第5話:華やかなるモデル道

 十代後半のハイティーン向け雑誌、『Girl'sWork』。この雑誌には専属のティーンズモデルとスタイリスト、カメラマン等がいる。山瀬明が西野ゆかりに声をかけられたのには訳がある。

 西野ゆかりは明と同じ大学に通いながら、学業とモデル業という二束のわらじをこなしている。モデルだけあって美千代並に整った顔立ちをしている。声をかけられた明は、突然のことに動揺しながらも、彼女と共にカフェに行く事にした。

 カフェラテを注文し、席に座る。

「それで、僕に相談というのは何ですか?」

 こんなに綺麗な同年代を前にすると、どうしていいのか解からなくなる。妹がいる事はいるが、彼女は目の前の美人と違って、それほど『綺麗』とは言い難い。無難に敬語を使う。

「……実は、わたしストーカーに付きまとわれているみたいなの」

「ストーカー? 警察には行ったんですか?」

 彼女は首を左右に振った。

「行ったけれど、対処してくれない。何か被害にあってからでないと、って言われたわ」

 これは智也向きの相談だと思われる。明はすぐ彼の携帯電話に連絡してみたが、留守番電話サービスにしか繋がらない。

「おかしいな……。いつもならすぐ出るのに」

 メッセージを残し電話を切った。もちろん、『美人からの依頼』と伝えるのも忘れない。

「わたしどうしたらいいの……?」

  目の前のゆかりは、今にも泣きだしそうに、その整った顔を歪めた。あまり女性に免疫のない明は、慌てるしかない。……ん? 女性?

「待ってください! もう一人、心当たりがいますから、連絡してみます!」

 彼女が泣き出す前に、と急いで最近交換したばかりの連絡先にコールする。相手は、やはりワンコールで出てくれた。その事に、明はホッとも値を撫で下ろす。

「もしもし明? 何? もしかして依頼とか? ……言っとくけど、僕は高いよ?」

「そのへんは大丈夫でしょう。モデルさんです! しかもあなた好みのタイプだと思います、多分」

 雑誌名を伝えると、その相手はとても嬉しそうな声で言った。

「じゃあ、さっそく、会おうか? 僕はどこに行けばいいワケ?」



「あれは北川美緒だね! やっぱり本物を生で見るってのはいいね! とっても可愛い!」

 撮影現場に同行した明は、先に着いていた茜と合流した。明とゆかりが到着した時、彼女は看板モデルである北川美緒にサインを求めていた。十六歳で看板モデルの北川美緒は、茜の言う通り、非常に可愛らしい。……が、今の目的は彼女ではない。一緒いるゆかりは、もっと頼りがいのありそうな男を想像していたらしく、茜のはしゃぎように困った顔をした。

「茜さん、僕たちは、遊びに来たわけではないんですよ? ……こちらが依頼人の西野ゆかりさんです」

「あの……本当に大丈夫なんですか?」

 その不安そうな様子に茜は心外だという顔をした。

「大丈夫です! 僕はこれ見えても、ちゃんと準備してきましたから」

 最新号のGirl'sWorkを捲りながら彼女はにっこり笑った。そこに栗色の髪をショートにした、長身の美人がやってきた。

「あら、先月ぶり、ゆかりちゃん。……そちらは彼氏?」

「いえ、ファンです」

 明をちらりと見ながらその美人は訊いた。明は内心で、その質問を肯定してくれる事を期待していたが、そんな甘い話があるわけでもなく。

「ふーん。あなた達あたしの事は知ってる?」

 男性向けのファッション雑誌もろくに読まない明には解からない。茜は彼女を見上げながら答えた。

「黒川あやめさんですよね? よくゆかりさんと着回し対決特集に載ってる」

「正解。……あたしの事を知らないなんて、そこの男は非常識ね」

 相当に気が強く負けず嫌いな性格らしい。なぜか自分の周りには気の強い女性が多い気がするのだが、明の気のせいだろうか?

