肉片と爆発

松岡りづる

「肉片と爆発」

 全国区の有名な朝の情報番組は頻繁にオリーブオイルを使用する料理コーナーから画面が切り替わり、急に慌ただしく速報を報じ始めた。

「えー、皆さん事件です。ここ、零紋町(れいもんちょう)で地元の山中にあるキャンプ場の巨大杉の根本で人間のものと思われる、散乱した大量の肉片が見つかりました。警察は前夜に起こった学校爆破事件との関連を含め、遺体の身元確認と事実関係の調査に追われている模様です。続報が入り次第、お知らせいたします。」

つい昨日のことだと言うのに、やけに心は落ち着いている。あの時のことは誰にもわからない。そう、わかりやしないんだ、絶対に。


     ■


 ピンポーンと来訪者を告げるチャイムの音が玄関から聞こえた。宅配便だろう、最近ネットで注文した物があったから多分、それだ。よっこらしょと声を出してリビングのソファーから立ち上がり、二度目のチャイムに返事をしながら、俺は玄関の鍵とチェーンを開けてドアを押し開けた。

「宅配便です。梶井(かじい)さん宛にお荷物です。」

配達員は新人だからなのか、近所一帯に漏れなく伝わりそうな大声で、ご丁寧にフルネームで確認をとってきた。

やめろ、バカ野郎! いくら夏休み前とはいえ、学校はまだ授業の真っ最中だというのに中2の俺が自宅で宅配便を受け取ってたら変な奴だと思われるだろ。と、内心でははらわたがグツグツ煮えたぎりつつも、表情に出ないよう抑え込みながら笑顔で応対する。

「あ、ありがとうございます。」

荷物を受け取ってお礼を言いつつサインをすると、配達員はまたも近所迷惑な大声で挨拶をし、颯爽と車に乗り込み次の配達先へ走っていった。それを見届けてから玄関のドアを閉め切ると、俺は一発だけ渾身の蹴りをドアにぶちこんだ。直後に胸に渦巻いていた鬱憤が消化されていく。

あーあ、これは俺の悪い癖だ・・・。


 届いた荷物の中身を優雅に楽しんでいると、スマホのアラームが部屋に鳴り響いた。スマホを手に取ってアラームを消し、時計を表示する。

「あぁ、もうこんな時間か。」

今日は母から買い出しを頼まれていたのを思い出し、支度を始める。さっきのアラームは買い出しの予定通知のアラーム、家庭での自分の役割だ。ちなみに誤解をされることが多いのだが、不登校=ひきこもりだと決めつけられるのは、常々思うがとても心外だ。学校へ行けなくたって、外の空気を吸いたい時はある。ふと窓の外に目をやると太陽は煌々と真上で輝いている。さすがにこんな昼間に学生が出歩いているわけがない、だからこそ毎日、この時間帯に買い出しへ出ているのだ。


 いつも通り、歩きで向かったスーパーの店内は主婦がところどころにいるだけで、学生どころか幼児すらいない。では、さっさと今日の買い出しを済ませてしまうか。ぐるっと店内を一巡しながらテキパキと買い物かごへ買うものを入れて、レジへ向かう。

「ぃらっしゃぁせぇ・・・」

いつもテンションの低い、フリーターと思しきお兄さんの気の抜けた挨拶が僕の右耳から左耳へすり抜けていく。このまま中学を卒業させられたら、俺もこんな風になるのだろうか。来る度にいつもそんな考えが頭の中をよぎる。学校には馴染めなかった、だがそこから一体どうなっていくんだろう? いっそ、こんな世界など木っ端微塵に壊れてしまえばいいのに、そんな”力”が俺にあれば・・・。

