第8話 遺跡へ1

今日も今日とて、天候は快晴。

 しかし、なにか敵意のようなものすら感じる強烈な夏の日差しも、さすがに鬱蒼と木々が生い茂ったこの深い森の中までは侵攻出来ないようで、辺りは薄闇に包まれている。

 そう。ここは、ポートケタスの周囲に広がる草原を、北に向かって半日ほど歩いた所にある、地図には記載されていない森林地帯である。

 もっとも、一般に出回っている地図はお世辞にも精度がいいとは言えず、非常に小さな村など、本来なら記載されるべきである重要な情報が抜け落ちていたりするのはザラだが、さすがにこれだけ大きな森林地帯となると、さすがにそれを省くような事はしないだろう。

 それにも関わらず、地図に載っていないということは、つまり、ここに近づく人はほとんどいないという事を如実に物語っているわけだ。

 実際、この森林地帯は街道からも大幅に外れているし、近くに人家があるわけでもないので、わざわざこんな不便な場所を目指してくる物好きはまずいないだろうし、そもそも、ここにこんな広大な森林地帯がある事を知っているのは極少数派だろう。

 もちろん、あたしだって、別に物好きでここにいるわけではないし、今の今までこの森林地帯の存在を知らなかった多数派の一人である。

 まさに、「未知との遭遇」。

 これこそ、決して治安がいいとは言えない街の外に出るという、極めて大きなリスクを支払ってまで、あえて旅をする醍醐味の一つではあるが、しかし、今はあまり感動している場合ではない。

 というのも、この森林地帯の中に、ローザが調査を命じられた遺跡があるからだ。

 ここに来るまで、おおむね順調な道中とはいえ、それなりに色々な事があったが、それはあくまでも余興。いよいよ、ここからが本番である。

 そんなわけで、あたしは密かに気合いを入れて……と、なるはずだった。本来は。

「ちょっと、いつまでこんな格好させてんのよ!!」

 もういい加減ぶち切れてしまい、あたしは誰ともなく大声で喚き散らしてしまった。

 なんというか、いちいちこんな事を解説すると、我ながら非常に情けなくなってしまうのだが、あたしは今、体をロープでぐるぐる巻きにされて俯せにひっくり返された挙げ句、ズリズリと地面を引きずられて移動しているのだ。

 そして、あたしの体に巻き付いているロープの端を持ち、まるで荷運びのロバよろしくあたしを引っ張っているのは、他ならぬローザである。

 この状態で、ポートケタスからここまで来たというのだから、もう、なんというか、あたしたちはバカ集団と評されても否定は出来ないだろう。

 まあ、考え方を変えれば、あたしは自分の足で歩かなくて済んだとも言えるが、それにしても、決してラッキーとは言えない。

 なにしろ、先にも述べたが、ここまで『道無き草原』を半日近くも延々と進んできたのだ。

 当然、おざなりとはいえある程度は整地されている街道と違い、地面は自然そのままの状態。

 そんなところを、地面に横になったままズリズリ引きずってこられたのだから、それがどれほど悲惨な様相を呈したか推して知るべし。

 正直、よくも今まで耐えてきたものだと、思わず自分を褒めてしまうほどである。

 ちなみに、よい子の皆様は決して真似しないように。下手すりゃ真面目に死にます。

「……それじゃ、港に沈められた方が良かった?」

 あたしが喚き散らしてからしばしの間を置き、こちらのやや前方を黙々と歩くローザが、こちらを振り向きもせずに、低く押し殺した声でそう言ってきた。

「うっ……」

 と、あたしは思わず短く声を上げてしまった。

 ……ううう、まだ怒ってやんの。こいつ。

 まあ、これでもし立場が逆なら、あたしは容赦なくローザを港に沈めているだろうし、あまり大きな事は言えないけど。

「あはは、マール。これはなかなか貴重な体験だぞ。恐らく、もう二度とこんな事はないだろうし、たっぷり堪能しておくがいい」

 あたしたちのやりとりを見て何が面白かったのか、ローザのすぐ脇を歩くお師匠が、陽気な声で笑い声を上げながらそうほざいてくれた。

「……いえ、例えチャンスがあっても、もう二度と体験したくないです」

 そんなお師匠の背中をジト目で睨みつつ、あたしは思いっきり感情を押し殺した冷たい声でそう言ってやった。

 ……こんの、ボケナス。それでもお師匠兼『親』かと問いたい。問いつめたい。目の前に正座させて、小一時間ぐらい問いつめたい!