「不快だから一服してこようっと」

 『ハワイアンブルー』という銘柄のマイナーな煙草を取り出して、彼女は喫煙所へ向かった。

「ゆかりちゃん、メイクの時間よ」

 化粧が濃すぎて、くどいくらいの細身の女性が後ろから現れた。せっかくプロポーションは良いのに、濃すぎる化粧で台無しだ。彼女はゆかりの知り合いらしい。それまで張りつめていたゆかりの表情が緩んだ。

「ビックリするじゃないですか! 前から出てきてくださいよ、冷夏さん!」

「だって取り込み中だったみたいだし」

 彼氏? と、今さっき出会ったばかりの黒川あやめと同じ質問を、彼女はした。ゆかりはそれをあっさりと否定している。茜がどこか怒ったような表情で問う。

「その人は?」

 ショートボブの髪型にシャツの袖をまくった彼女は茜の問いに答える。

「私はメイク担当の氷室冷夏。この雑誌のメイクは、全てと言ってもいいくらい私がやってるわ」

「……ああ。あなたが、あの氷室さんですか。確か十人並みでもメイクで可愛くって特集やってましたね?」

「そうよ。誰だってメイクで可愛くなれちゃう! って事を証明したくて、メイクアップアーティストになったの!」

 そんなメイクの濃い冷夏は「すっぴんは凄いわよ」、と笑ってみせた。男の明にはメイクも何もあったモノではない。……智也は気を遣っているようだけど。僕も少しは気をつけようか? なんて事を考えていると、撮影に参加するスタッフたちがそろったようだ。

 そうこうしているうちに撮影が始まった。本来なら部外者である明と茜は、ゆかりに頼まれて怪しい者はいないか探していた。例のストーカーは、撮影時の事もメールしてくるらしい。具体的に聞くまでもなく、迷惑な話だ。二人は撮影を見学しつつ、不審者を見逃さないよう努めた。

 女性向けのファッション誌というだけあって、関係者はほとんどが女性だ。その中に長身の男がいた。智也と同系統の顔立ちのイケメンだ。彼とは違った染めた茶髪が良く似合っている。男の明から見ても、彼は格好いい。その彼の様子から察するに、多分カメラマンだ。看板モデルの北川美緒を中心に、その他のモデルたちのものも大量に撮っている。

「あの人は?」

 茜が訊ねると傍らの女性スタッフが教えてくれた。

「ああ、瀬川さん。この雑誌のカメラマンよ。……なんでも、美緒ちゃんと付き合ってるってウワサがあるのよ!」

 ジャケットを羽織った北川美緒は、彼に向かってニッコリと笑っている。

「へぇ……。彼女は相当モテるんだね。流石はモデル!」

「いやモデルじゃなくても彼女は魅力的ですね」

 茜の発言は親父ギャグだったのかもしれない。それに気づかず、スルーした明は正直な感想を漏らす。美緒の次にはゆかりが奥から出てきた。セミロングの髪をなびかせて白いニットを着る彼女は実に可愛らしい。彼女に憧れる女子が多いのも納得できる。……しかし、ストーカーをも魅了してしまうあたりはいきすぎだが。

「ホント、可愛いよね! 僕はファッションには興味ないけど、彼女には興味あるな」

 いつものジーンズと白いシャツの上から、濃い緑のパーカーを着ているだけの茜はファッション云々以前だろう。似合う服を選べば悪くない素材なのに。もったいないと明は思う。今のところ怪しい人物は見かけない。みんながみんな、明と智也の関係のように、キャイキャイお喋りをしているだけだし。

「僕は控え室の方をチェックしてくるから、明はここにいて」

明は言われるがままにその場に残った。



 控え室に向かった茜は、その途中で喫煙室にて煙草を吸う、黒川あやめを見かけた。シガレットケースは茜でも知っている有名ブランドのものだ。モデルというのは細かいところまでこだわっているものなのか。

「黒川さん!」

 茜が声をかけると彼女は驚いて煙草を落とした。床のカーペットの一部が、僅かながらも黒く焼け焦げた。

「撮影はいいんですか?」

「……あたしは、この後の対談が今日のメインだから。好評企画『あやめの部屋』のね」

 『あやめの部屋』というのは人気のある読み物だ。人気の秘密は、人気モデル黒川あやめが読者の悩みを『毒舌』で斬る、というところにある。茜も立ち読みをする程度には興味がある。