「・・・円になります。」

お兄さんが金額を伝える声に、はっと気を取り戻すと、俺はさっさと支払いを終えて買ったものを袋に詰め込みスーパーを出た。


「暑ちぃ。」

やはり、キンキンに冷え切った店内から猛暑の外へ出ると、さすがにキツい。こんな時はさっさと家へ帰るに限る。陽炎がユラユラと歪む中を暑さに耐えつつ、重い荷物を持ち直して歩き続ける。途中、いつも帰り道にだけ休憩をとる体育館と併設された公園に到着する。朽ち果てて使用禁止となっているアスレチックに、自治会が遊具持ち込み、犬の散歩を禁止している小さな野外ステージと芝生、いつもその舞台に腰掛けて芝生を眺めて考え事をするのが、帰り道の日課だった。だが、今日は先客がいた。ちっ、誰だよこんな昼間からいるなんて。まぁ、自分も他人のことを言える分際ではないのだが・・・。

舞台には一昔前の青春映画に出てきそうな純白なワンピースを纏った少女が腰掛けていた。少女は俺が訝しげな視線を送っていたことに気づいたのか、こっちを見て笑い手招きをしてきた。不信感に駆られて辺りを見回すも、誰もいない。少女に視線を戻すと、さらに大きく腕を使って手招きをしていた。やはり、俺に対して行っているようだ。仕方なく舞台の方へ歩み寄る。

「なんか俺に用でもあるのか? お前、見たところ同い年ぐらいのようだけど、今は授業中だし、学生が出歩いているのはおかしいだろ。」

言っている俺でもおかしいとは思うが、ここは正論を出す。少女は俺の言葉が癇に障ったのか、少しムッとして問いかけに答える。

「初対面でいきなり”お前”は無いでしょう!それに、あなただって学校へ行かずにブラブラしてるじゃない。」

こいつ、もしかしなくても俺と同類か。他人を呼んでおいてそれはないだろうっ!

「まぁ、いいわ。私は萩原(はぎわら)、2年よ。あなたの名前は?」

まるで職質か尋問でも受けているような気分だが、答えないと面倒が長引きそうなので事務的に自己紹介する。

「梶井、中2だよ。ところで、何か用ですか?萩原さん。」

自己紹介を聞き終えて萩原のムッとしていた顔が少しだけ和らぐ。

「タメなんだから、萩原でいいわよ。では、梶井君。早速なんだけど、私と友達になってくれないかしら?」

何を言い出すのかと思ったら、初対面の相手を捕まえて友達になってくれだと。こいつ、本当に大丈夫か?

「いや、別にやましいことはないわ。ただ、“秘密”を共有してくれる友達を待っていたの。そこに丁度、あなたが来ただけ。」

萩原の態度が急に真剣になり、思わず俺まで身構えてしまう。

「あなたも、こんな世界なんて壊してしまいたいと思ったことはない?」

萩原が俺の心の中を見透かしたように妖しく微笑む。なんだ、こいつ急に雰囲気が大きく変わったような。

「学校に馴染めずに、見えない未来に怯えて、いっそこんな世界なんて木っ端微塵に壊れてしまえば、なんて思わない?」

自分の心情をそのまま言葉で放たれて、動揺して身体が固まる。そうだ、確かに俺はそう思った。だが、なんでこいつが俺の心情を知っている?さっきまで聞こえていた蝉の声がフル稼働になった神経によって遮断され、まるで白昼夢のような状態になる。

「あはは、あなたって面白い人ね。やっぱり私と同じことを思ってたんだ。“同類”、だもんね?」

クスクスと愉しそうに笑いながら、追い打ちをかけてくる萩原の言葉だけが、脳内で繰り返し反響する。なんで、こいつ俺の頭の中をっ・・・。何だ? 声が出ない!