 まあ、それはともかく、確かに事の発端となったあの封筒の件に関しては、確かにあたしに絶対的な非があるのは認めざるを得ないし、これは弁解の余地もない。

 むろん、ローザの怒りも十分理解出来るし、事の重大さに比べて、この程度の制裁措置で済んでいるのは、むしろ僥倖とさえ言えるだろう。

 となれば、あたしがいくら喚いたところで、それでローザが許してくれる見込みは限りなくゼロに近いと判断せざるを得ず、それどころか、余り騒ぎすぎると、かえって状況が悪化する恐れもある。

 となれば、ここはいっそ開き直って、思い切りリラックスしてしまう方が、精神的にも肉体的にもよい結果をもたらすだろう。

 そう思って、あたしは気持ちを切り替え、のんびりと周囲の風景を楽しむ事にした。

 ……といっても、なにしろ視線が限りなく低いので、せいぜい木々の根本部分と下生えの草しか見えないのが難点ではあるが。

 ともあれ、自分の置かれたあまりにも情けない状況を考えないようにしつつ、そのままダラダラと森の中を進む事しばし。

 不意に、前方を歩くローザとお師匠の足が止まった。

「クレスタさん、これって……?」

「ああ、間違いないな」

 と、あたしの前にいる二人の間でそんな短いやりとりが行われたあと、そのうちの片方、ローザが素早くあたしの傍らに移動してきた。

「マール、いよいよ本番よ。報酬分プラスあたしの怒り分、きっちり働いてもらうわよ」

 そう言って、ローザは小さなナイフと取り出し、あたしをぐるぐる巻きにしていたロープを切った。

「はいはい、分かってますよ。あーあ、体中泥まみれになっちゃったわ」

 ゆっくりと立ち上がりながら、あたしは体中にまとわりついている泥をパタパタと叩き落とした。

 しかし、当然と言えば当然だが、ここまで引きずられてくる間に、あたしの服はもうどうにもならないほどドロドロになてしまっているので、ちょっとやそっと叩いたぐらいではあまり変わらない。あーあ、こりゃ思いっきり念入りに洗濯しないと落ちないわね。

 内心でそうぼやきつつ、あたしは辺りを見回してみた。すると、こちらのやや前方に、木々に押しつぶされるようにして、ほとんど崩れかけている朽ちた石柱らしきものや、大小の石ころがいくつも転がっていた。

 言うまでもないが、これは明らかに人工物である。

 つまり、あたしたちは、ようやく問題の遺跡に到達したというわけだ。

 といっても、もちろんこれはあくまでも遺跡の一部。まだ、ほんの序の口でしかない。

 ……さぁて、ローザの言葉を借りれば、これからがいよいよ「本番」ね。お師匠はいまだにあたしの事を一人前と見てくれていないみたいだし、ここは一発、気合い入れていきますか。

「ふぅ、こうして遺跡調査をするのも久々だな。マール、言うまでもないとは思うが、慎重にな」

 気合いを充填しつつ、石柱に近づいて行くと、背後からそんなお師匠の声が飛んできた。

 そんなお師匠に、あたしは親指を立てて「分かっている」と答え、ゆっくりと石柱の残骸に近づいていく。

 あまり緊張感が感じられないお師匠の声だが、こういった遺跡の類には侵入者除けの罠が仕掛けられている事もままあるし、なにより、モノが古いので、うっかり変な場所を踏んだり触ったりすると、思わぬ事故を招く事があるのだ。

 もちろん、あたしだって痛い思いはしたくないし、ただの石柱の残骸だと思って、無造作に近づくようなヘマはやらない。

 一歩をゆっくり慎重に踏み出し、靴底越しに伝わってくる地面を踏む感覚に違和感が無い事を確かめ、さらに目で地面に異常がない事を確認してから、さらに次の一歩を踏み出す。

 一番近い場所にある傾き掛けた石柱まで、それこそ、普通に歩けば一分も掛からず到着できただろう。

 しかし、あたしは実にその十倍以上の時間を掛け、ようやくその石柱の傍らに立った。

 そして、その石柱の周囲を一通り確認してから、あたしは後方で待機している二人に、パタパタと手を振って「来い」という合図を送った。

「おっと、ローザ君。マール君が歩いた跡を歩くんだ」

「わ、分かりました」

 という、いつも通り何も考えていなさそうなお師匠の声と、妙に緊張しまくっているローザの声を聞きながら、あたしは目の前にある石柱を丹念に観察した。

 どうやら、この石柱には、何らかの文字か模様が彫り込んであったようなのだが、今はほとんど風化してしまっているので、簡単には判読出来そうにない。

 しかし、よくよく探してみると、比較的まともな形が残っている『彫刻』がちらほら見られる。

 そして、一通り石柱を調べ終わると、あたしは荷物入れに使っている革袋の中から、表紙がボロボロになった、お世辞にも綺麗とは言えないノートにペン、それとインクが入っている小瓶を取り出した。