「あやめちゃん、そろそろメイクしないと!」

 そこへメイク担当の冷夏が来た。どうやら企画の撮影の準備が予定よりも早く整ったらしい。

「冷夏さん、お願いだからあたしに似合うメイクをしてくださいよ?」

 煙草の紫煙をくゆらせながら、あやめはふてくされた。……茜が声をかけた時に落とした煙草の吸い殻は、そのまま床に落ちたままだ。彼女が今吸っているのは、どうやら二本目のようだ。

「あらどうして? 可愛い顔立ちしてるんだから、絶対にフェミニン系がいいわよ!」

「ああもう! なんでいつもあたしの注文聞いてくれないの!?」

 このパターンだと巻き込まれる、と予想した茜はそこからコッソリと逃げ出した。

「あなたも……」

 冷夏が彼女のいた場所を見るも、既にそこに茜の姿はなかった。



「息が詰まるね」

 紙パックの甘いコーヒーを飲みながら、茜は隣のパイプ椅子に座っている明に話しかけた。華やかなスタジオがこれほど息が詰まるとは思わなかった。明も同じ気持ちのようで、溜め息をついている。

「何か解かりましたか? ……僕はもう帰りたくなったんですが」

「僕も同じ気分だけど、『仕事』だからね。はぁ……可愛い女の子を見てて、こんなに疲れたのは生まれて初めてだよ。男から見れば贅沢だって言われるだろうけどね」

「それで思い出したんですが、ストーカーは男らしいですよ。電話をしてきてひたすらハアハア言ってたり、写真に『君は僕のもの』とか書かれてポストに入れられたりしたそうです、彼女によると」

 確かにその程度では、警察は動かないだろう。例え若い女性とはいえ、モデルも立派な『仕事』だ。茜がプロの『探偵』として働いているのと同様に、彼女――西野ゆかりもまたプロの『モデル』だ。ストーカー被害は立派な有名税と見なされてもおかしくない。茜はそんな事を思いながら、明に訊いてみる。

「もっと決定的な証拠とかないの?」

「……無茶言わないでください。僕はただの学生ですし、智也とは違うんですから」

 ただの一人の学生と、一人前の探偵では比べようがない。というよりその意味すらない。

「……仕方がない。もっと調査してみるか」

  彼女はそれまで飲んでいた紙パックを握りつぶすと、それをゴミ箱に投げ入れた。



「今日は遅かったねぇ? ……今日も可愛かったよ、僕のゆかり。今日着てた白いニット超似合うよぉ。たまんないよ、ゆかりィ! ……ハアハアハアハア……」

「いやあぁぁぁ!?」

 ゆかりは真夜中に悲鳴を上げた。


 大学で西野ゆかりを見かけて、一方的に親しくなったつもりでいる明は、さっそく声をかけた。その周囲では、彼女を『高嶺の花』だと最初から諦めている男たちが、一斉に明を睨みつける。

「ゆかりさん!」

 そう声をかけても、彼女は生気のない顔で一回だけ頷いたきり、黙りきっている。色白の彼女のきめ細やかな肌の目元には、いつしかコンシーラーでは隠しきれないくらい、大きな隈が出来ていた。

「……もしかして、またストーカーですか?」

 再び頷く。顔から「話しかけないで」オーラが漂っている。……これではストーカーの思い通りだ。茜に一緒にいてもらう方がいいかもしれない。そう思って携帯電話を取り出した時だった。

「……別の探偵さんは駄目なの? 山瀬君ってその手の業界には顔が利くんでしょ?」

  彼女の口をついて出たのはそんな言葉だった。

「ゆかりさん?」

「だって……あの探偵さん、全然頼りにならないんだもん!?」

  確かに昨日の茜ははしゃいでばかりだった。そう感じるのも仕方がないかもしれない。だが彼女本人に黙って智也に頼むと、後で明が彼女に恨まれる。それに、智也は外見が整っているからか、かなり結構モテる。もし、「ゆかりと付き合う事になった」と言われても納得出来るレベルに。しかし、彼と付き合って後悔する女性も多い。出来る事ならこのまま茜を頼りたい。……同じ女性同士、通じるところもあるだろうし。

