侵食開始と警戒


……アア、足リナイ。彼ヲ殺シテモ、夢アリスヲ殺シテモ、消エルダケ。アノ人モ力モ手ニ入レラレナイ。何故ナゼ何故!


「……オマエジャナイワ」


━━黒い空洞の眼で見つめるは、恐怖顔の生首。髪を乱暴に掴み、投げ捨てた。

打ち捨てられた生首と首なし骸……かつて"カリーナ"と呼ばれた少女、夢住人。

黒の女王は探していた。夢アリスのいた夢舞台に微かな気配を感じたものを手探りで。

……彼女が立ち去ったあと、夢守人により無惨な『カリーナ』は発見され、夢アリスに報告がなされた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


━━ここは……。起き上がると、手首からピピッと電子音が鳴る。


「……これ、また……続き? 」


はっとした。意識が統一されている?


『おはよう、エリス。いきなりで悪いのだけど、今日は急遽、学園がお休みになったの。……カリーナのこと、覚えてる? 』


アリスからの個人通話だ。


「……おはよう。うん、覚えてるわ」


行方不明になり、死んでしまった。考えられることは……ありえてはほしくない。でも、この重い空気……。カリーナは"殺された"んじゃないかって思う。


『あのことで学園が生徒を守るための措置として、暫く休校になったの。今後どうするかはまだわからないけど、最低でも今日は"そこから出ないで"。お願いね』


用件だけ伝えると、通信は途絶えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「エリス……"江梨子"、ごめんなさいね。これ以上はあなたを、更に不安にさせてしまうから。……ふふ、おかしいわね。最初はわたくし、あなたを利用しようとしていたはずなのに……」


いつの間にか、夢アリスの中で変化が起きていた。夢住人の性か何かはわからない。だが、夢見人を優先的に守らなくては、特に貴裕と江梨子は……。


「邪魔するぜ」


「邪魔するなら帰ってちょうだい」


「はいよ~、じゃねぇよ」


夢アリスの両親の親友が呆れた顔をしていた。


「……何なんだよ、それ」


「江梨子の好きなお笑い番組のネタよ。知らなくてノリツッコミしたの? で、何の用? 」


数枚の、びっしりと文字が敷き詰められた紙を渡される。一瞬で夢アリスの顔が青ざめた。


「……これだけの夢住人が行方不明? 」


クラスメイト分だけでも二十名以上。


「大方、誰も行方を知らないときたら……」


……もう、殺されている。


「犯人はやっぱり……」


「"黒の女王"だ」


最初は夢見人を二人殺したことで捕縛され、幽閉。脱獄し、前夢アリスとその夫夢住人と夢守人三人を殺して逃走。行く先々で夢住人を次々にほふる惨劇を起こして消息を立った。

やり口から、黒の女王と断定。それが出来るのは、ここにいる男だけ。……逃げ仰せたのは彼一人だからだ。


「こんなとき、"赤の女王"がいてくれたら……」


"赤の女王"。"アコルデル・ドリーマー"と呼ばれる、夢の裁き人。彼女の力は強大過ぎるため、夢アリスさえも会うことが叶わない。だが、黒の女王と対峙し、捕縛ないし殺せるのも赤の女王のみである。

夢世界の奥深くに閉じ籠っていると言われていた。実在するのに、半ば伝説扱いである。本人もあまり力を使うことをよしとせず、引きこもっている、との噂だ。


『妾の力を過信してくれるな』


捕縛の際、そう告げられたにも関わらず、皆が警戒を怠ったが故の脱獄だった。


「あの女王はよくわかんねぇからなぁ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……コレモチガウ。何故見ツカラナイ? コンナニイルノニ、ドレモチガウ」


彼女の周りには……。

穴だらけの夢住人、五体が散り散りになった夢住人、首とさよならした夢住人、たくさんの屍が点在し、……"臭いがない"ことだけが意識を保てるほどだ。


━━ビキッ


空間に亀裂が入る。……ついに、夢世界と現実世界の均衡が崩れ始めた。夢と現実が混合されれば、どちらもただではすまない。


黒の女王はそれを無理矢理抉じ開けに掛かる。


━━ビキビキッ! バキン!


大きな欠片が落ちると同時に中に飛び込んだ。


「……夢見人ノ世界。アア! 感ジルワ! ココニイル! アハハハハハハハハハハハ! 」


彼女が飛び出したのは、真夜中の公園。何かを感じ、走り出す。黒い眼、蔦のうねる髪が切れ掛かった街頭に照らされ、更に恐怖を駆り立てる。


無差別で走った先から、悲鳴が響き渡る。一人二人ではない。夜中に出歩く者も少なくないからだ。


「アハハハハハハハハハハハハハハ! 」


彼女の通った場所には、逃げられたなかった人間━夢見人━が、無惨に切り裂かれて転がる。

首を切り裂かれて分離したもの。

胴体を切り刻まれ、内臓物を覗かせるもの。

蔦に貫かれるもの。

いくら説明しても追いつかないほどの、凄惨な光景が広がりつつあった。


━━悪夢が、現実に侵食を始めたのだ。

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