「私はねぇ、他人の心を読めるの。いや、それはちょっと違うかな。聞こえてくるの。」

萩原の言っていることが理解できない。そんな能力があるわけない、そうとわかっていても初対面のこいつに見透かされてしまっている仕組みがわからない。それに怯えてか身体が動かない。

「だから、あなたに決めたのよ、梶井君。私の秘密を共有できる“同類”に、ね・・・。」

萩原は「同類」という単語にやけに重点を置いて言葉を発した。と同時に喉元の違和感が消えるのを感じた。

「・・・秘密っていうのは何のことなんだ?その同類と見込んで俺に声をかけたんだろ。だったら、それを教えろよ!」

萩原の能力への恐怖と無力な自分へのいら立ちから意図せず語気が強まる。対して、萩原は依然として妖しい笑みを浮かべたまま、嬉しそうに答えた。

「うふふ、やっと本性を晒してくれた・・・。それはね、あなたが欲しがっている力よ。素手では、この世界を壊すことはできない。」

そう言って萩原がワンピースの中から取り出したのは、信じられないことに1本のダイナマイトだった。日常に存在しない物の登場に不気味さが漂う。

「どこで手に入れたかは知らないが、そんなもの一つでこの大きい世界を破壊し尽くすことができるわけないだろ。他人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。」

「あら、いきなり大胆になったわね。私は何も世界征服を企んでいるわけじゃないの。ただ、自分を異物として排除した学校、私やあなたの中で大きな存在である学校を木っ端微塵に壊したいだけよ。」

学校を、破壊する・・・? ダイナマイトで学校を、俺を異物扱いした学校を破壊できる? 萩原の言葉に思考が追いつかず、次の言葉が出てこない。本当にそんなことができるのか?

「・・・まぁ、今日はここまでにしておきましょう。あなたには素質があるようだし、ゆっくりと考えてみてよ。」

ついさっきまで妖しく挑発的だった萩原の態度が急に和らぐ。

「この、ちっぽけな筒があなたの求める力。あなたを嫌う学校を木っ端微塵にしてくれる。じゃあまた、この場所で、ね・・・。」

萩原は最後にまた妖しく微笑むと、すれ違いざまにダイナマイトを俺の手へ握らせて去っていった。直後に身体の硬直が解けてすぐに振り返るも、そこに萩原の姿は既になかった。

「ちっぽけな筒、俺の求める力・・・。」

現状を飲み込めない俺は、しばらく立ち呆けていた。


 萩原との遭遇から、もう一週間が経った。手渡されたダイナマイトは、まだ机の引き出しに入っている。その間は外へ出ることはなかったが、公園に近寄ることを恐れていた。

 そして今日はまた、母から買い出しを頼まれていた。

「なんか、嫌な予感がする・・・」

スーパーへ向かう途中、本音が漏れる。萩原の言っていた力、机の引き出しにしまい込んだダイナマイトが脳内に浮かぶ。あの時、俺は萩原の言動を畏怖しながらも、心のどこかで自分の願望を叶えてくれるのではと期待している部分があった。俺を排除した学校を壊してくれるのでは、と・・・。

「いやダメだ、あんな奴の妄想に付き合ってられん。」

それにあのダイナマイトだって本物かどうかは確かめていない。現実に爆発したところを自分の目で見たわけじゃない。・・・ただの、妄想だ。


考え事をしている間にスーパーへと到着し、入るといつも通りガラ空きだった。さっさと買い物を済ませてレジへと向かう。

「いらっしゃいませ。」

エプロンの下にスーツを着た社員と思しき男性がきっちり45度のお辞儀とハキハキとした挨拶をして、レジ打ちを始める。

いつものお兄さんは辞めてしまったのだろうか。少し気にかかるが直ぐにどうでもよくなる。まぁ、何か理由があったのだろう。レジ打ちを終えた社員さんが金額を伝えてきたので、支払いを済ませて買ったものを袋に詰め込む。


スーパーを出て直ぐのところに求人雑誌が並ぶラックがある。そこには最近までレジ打ちをしていたフリーターのお兄さんが求人雑誌を開き、生気の無い眼差しでページに整列された情報に目を通していた。ボサボサに伸びて寝癖で滅茶苦茶な頭に、家着にするようなダブダブのスウェット。おおよそ外出するような格好ではないので、仕事中じゃないことは明らかだった。