「今日だけ茜さんに頼んでみて、力不足だと判断したら別の人を紹介します。それでどうですか?」

 ゆかりは少し考え込んだ後、それでいいと言った。



「……そういう訳で、必ず今日中に解決してくださいね?」

 明はゆかりに聞こえないよう、耳元で茜にそう伝えた。昨日のストーカーによる被害も既に話して聞かせた後だ。昨日はあれだけはしゃいでいた彼女は、ぶっきらぼうに言った。

「あーハイハイ。確かに、真夜中にそんなキモイ電話がかかってきたら眠れないよね。女性の敵だよ!」

「……本当にお願いしすよ? ……彼女、ノイローゼ寸前なんですから」

 茜はカバンから取り出した手帳を開くと、何枚かページを捲った。その書いた本人にしか解読は不可能、と思われる文字で埋め尽くされたページに目を通した茜は、こう断言する。

「今のところ解かっているのは、犯人は現場関係者って事と女って事」

「え? でも、電話は男の声だった、ってゆかりさんが言ってたじゃないですか? それになんで現場関係者なんですか?」  茜は「そんな事も解んないの?」という眼で、明を睨みつけた。その彼女の目元にも、隈が出来ていた。……もしかして、睡眠時間を削って調査してくれた?

「まず、電話の声はボイスチェンジャーで作った音声。今時は、結構簡単に手に入るし、男の声の方が恐怖心を煽れるからね」  そう言って彼女が指差したのは、手帳のとあるページ。そういった機械を販売している店のリストだろう。解読不能な雑な文字は明には読めないが。

「あと現場関係者っていうのは、昨日着ていた服の事を言ってたんでしょ? この個人情報にうるさいご時世に、警察とか『上の連中』みたいに、そう簡単に電話番号なんて解るわけないし」

 昨日の段階で大方その目安はついていたのだろう。流石はプロの『探偵』だ。智也ではなく、こうして彼女の頼んでおいて、むしろ正解だったのかもしれない。

「それで……僕にも解からないのは『動機』なんだよね。……ゆかりさん、何か心当たりは?」

 その言葉で、今まで聞き役に徹していたゆかりが口を開く。目を動かしながら、考えをまとめているのだろう。しかし、その目元には痛々しく感じるくらい、メイクでも隠しきれない隈が目立っている。

「……特に思い当たらないです。このお仕事をしてると、同じモデル仲間のあら捜しみたいな事も普通にあるし……」

 モデルの世界は楽なものだと思っていたが、実際は随分イメージとかけ離れている。もっとモデル同士、女性同士は仲のいいものだと思っていたのに。明は自分の想像が甘かった事を思い知った。隣の茜の方を見るとなぜか納得していた。

「……茜さん、あなたはショックを受けたりはしないんですか?」

「え? 女なんて程度の違いはあれど、大抵の場合はドロドロしてるもんだよ? ……モデルならそんな事ないとでも思ってたの?」

 質問を質問で返された。女の人って怖いんだ……。その茜それまで見ていた手帳を鞄に仕舞ったところだ。

「あら、ゆかりちゃん。こんなところにいたの?」

「冷夏さん」

 今日も隙のないメイクをした氷室冷夏が、控室の中に入ってきた。ファンデーションを厚めに塗っているからか、出来の悪い人形のように生気のない顔に見える。茜がじっと見つめると、彼女は慌てて言い訳した。

