第1話 出会いは突然に

 大小様々な高さのビルが立ち並ぶ街。

 春を迎えて、暖かい日差しが街中に降り注がれている。


 ここは奏内そうない市。

 七つに分かれた大陸の一つである亜細亜あじあ大陸の極東に存在する日国にちこくの街である。

 都市部の郊外にあるこの街は、幾度と重ねられた土地開発、道路整備により徐々に大きくなっていった。

 そして、ここでは多くの人が住んでおり、都市部へと流れる人と都市部から戻ってくる人とが行き交い、かなりの賑やかさを醸し出している。


 その街の中を、俺は歩いていく。

 俺の名前は結羽竜二ゆわりゅうじ。奏内市にある奏内第一高校に通う二年生だ。

 そこでは国語や数学などの座学や体育や音楽などの実技に加えて、とある科目を日々学んでいる。それは、“魔法”である。

 この世界では魔法はもはや当たり前の技術とされていて、学校教育の中に魔法の修練が義務化されている。

 ちなみに、俺はどうやら魔法の才能が無く、魔法の実技試験については毎回赤点である。当然、その度に追試を受けさせられる羽目になる。一方で、筆記試験についてはほぼ満点に近い点数を取っている。魔法の知識はあるのに、魔法は使えない。何ともむずがゆいジレンマである。

 今日は日曜日であるため、学校は休みである。そのため、暇潰しと運動のために街を散策しに出かけていたのだ。

 俺はぶらぶらと街中を歩く。その途中で様々な人とすれ違っていく。

 スーツを着たサラリーマンの男性にエコバッグの中に大量の食料を入れている買い物帰りの主婦、複数の今時の若い連中や綺麗なお姉さんなどなど。さらにはゆるふわ系の服を着た猫耳を生やした女子や白い三角巾を被った半透明な幽霊、緑色の肌をした屈強なゴブリンにフワフワと飛ぶ小さな妖精などもすれ違っていく──────


 先ほどすれ違った人間ならざる者達。そこにいるのが当たり前であるかのように人間社会の中に溶け込んでいる彼らは、“魔族”と呼ばれる者達である。この世界ではこうした風景が当たり前のものとなっている。


 こんな風景が当たり前となったのは、はるか昔からだ。

 彼ら魔族は、元々俺達が暮らす人界とは別の魔界という世界で暮らしていたという。それがある日、突然人界と魔界の隔たりが無くなった。世界を歪める大穴が開いたのだ。

 今では北極大陸と南極大陸、それから太平洋のど真ん中の計三ヶ所にその穴が存在していて、そこから魔族は人界へ降り立ってくる。

 人間の方から魔界へは、余程のことがない限りは行こうとしない。なぜなら、魔界はかなり荒れ果てていて、獰猛な魔獣や荒れ狂った凶魔達がはびこっているからだ。魔法があるとはいえ、人間が魔獣と対峙してしまったら確実に喰われて生涯を終えてしまうだろう。

 しかし、大抵の魔族は人間を襲ったり支配しようとはせず、互いに共存しようという考えのもと極めて友好的に人間に接してきた。そして、彼らから人間にもたらされた恩恵はとても大きかった。


 例えば、魔力。それは生命全てが持つとされる目に見えない力のことだ。魔素という元素にも似た要素を操り、様々な変化を起こすことができる。

 それは魔族だけでなく人間にも備わっていたようで、使用法を教わったことで人間でも掌から炎が出せたり、水を出したりできるようになった。それを俺達は“魔法”と呼んでいる。

 今の魔法教育があるのは彼らのおかげである。

 それ以外にも、魔族の土地で採れる食材や開発された道具などを人間に提供したり、魔族の世界での歴史や文化を人間に教えたりもしてきた。そのお返しとして、人間からも自らが持つあらゆるものを魔族へ与えていった。

 そうして、人間と魔族は互いに共存していって今日まで社会を形成している。


 俺は街中を歩きながら、ふと物思いにふけていく。そしてさっきすれ違った猫耳の女子のことを思い出してこう思うのだ。


 “さっきの猫耳の子、メッチャ可愛かったなぁ。連絡先とか教えてもらえるかな……”