「おっ、早速始めているな」

 と、どうやらこちらにやってきたらしいお師匠が、あたしの傍らに立ってそう言ってきた。

「ええ。といっても、まだ軽く見て回っただけですけどね」

 と、適当に返しながら、あたしはノートの空白ページを開き、そこに目の前の石柱をスケッチしていく。

「へぇ、結構上手いじゃない。・・・でも、なんだっていきなりこんな所で絵なんて描いてるのよ?」

 と、脇からあたしのノートをのぞき込むようにして、ローザがそう問いかけてきた。

 ・・・おいおい、あんたが言うなよ。

「なんでって、あたしに聞きますか。あんたは・・・。この遺跡の記録を取っているのよ。まさか、あとで報告書を書くとき、『遺跡に行ってきました。なんか楽しかったです』とでも書くつもりだったわけ?」

「あっ……」

 半分呆れながらあたしが答えると、ローザは短く声を上げ、バツの悪そうな表情を浮かべた。

 先に述べたとおり、あたしがこの筆記用具一式を遺跡探索の必需品とするのは、つまり、そう言う事である。

 公式にせよ非公式にせよ、魔道院から遺跡の調査を命じられたということは、つまり仕事である。

 今回はあたしが直接命令されたわけではないので、これが当てはまっているかどうかは分からないが、、通常、遺跡探索という危険が伴う仕事には、諸経費の他に、決して少なくない手当が支給されるものである。

 これは、逆に言えばそれ相応の結果が求められているわけで、遺跡探索が一通り終わったあとも、報告書作成という一大イベントが待っているのだ。

 これは、後でその遺跡に関して深く突っ込んで研究する際の重要な資料になるし、その結果、追調査となった時の道しるべともなるので、決して手を抜いて作成するわけにはいかない。

 そして、この報告書を書く段階で必要になるのが、あたしが今やっているような、探索記録なのである。

 もちろん、あたしとて人並みに記憶力があるつもりではあるが、しかし、人の記憶なんぞ実にいい加減なモノで、その時は覚えていたつもりでも、あとで思い出せなかったり、いつの間にかその記憶が歪んでいたりするものだ。

 まあ、巷に星の数ほど居るであろう悪徳領主や腹黒い大臣なんかは、むしろこの方が都合がいいかもしれないが、こと正確さを求められる報告書作成においては、これではちとマズイというわけである。

 もっとも、こんな事など、いちいち解説するまでもなくローザは心得ているべきなのだが……。ホントに、命令を受けたっていう自覚があるのか。こいつは。

「ったく、『あっ』じゃないわよ。まあ、あなたは遺跡探索なんてこれが初めてだろうし、それなりに報酬も貰っているから、記録作業はあたしが担当するわ。まさかとは思うけど、報告書の書き方が分からないとか、寝ぼけた事は言わないわよね?」

「うぐっ!?」

 ジト目でさらなる追い打ちを掛けてみると、ローザは引きつった笑みを浮かべた。

 ……おいおい、まさかとは思ったけど、報告書一つ書けないのか。ローザの奴。

 うーむ、こりゃ人選を誤ったわね。マリアってば、いくら使えなくて暇人していたからって、遺跡探索にこういう奴を送り込むなんて、ある意味でとてつもなく豪快な決断を下したもんだ。まあ、だからこそ、あたしやお師匠をサポートに付けたんだろうけど。