「……あぁ、今日は寝坊しちゃってね。メイクもいまいちなの。メイクのお時間だから、ゆかりちゃんを迎えに来たの。さあ行きましょ?」

「……それでは、後で」

 ゆかりは何の疑いもなく冷夏について行こうとしたが、それを茜が引きとめた。怪訝な表情で彼女を見返すゆかり、そして冷夏。

「……なぁに? 予定が押してるのよ、急がなくちゃ!」

「……ストーカーの正体はあなたですね? 氷室冷夏さん」

 冷夏の表情が凍りついた。今まさに彼女に腕を引かれていきそうになっているゆかりは、茜が何を言っているのか理解できないといった顔で、動きを止めた。

「……昨日見かけた、ゆかりさんに近い『仕事』関係者は四人。モデルの北川美緒と黒川あやめ、メイクアップアーティストの冷夏さん、カメラマンの瀬川さん。……とりあえず、瀬川さんと北川美緒は違う」

「なぜそう断定できるんですか? もしかしたら、その二人が組んで嫌がらせしてるのかもしれないじゃないですか?」

 やっぱり明は所詮、明でしかないんだな~と茜はぼやいた。ゆかりも彼の言葉に同意するように頷いている。名指しで犯人呼ばわりされた冷夏は、黙って茜の言葉を待っている。

「あの二人は付き合ってる、って噂があるじゃない。だったら、普通は嫌がらせなんかより、その時間と労力をデートとかに使うでしょ。それに何より、その二人には動機になる要素がない。……昨日の撮影風景を見る限りはね?」

 ほぼこじつけに近い茜の『理屈』に明が反論しようとする。

「でもゆかりさんに嫉妬して……とか?」

「それはない。北川美緒は看板モデルだよ? しかも瀬川さんっていう素敵な恋人もいる。同じ事は黒川さんにも言える。彼女は、ゆかりさんと並ぶモデルで、企画の『あやめの部屋』も好評連載中。……嫌がらせをする理由がない」

「確かに」

  そう頷く明自身も、北川美緒のように可愛らしいモデルが自分の恋人ならどれほど幸せか。そう思うと瀬川さんに嫉妬してもおかしくないと思う。

「つまりストーカーは残った、冷夏さんという事だよ。……何か言いたいことはありますか?」

 冷夏の手がゆかりの腕を掴んだままであることに気づいた時には遅かった。

「……そうよ。アンタの推理通り、ストーカーはこの私。この小娘は私のメイクを侮辱したの、……この程度のメイクなんか自分でも出来る、ってね!?」

「冷夏さん、お願い離して! ごめんなさい! 調子に乗ってたわたしが悪かったんです!?」

「アンタは可愛いからって、モデルだからって、自分のメイクを手抜きしても、みんなから「可愛い」って言ってもらえる! でも、私はそうじゃない! 私のメイクは芸術なのに!」

「……そっちがその気なら、こっちだって考えがありますよ?」

 茜の言葉にも動じず、冷夏は鋏を掴んだ。――髪を切る気だと、そこにいる、冷夏以外の三人全員がそう思った。思わず目を閉じてしまった明が、恐る恐る目を開けた時には正月の時に使ったスタンガンを手にした茜の姿が目に入った。彼女は全く恐れず、『鋏』という凶器を持った犯人を見事撃退したのだった。



その後、入っていた撮影のスケジュールを緊急事態だという事で真っ白にして、ゆかりと共に行った警察で、明は驚くしかない事を繰り返し言われた。

「……だから、今の法律じゃストーカーも「髪を切ろうとした」、くらいじゃ拘留できないの! ……こっちだって忙しいんだから」

 それはつまり、たとえプロのモデルとして大切な『仕事道具』の一つである髪を切られた、としても泣き寝入りするしかない、というワケだ。

「……ほ~ら、僕の言った通りでしょ? ……だから僕は『警察』ってヤツが嫌いなの。何かかあったら、今度からは遠慮なく、僕を頼るといいよ」

  茜はそう言って報酬を受け取ると、そのまま陽の落ちた街のどこかへと消えた。

「……そんな」

 呆然と絶望するしかないゆかりを、ただ『励ます事』しか出来ない自分を、明は不甲斐ないと思った。

 華やかなモデル業界。でもその裏側には様々な人々の思惑がある。今回の事件はそれを痛感させるものだった。

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