「・・・もう、死のうかな・・・。」

お兄さんがポツリと自殺を宣言するも、その言葉は猛暑の中で必死に鳴き喚く蝉の声にあっさりとかき消される。そのままお兄さんは手に持っていた求人雑誌をラックに戻して陽炎の向こうへ去っていった。その光景にあっけにとられていた俺は我に返り、止まっていた足を動かした。大丈夫だ。お兄さんは仕事を失って少し弱気になっていただけだ。本当に死ぬつもりはないはずだ。家に向かって歩を進める足が徐々に動きを早める。そうだ、あんな言葉ただの冗談に決まっている。


 いつもより少し早く家に着き、リビングのソファーに腰を下ろして荷物を床に置いて長く息を吐く。

「そうだ、ただの冗談だ。」

自分に言い聞かせて悪い予感から目を背ける。ソファーから力なく垂れた自分の手は、さっきまで気づかなかったが、小刻みに震えていた。

「よ、よし。テレビでも観て気分を変えよう。」

震える手をもう片方の手で押さえながら、リモコンを取ってテレビを点ける。毎日観ているお昼の情報番組が映る。

「・・・速報です。つい先程、零紋町のスーパー近くの踏切で男性が電車にはねられ、死亡しました。目撃者の証言によると男性は遮断機が下りている状態の踏切に自ら進入し、中央で停止。男性に気づいた電車の運転士がブレーキをかけたものの、男性は電車にはねられて三百メートル飛ばせれ、頭を強く打って即死状態だったとのことです・・・。」

テレビに映った男性の写真は、いつもスーパーでレジ打ちをしていて、ついさっきスーパーの前で自殺を宣言していたフリーターのお兄さんだった。

「うっ!」

急激な吐き気に襲われてトイレへと駆け込む。胃の内容物が全て便器に晒される。しかし、吐き気は一向に止まない。もちろん、親しかった訳でもないただの他人だ。だが、ついさっきまで目の前で生きていた人があっけなく死んだ。その衝撃に俺はただ、耐えきれていなかった。


 ようやく吐き気もおさまってきたころ、ソファーに身を沈めながら天井を見上げていた。

「俺もいずれ耐えきれずに死ぬのだろうか?」

気づけば独り言を呟いていた。きっと、あのお兄さんだってレジ打ちをしていた間も、自分と理想と社会のギャップに不満があったのだろう。ただ、ある時お兄さんにとって耐えきれない何かがあって、そこから救う何かも手を差し伸べる誰かもいなかった。そして、お兄さんはどんどんと大きくなっていくギャップに希望を喪失し、生きることを諦めたのだろう。

「俺は、どうなんだ?」

学生でありながら、何の力も持たずに学校という社会から外れてしまっている俺に居場所なんてあるのか?いや、親がいるじゃないか。だが、多少の家事役割を担っているからとはいえ、本分である学業を放棄している子供に対して親が良く思っていることなどあるだろうか?じゃあ、俺は孤独、なのか?・・・

唐突に強い不安に駆られ、重力が増したように感じて頭を抱え込む。俺がこの家にいる資格など、果たしてあると言えるのか。リビングですら、自分の存在を拒んでいる気がして、自室へと逃げ込む。世界が怖い、簡単にお兄さんの存在が消えてしまったように、自分も消えるのではないかという恐怖が心を蹂躙する。カーテンの開いた夕陽によって朱く光る窓の向こうから、聞こえていた蝉の声が嘲笑う声に変化する。世界の圧力に部屋が軋み、悲鳴をあげ始めた。俺の存在が、世界にかき消される。誰か、俺を、助け、て・・・。