「ふぅ、しょうがないわね。いちいち教えるのも面倒だから、報告書の事は全面的にお師匠に聞いてね」

『ええ~っ!?』

 ため息混じりにあたしが言った瞬間、マリアとお師匠の悲鳴がキレイにハモった。

「お、おいおい、マール。なんで僕があんな面倒くさい報告書作成を教えなきゃならないんだよ!!」

「そうよ。大体、常識はずれの報酬を貰っているんだから、あなたが書けば済む話でしょう」

 と、なぜか一致団結してしまったらしく、お師匠とローザが唾を飛ばしながらそう言ってきた。

「あのねぇ、あたしが請け負ったのは、あくまでも『遺跡探索のサポート』よ。報告書作成なんていう事後処理まで押しつけるなら、お供するのはここまでよ。

 ちなみに、これは完全にそっちのミスだから、すでに貰っている前金は違約金としてしっかり徴収しますのでよろしく」

「……」

 あたしがキッパリと断言すると、ローザはそのまま黙り込んでしまった。

 一応断っておくが、あたしはなにも無茶を言っているわけではない。

 マリアからの手紙にあったのは、いわずもがな「遺跡探索のサポート役」であって、報告書作成だの何だのといった書類仕事は、完全にその範疇外である。

 もし、そこまで面倒を見ろというなら、それ相応の料金を上乗せした上で、追加契約を求めてくるのが筋というモノだろう。

 とはいえ、一応昔のよしみだし、善意によるアフターサービスとして、少しぐらいは手伝ってあげてもいいかなとは思っていた。

 しかし、当のローザ本人がこの調子で、さも当然とばかりに丸投げしてくるなら話は別である。あたしだって、これでも人の子。そこまでお人好しではない。

「それと、お師匠様。『遺跡探索は担当者が報告書を書いてなんぼだ』とか言って、あたしを散々泣かせてくれたのはどこの誰でしたっけ?」

 ローザを撃沈した事に満足しつつ、口調を改め、今度はお師匠にそうツッコミを入れた。

「うっ、まだ根に思っていたのか、それ……」

 瞬間、珍しく露骨に動揺した様子を見せつつ、身を仰け反らせるお師匠。

 ……おっしゃ、もう一押し!

「ええ、そりゃもう。それに、あたしはもう魔道院とはなんの関係もない人間です。そんな奴に、報告書なんて書かせていいんですか?」

 お師匠の焦りまくった様子を好機と見て、さらなる追い打ちを掛けてやると、相手は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、完全に黙り込んでしまった。

 ……ふっ、また撃沈。いつまでも昔のあたしだと思わないことね。

 胸中でそんな事をつぶやきつつ、数秒ほど時間を空けてから、あたしは再び視線をローザに向けた。

「とまあ、そういうわけで、どうなさいます。ローザ殿?」

 我ながら、ちょっと意地悪かなと思いつつ、わざと軽い口調でそう問いかけてやると、彼女は一つ大きなため息をついた。

「分かったわよ。それじゃ、1500クローネで報告書作成を追加注文させてもらうわ。これなら文句ないでしょ?」

 そう言って、苦い笑みを浮かべるローザ。

 うわっ、あっさりカネで解決しやがった、こいつ。

 うーむ、あたしとしては、ここまで言ってやれば、『自分で書くわ』という展開になるだろうと期待していたのだが……。    

 まあ、金額的には妥当だしこの条件なら文句はないが、しかし、なんというか、これが庶民と貴族の違いかしらねぇ。

 などと、しみじみ思っていると、黙りを決め込んでいたお師匠が口を開いた。

「いや、ローザ君、それはいかん。例え非公式とはいえ、遺跡探索の命を受けたのはあくまでも君だ。したがって、君は自分の名において、最終的に報告書を仕上げる責務がある」

 と、急に態度を翻し、思いっきりくそまじめにそう言うお師匠。

 かなりまともな事を言っているようだし、それなりに説得力はある。

 ただし、その言外に「ンな面倒くさい事は、てめぇ自身でなんとか片づけろ」という思いが見え隠れしていなければの話だが。

 そんな、お師匠の言葉なき言葉に気が付いたのかそうじゃないのか、そこまではあたしも分からないが、ローザが一瞬にして顔を紅潮させた。

「く、クレスタさん、いきなり裏切るなんて酷いです!」

「裏切るもなにも無い。君だって、もう魔道院に所属する一端の魔道士だ。自分の仕事は、ちゃんと責任を持ってこなさなければならない」

「責任もなにも、あたしは今まで遺跡探索なんか一度もやった事ないんですよ。これでどうやって報告書なんて書けるんですか」

「そんな事知らん。大体、知らないなら知らないで、分からない所を人に聞くなりして、色々と努力する余地はあるだろう。しかし、君はいきなり人に押しつけようとしているだけだ。そんなことだから……」

