡り合える」言われたら人間としてお終いよ。

 結論、俺こと火疋澪の人生は最早衰退期の模様です。


 で、


 随分と話し込んでいたが、大会はどうなっとるんよ?

 出来れば、チルルの野望が無事成就して欲しいが、結果は果たして――


 * * *


 ――西暦2013年8月末日。

「遂にボクは辿り着いたぞ! こここそが西日本の桃源郷だッ!」

 桃源郷ねぇ、桃源郷と言えば酒池肉林を彷彿とするが。

 チルルの歓び様に、ここは一つ話しを合わせるとしよう。


 あの後の顛末を語ろう。

 チルル達は大会で見事準優勝を果たし、副賞としてプール招待券を獲得した。

 しかし、副賞として付いて来た招待券は上限2名のペアチケットだったため。

 俺達はどの組み合わせで行くか相談し合った、その結果。

「ダディが誰を連れて行くか選べよ」

 怒気を孕ませたマリーがこう言い、俺の一存で誰と行くか選ぶこととなり。

「エ」

 ンプレスなんかどうだと冗談交じりに言おうとして一瞬死の気配を悟った。

 どうやら事はタダでは済まされないらしい。


 マリーを選ぶとなると、ちょっと込み入った諸事情が合って断念するしかない。

 ヒイロを選ぶとなると、マリーを傷付かせると思い。

 チルルを選べば最小限の反動で済むという打算から結果そうした。


 それにチルルには是非とも着てほしい水着を用意していたことだしな。当初こそ、彼女の水着には『私は父を愛して止まないファザコン娘です』と言う謳い文句が入った『娘水着』を着させようとしていたけど、チルルはそれを見た瞬間。「――気に入った!!」と豪語してくれた。

「気に入った、ボクにここまで喧嘩売ってくるその腐った根性が気に入ったぞ」

 恐らく、これが八枝チルル(17歳と8ヶ月)の生まれて初めての皮肉でした。

 

 だからチルルが今着ている水着は例の旦那さんが選んでくれたもの。

 俺としては肩を落とす結果だった。

「それで、何して遊ぼうかミオ」

「まずはストレッチが先じゃないか」

「ストレッチは詰まらんからヤだ。だからミオ、そこを動くなよ、いいか?」

「……あー、あぁ分かった」

 

 俺には気になることが一つあった。

 今回このプールに招待されたのは大凡32名、なのかな。

 一つのレジャー施設を32人で独占出来る権利は物凄いとは思うが。

「せーのッ――トリャッ!」

 チルルは俺の肩を踏み台にして勢いよくプールへと飛び込んだ。

 阿呆な娘はここに来ても奇行を発揮している。

 だから、そんな彼女を周囲の人は注目しているようだった。

 彼らの視線は俺にある種の優越感を与えてくれる。


 そこでチルルを注視している君達は彼女を馬鹿にしていた仲間だったよな?

 それが今や君達は彼女に見惚れている様子だ。

 君達が首ったけになっている彼女は、俺の娘なんだぞ。

「パパ! お前も早く来ーい、超気持ちいいぞっ、ハハ」

 今ここにチルル以外の娘が居なくて残念だ。

 俺の娘達を思う存分世間に見せ付けたい気持ちで一杯なのにな。

 だからチルル――

「チルル、今日はお前の魅力を余すことなく発揮して、今日は楽しもうな」

「……魅力?」

 

 今日は阿呆な娘が成長した姿を心に焼き付けて。

 ちょっと早めの、父親の感動をとことん味わうとしよう。

 衆目を集めている娘の姿を見て、俺はしつこくも思う。

 ――君に出逢えたことが幸せです。


 チルル、お前に出逢えたこの歓びをいつ君に伝えようか俺は悩んでいるよ。

「……魅力、つまりパパはボクを魅力的に感じてるってことでいいのか?」

「そうだとも」

 本当に、幸せです。

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