 何を隠そう、俺は人外の女の子、いわゆる人外っ娘が大好きなのだ。ケモミミ女子はもちろんのこと、人魚や幽霊や鬼やラミアやサキュバスやその他たくさんの人外女子は全てストライクゾーンである。付き合うとするなら迷わず人外っ娘を選ぶし、結婚するのも人外っ娘がいい。

 つまるところ、“人外っ娘は至高の存在である!”と考えている。

 以前それを人間の友達に話したところ、そこまでいくとドン引きを通り越して尊敬するわ、などと言われた。きっと俺の人外っ娘への愛に心を打たれたのだろう。


 そんな俺の性癖はひとまず置いといて、と。早く家に帰って録画しておいたアニメの『ニャンニャンアイドル メグミちゃん』を見なきゃ、なんてことを考えながら歩いていく。

 ちなみに、『ニャンニャンアイドル メグミちゃん』とは、猫耳の女の子である星野メグミが様々な困難を乗り越えて、かねてからの夢であるアイドルを目指す物語である。主に大きなお友達や若年層に人気が集まっている。今では実際に星野メグミという名前のアイドルが活動を行ったりして世間から注目をされるようになっている。


 ……余談である。

 ともかく、俺はどこの店へ寄ろうか考えながら、ビルが多く並ぶ通りを歩いていく。

 ふと、何気なく視線を路地裏の方へ向ける。

 すると、先ほど見かけた猫耳女子が路地裏のあたりで三人の犬頭の男達に囲まれているのを見つけた。

 彼らは魔族の中でも獣族と呼ばれる者達である。魔界で木々の生い茂った環境で暮らす彼らは身体能力が高く、人間よりも遥かに上回った力を持つ。

 また、彼らは犬や猫のような姿をしており、そのフサフサした耳や尻尾などは見る者に愛くるしさを感じさせ(例外はあるが)、まさに俺の中でど直球なタイプの種族である!


 失礼、興奮してしまったようだ。

 どうやら犬男達が猫耳ちゃんに絡んでいるようだ。つまり、ナンパをしているのだ。猫耳ちゃんは困った顔で犬男達に何やら話をしている。

 俺はその場で立ち止まる。

 そして、沸々と怒りが込み上がってくる。


 “あのワン公ども!俺が気にかけていたあの子にちょっかいを出してやがるなんて羨ましい!……じゃなくて許せねぇ!”


 猫耳ちゃんの困った顔を見てしまったからには、このまま放っておく訳にもいかない。俺は猫耳ちゃんを犬男達から助け出そうとその現場へ向かおうと歩き出す。


 と、その時。

 いつの間にか俺の横を歩いていた一人の女性が俺の肩を軽く叩いて、


「お前が出る幕じゃないさ。ここは私に任せな」


 と言うと猫耳ちゃんたちの元へ歩いていった。


 “誰だあの人は……?”


 突然現れた謎の女性に驚いた俺は何も言うことができず、足を止めてしまう。


 その女性は黒髪のロングでスレンダーな体型の、おそらく人間である。赤や黄色の波模様で彩られた奇抜なシャツを着ている。

 そして彼女の後ろ姿は、男の俺でもかっこいいと思ってしまうほど凛々しく見えた。


 しかし、いくら自信満々に向かったとはいえ、犬男達を相手に何ができるというのだろうか?

 彼らは獣族である。彼らの圧倒的な力を前に、人間は無力に等しい。普段なら互いに衝突することなく平和的に暮らしてはいるが、目の前の彼らはおそらく友好的なタイプではない。最悪の場合、喧嘩沙汰になりかねない。そうなれば人間は、ましてや女性では返り討ちにされてしまう。


 ひとまず俺は路地裏の入り口付近まで近づき、様子を見ることにする。

 本当はあの女性の後を追うべきなのだろうが、不思議とあの人の言う通りにしよういう気持ちになっていた。

 見ず知らずの相手だというのに、なんだかとても信用できる人だと思えた。彼女の言葉には人を信用させるだけの説得力があった。それに、よく考えてみれば俺が行くのも無謀な話だ。