「・・・あなたは独りじゃないわ。同類がいる。・・・」

世界に圧迫されている脳内に萩原の声が響き渡り、ふと机の引き出しへ顔を向ける。

「あなたには、”力”がある。世界を木っ端微塵にできる、あなただけの力が・・・。」

そうだ、俺は無力なんかじゃないし、孤独じゃない。机の引き出しを開けて、ダイナマイトをつかみ取る。行かなければ、同類の元へ。


     ■


家中のカーテンを閉め切ったことで暗闇が充満したリビングの中、速報を伝えるテレビがぼんやりと浮かんでいる。そのテレビの明かりが足下に転がっている一つのダイナマイトを照らしていた。同類を失った今、また独りになってしまった。重力が増したような気がして頭を抱え込んだ。


     ■


 沈みかけた夕陽によって茜色に染まった舞台にはあの時と同じ真っ白なワンピースを着て、嬉しそうに僕を手招きする萩原がいた。

「やっぱり、来てくれたんだね。」

「世界を壊すには、力がいる。そして、同類も必要だ。」

息切れに肩を揺らしながら答える。さっきまで五月蝿かった蝉の声がピタリと止み、一週間前の白昼夢のような状態となった。

「そう、歓迎するわ。梶井君。じゃあ秘密を見せてあげる。それによって、私たちは同類になれる・・・。」

「見せる?」

俺の問いかけに萩原は妖しい微笑みで応えた。


 陽が沈んですっかりと暗くなった学校の裏庭は下校時刻をとっくに過ぎていて、生徒は一人もおらず職員室は裏庭とは校舎をいくつも挟んだ反対側にあるため、裏庭は真っ暗で人気も全く無かった。

「これが私の秘密、そして世界を壊すための力・・・。」

裏庭の端、校舎の脇にあったブルーシートを萩原が剥ぎ取ると、そこにあったのは無造作に山積みにされた大量のダイナマイトだった。

「これで、どうするんだ・・・。」

「もちろん爆破するのよ。私たちにとって世界であるこの学校を木っ端微塵にね・・・。」

萩原がダイナマイトから伸びた起爆装置を手に取る。

「そして、俺たちを排除した世界を壊す!」

学校という世界がした仕打ちに対する報復をできることに、俺は全身が熱くなるのがわかった。俺を圧倒的な圧力でかき消そうとする学校という世界に、俺はやっと立ち向かえる。決意が胸の内で収束していくのが確かにわかった。

「・・・やろう、萩原。学校という世界への報復を成し遂げる。」

「うふふ、決意したのね。やっぱり見込んだ通り・・・。さぁ、始めましょう私たちの復讐を!」

萩原は言い終えてから力強くボタンを押した。


     ■


部屋中に転がっている一つのダイナマイトを拾い上げる。初めて萩原と会った時に手渡されたダイナマイト、昨日の夕方に萩原へ会いに行くときに引き出しの中へ置いてきたものだ。よくこうも都合良く置いてきたものだと、心の中で苦笑する。今思えば、運命だったのかも知れない。俺もまた、彼女と同じようにここから先の未来が無かったのだろう。


     ■


ダイナマイトは重い光りの後に大きな轟音を立てて、目の前の一棟の校舎を容易く積み木崩しのように倒壊させた。これが“力”、俺たちの世界に立ち向かうための力・・・。

「うふふ、あはははははは・・・!」

萩原が急に大声で狂ったように笑い出す、その隣で俺は目の前で起きた現象を受け止めきれずに、呆然と立ち尽くしていた。

「あはは、うふふふふ。はぁ。」

笑い終えた萩原がついさっきまでの妖しさを失い、少し罪悪感を含んだ微笑みでこっちに顔を向ける。

「・・・なんだか、あっけないね。」

もしかして後悔しているのか? 俺は、萩原に問いかけようとしたが、騒ぎを聞きつけた教師たちが駆けつけてくるのを舞い上がる土煙の合間から見つけ、その問いは飲み込んだ。

「・・・萩原、逃げるぞ。」

「そうね、とにかく人気の無い山の方へ逃げましょう。」


地元の山の中を萩原とがむしゃらに走った。学校の方角からは、パトカーと消防車のサイレンが鳴り響いていた。しばらく走っていると地元では神木のように慕われている巨大杉の根本にたどり着いた。