 ……あーあ、説教モードに入っちゃった。

 まあ、この二人のことはどうでもいいとして、あたしはあたしの仕事を片づけるのみ。

 目の前の石柱をささっとスケッチして、その脇に特徴や判読可能な彫刻の形を書き込んでいく。

 こうする事で、あとで資料として役立つ他に、眺めているだけでは考えつかなかった事に改めて気が付く事もある。

 ……ふむ、この彫刻は今はとっくに廃れてしまっている古代ロンザ語ね。

 元々はちゃんとした文章だったのだろうが、今現在判読できる限りでは『火』『水』『死』『太陽』『海』という断片的な単語しか分からない。

 しかし、例え言葉としてちゃんとした意味が理解出来なくても、全く意味がないわけではない。

 例えば、古代ロンザ語が使われていると言う事は、この遺跡が作られたのは今からおよそ1200年ほど前。『古代魔法時代』が最盛期を迎えていた頃だと推察出来る。

 ということは・・・。

「はい、二人ともストップ!」

 いまだに言い合いを続けている二人に向かって、あたしはパンパンと手を打ちながら、一言そう言った。

 すると、その二人はピタリと動きを止め、あたしの方に注目する。

「え~、コホン。今この石柱を調べた結果、古代ロンザ語と思しき文字を見つけました。つまり、この遺跡は、古代魔法時代に作られた可能性が高いという事になります。この事が、なにを意味するか、賢明な諸君にはもうお分かりですね」

 と、なんだか我ながら魔道院で講義をする指導教官のような口調で、あたしは二人にそう言った。

 瞬間、お師匠の表情がスッと引き締まった。

「……なるほど、大当たりってことか」

 今までのいい加減な口調はすっかり形を潜め、落ち着いた声でそう言って、お師匠はニヤッと笑みを浮かべた。

「その通りです。もしかしたら、なにか面白いものが見つかるかもしれませんね」

 お師匠にそう返し、あたしは思わず苦笑してしまった。

 ……まあ、相変わらずというかなんというか、何かにつけいい加減っぽいお師匠だが、こと遺跡に関してだけは、昔から覿面に興味を示すのだ。

 まして、古代魔法文明が盛んだった時代の遺跡となれば、例えお師匠じゃなくても、ちょっと遺跡に関する知識がある者なら、誰だって少なからぬ興奮と緊張を味合うものだろう。

 というのも……。

「ちょっと、二人で勝手に話を進めないで、あたしにも解説してよ」

 と、いきなりローザが不満げにそんな事を言ってきた。

「あー、はいはい。さっきもちょっと言ったけど、この石柱に書かれている文字は、古代ロンザ語っていって、今からおよそ千二百年ぐらい前に、この辺り一帯を支配していたロンザ王国で使われていた文字なのよ」

 頭をカリカリと掻きながらあたしがそう言うと、ローザは『ふむふむ』などと言いながらうなずいた。

「で、そのロンザ王国ってのが、別名『魔法大国』って呼ばれているほど、やたらと魔法の技術が進んでいたらしくて、今よりもかなり高度な文明を築いていたらしいのよ。まあ、今でいうと、このアストリア王国みたいな感じかな」

「へぇ。一応、聞き直しておくけど、『魔術』じゃなくて『魔法』よね?」

 あたしの説明に、ローザは関心したような声を上げてから、不意に口調を改めてそう問いかけてきた。

「そう、『魔法』。つまり、今で言う『古代魔法』よ」

 あたしが答えると、ローザはやや緊張したような面持ちで、コクリと一つうなずいた。

 どうやら、彼女もあたしが言いたい事を何となく察してくれたらしい。

 「古代魔法」とは、あたしたちが使う「魔術」の原型とされるもので、通常では起こりえない超常現象を意図的に引き起こす事こそ同じものの、その効果は雲泥の差がある。

 その一例を傷を治す「回復系」で示せば、魔術では高位のものでも、せいぜい骨折を瞬時に治す程度が限界だが、古代魔法では、負傷者の命さえ残されていれば、どれほど瀕死の状態でも、たちどころに回復できたといわれているのだ。

 その他にも、あのペンタム山脈は自然に出来たのではなく、大昔の魔道士が魔法によって作り上げたものとか、プレセア大陸とアストリア大陸は元々一つの大きな大陸だったのだが、ロンザ王国の王宮に使えていた魔道士が、ある時行った攻撃系魔法の実験に失敗し、それが暴発したことによってエレナ海峡が出来たなど、遺跡から発掘された過去の記録には、色々ととんでもない逸話が残っていたりする。