 ともあれ、俺は犬男達の元へ行った女性の後ろ姿を目で追う。犬男達の前に立ち止まった女性は右手を腰に当てて、さも余裕ぶった様子で話しかける。


「アンタら、女の子相手に寄ってたかって何しようとしてんだ?その子が困ってるだろう。その辺にしてやれよ」


「なんだぁテメェは?関係ねぇだろ、すっこんでろ人間の女!何ならテメェが相手してくれるってのかい」


 犬男の一人が女性を睨みつけている。予想通りの、荒々しい言動である。グルル、と威嚇するような唸り声をあげる。


「誰が好き好んでアンタらみたいな毛深い連中と遊ぶか。そんなに遊びたいなら飼い主と一緒にドッグランにでも行くことだな」


 女性は獣の尖った眼で睨まれても、怯むことなく飄々とそんなことを言い出す。

 その言葉を聞いて、犬男達は先ほどよりも鋭く女性を睨みつける。猫耳ちゃんは涙目で女性を心配そうに見つめている。あ、可愛い。

 そうして、女性と話していた男が彼女の胸ぐらを掴もうとする。


 “マズイ!あの女性が危険だ!”


 そう思った俺は咄嗟に女性の元へ向かおうと身を乗り出す。

 しかし、俺はすぐさま行動を止めた。


 伸ばされた犬男の右腕を女性は左手で掴み、そのまま微動だにしない。男の顔は焦ったように目を見開く。


「クソッ、全然腕が動かねぇ……!この女、何て握力だ!」


「獣族のくせに人間の女の手を振りほどくこともできないのか。情けないワンコロだなぁ」


 フフン、と鼻で笑う女性は未だに余裕そうだ。


「ほらっ、そこの猫耳のお嬢さん。とっととここから立ち去りな。このワンコロどもは私が相手しておくからさ」


 女性が男の腕を掴んだまま猫耳ちゃんに話しかける。


「は、はい!ありがとうございます!」


 猫耳ちゃんは路地裏の入り口まで走ってきて、そのまま俺が隠れていた所を通り過ぎていく。

 俺は路地裏から目を離し、猫耳ちゃんの後ろ姿を見る。結局連絡先は聞けずじまいに終わったなぁ……。


「とまぁ、お嬢さんを無事に逃がせたことだし、そろそろワンコロの始末をつけますかね」


 女性は軽い調子で言った。それに対して犬男達はグルルル、と牙を見せて唸っている。その姿は野生の狼のような迫力であった。


 あの人、本当に大丈夫だろうかと心配する俺だが、一方ではなんとかなるような気もしていた。何故、こうもあの人を信頼できるのだろう?


「人間のくせに舐めやがって…… どうやら痛い目を見なきゃ格の違いが分からないようだな!」


 奥の方にいた犬男の一人がそう叫ぶと、女性に向かって走る。

 すると女性は掴んでいた男の腕を離して、その男を蹴飛ばす。


「グフッ……!?」


 蹴られた男は抵抗することなく、地面に倒れる。向かってきた犬男は倒れた男を見て動きを止める。しかし、臆することなく女性に向かって殴りかかる。

 だが、女性は男の拳をひらりとかわす。それから、右拳でその男の顔を思いきり殴りつける。殴られた男は抵抗せずその場に倒れる。


「な、何してんだ!そんな女、すぐにひねり潰せるだろうが!」


 それまで様子を見ていた犬男が叫ぶ。目の前で仲間が倒されていく状況にかなり焦っているように見えた。


「どうした?叫んでないでお前もかかってこいよ。まぁ、お前が来なくても私の方から行くけどな」


「このクソアマッ!」


 残った男は爪を立てて、女性を引っかこうと腕を振り回す。だが、女性はその男の右方へかわして、顔を殴りつける。そして男は気を失い地面に倒れ込む。


「テメェ、本当に人間なのか……?一体何者だ……!」


 殴られた男は倒れたままの格好で、恐る恐る女性に問いかける。


「聞かれたからには答えなくちゃいけないな。いいだろう、そんなに知りたきゃ教えてやる。私はこの街で請負屋を営んでいる、日向綾音ひなたあやねというものだ」


 そう言って彼女は、フンと胸を張って堂々と立っていた。しかし、その胸は悲しいことに何の盛り上がりも無かった。

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