「・・・さすがに、この時間帯に山に人はいないな・・・。」

自分の声が震えていることに驚いた。もちろん、息切れもあるが、それ以前に自分のした事への罪悪感が想像以上に心の中を蝕んでいた。確かに学校への報復はできた、だが同時に一切の居場所を失ってしまった。

「あはは、スッキリしたね。あれだけ憎んでいた学校を木っ端微塵にできたし。」

萩原はいつものような微笑みを浮かべるが、唇の端にはまだ罪悪感が残っていた。

「そうだな、だが萩原。これから先はいったいどうするつもりなんだ? 俺たちは犯罪者になったんだぞ。」

罪悪感から目を背けるようにさっき聞けなかった問いを、身勝手にも対抗策が返ってくることを期待しながら萩原に投げかける。

萩原は逡巡してから微笑みを崩さず口を開いた。

「死ぬのよ、爆死・・・。それによってこの“秘密”は完成されるの。」

薄らぐことを期待していた罪悪感が奈落のような絶望へと変わる。死ぬ? 学校を、世界を壊してそれでも結局死ぬ? それでは、世界にかき消されたあのお兄さんと同じじゃないか。

「何か思うところがあるようだけど、これは避けられないのよ。犯罪を犯した時点で私たちはもう後戻りできないの。」

萩原が少し強めに諭してくる。その顔にはもう微笑みは無かった。

「梶井君、最初に渡したダイナマイトは持ってる?」

「すまない、机の引き出しに入れたままなんだ。」

「そう、じゃあ仕方ないね。」

萩原が少し落胆した表情になり、少しして俺の頬に口づけをした。

「な、こんな時に何を?」

俺は激しく動揺し、絶望が少し薄らぐ。

「うふふ、可愛い。・・・私はね、あなただから決めたのよ。必ずついてきてくれるって信じてるから・・・。」

萩原は立ち上がり、一本のダイナマイトを手に巨大杉の根本に寄りかかる。

「じゃあ先に逝って待ってるね、梶井君。」

妖しい微笑みを取り戻し、萩原はライターを取り出してダイナマイトへ点火した。導火線がなくなるまでのほんの少しの間、萩原の口元が微かに動く。

“さよなら、同類。”

確かに口元からそう読みとった直後、萩原は激しい閃光にかき消された。巨大すぎの根本に萩原だったものが散乱してこびりつく。

「萩原・・・。う、うぇっ!」

初めて目視する惨状に身体は拒否反応を示して胃の内容物を全て晒け出させた。俺はしばらく、内容物がなくなってもえづいていたが、拒否反応が落ち着いてくると薄らぐ意識の中、自宅へと足を動かしていた。


     ■

ガスコンロに点火した火は青く美しく、円陣を組んで踊っていた。その目の前にダイナマイトを握った手を持ってきて眺める。俺の憎む世界を壊してくれた力、そして世界に包囲された俺を救い出してくれる同類。

「・・・今逝くよ、萩原。」

ダイナマイトをガスコンロに放り込むと煌びやかな激しい閃光が部屋に充満した暗闇と共に俺をを喰らっていく。意識が消える刹那、閃光の向こうに初めて純粋無垢な笑顔の萩原を見つけて俺は微笑む。

「はは、初めて可愛く笑ったな・・・。」

そのまま、意識は閃光の中に飲み込まれて溶けていった。


     ■


「えー、またもや事件です。つい先程、団地内の一軒の民家が突如、爆発しました。この爆発で十四歳の中学生が1名、行方不明とのことです。詳しいことはまだわかっていませんが、警察は学校の爆破、巨大杉の肉片との関連を含め、真相の解明を急ぐとのことです・・・。以上、現場からお伝えしました。スタジオへお返しします。」

「ありがとうございました。世間は暗い事件ばかりですね、いち早く解明されることを期待しています。・・・さて、お次は終戦記念の特集です。」


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肉片と爆発 松岡りづる @rizzle319

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