 ちなみに、このエレナ海峡の名は、その実験に失敗した魔道士の名前、エレナ・エスクードに由来する。

 そう、よりによって姓が「エスクード」xである。

 もしかしたら、あたしの祖先だったりするのかもしれないが、仮にその通りなら、もうちょっとマシな形で歴史に名を残して欲しいものである。

 まあ、あたしも人の事は言えたモンじゃないけど……。

「なるほど。これが、噂に聞く『宝箱』ってわけね」

 と、固い声でつぶやくローザの声が聞こえた。

 見ると、彼女は明らかに緊張した様子で、辺りをきょろきょろと見回している。

……「宝箱」。これは、魔道士たちの中で、特に古代魔法時代に作られたと思われるものを指してそう呼び習わす、一種の隠語のようなものである。

 なぜ「宝箱」と呼ばれるようになったのか、その理由は至って簡単。この古代魔法時代の遺跡には、古代魔法の様々な痕跡が残されている可能性が高いからだ。先も述べたとおり、古代魔法は魔術の原型となったものである。

 現在では、この古代魔法を直接使える人間は誰一人としていないが、しかし、それを研究する事で、全く新しい魔術を生み出すきっかけとなる可能性があるのだ。

 はっきり言って、この「宝箱」が存在しなければ、あたしのような魔道師はとっくにこの世から消えていたことだろう。

 ただし、こういった魔道士にとってはかけがえのない資産である「宝箱」だが、実際に「開けて」みない事には、中に何が入っているか分からないという危険がある。

 実際、今いるこの遺跡に関しても、先に派遣された調査隊が行方不明になっているという事でも、その危険がどの程度のレベルか大体察して頂けることだろう。

 しかも、これだけのリスクを承知で遺跡に潜り込んでも、必ず「お宝」が眠っているという保証はなく、むしろ、単に疲れるだけの[空箱]である事の方が多いのだ。

 これは、魔道士であるなら誰でも知っている事実なので、ローザのように遺跡探索の経験がない者でも、目の前の遺跡が[宝箱]であると聞かされれば、おおよそこういう反応をするものである。

「まあ、それほどビビる事はないわよ。『やたらとその辺を触らない』『無闇に変な場所を踏まない』『危なくなったらすたこら逃げろ』。この三原則を守ってもらえれば、滅多な事じゃ酷い目に遭わないわ」

 とにかく緊張しまくっている様子のローザに、あたしはワザと気楽な口調でそう言った。

「つまり、『滅多な事』があれば、酷い目に遭うと」

 しばしの間を開けてから、ローザが重い口調でそう言ってきた。

 ……むぅ、気づかれたか。

「大丈夫よ。あたしも今までに二十六回「宝箱」の探索をやってるけど、本気で死にそうな目に遭ったのは十回ぐらいしかないから」

 動揺を胸中に隠し、あたしは至って平然とした風を装ってローザにそう返した。

「・・・当選確率四割弱。安心するには、ちょっと微妙な数字ね」

 すかさずそう返してきたローザに、あたしは咄嗟に言い返せなくなってしまった。

 うーむ、よくよく考えてみれば、十回遺跡に行けば四回は「滅多な事」が起こるってことだから、少なくとも「珍しい事」ではないわね。

「うむ、ローザ君の心配は僕もよく分かる。しかし、なんだかんだ言っても、僕やマール君がこうして生きている事は確かなんだし、まあ、安心してくれて構わないぞ」

 と、あたしが言葉を詰まらせていると、お師匠が脇からそう助け船を出してくれた。

 もっとも、お世辞にも説得力があるとは言えないけどね。

 やはりというか、なんというか、ローザはお師匠の声が聞こえていなかったかのように、しばしブツブツとなにやらつぶやいて居たが、やがて、大きくため息をついた。

「・・・まあ、嫌でもなんでも、こうしてここに来た以上は、任務を全うするのみ。さっさと終わらせて、ポート・ケタス辺りで打ち上げ大会といきますか」

 あたしたちの説得にもならない説得工作(?)が役に立ったのか、なんとか気持ちの切り替えに成功したらしく、ローザはなにか諦めたかのような口調で、そう言って小さく笑みを浮かべた。

 そんな彼女の様子に、あたしとお師匠は何となく顔を見合わせ、そして、お互いに苦笑を浮かべてしまった。

 まあ、理由はどうあれ、ローザがやる気を出してくれれば、それに超した事はない。

「ほら、二人とも、こんな辛気くさい場所さっさと調べて帰るわよ」

 あたしとお師匠がそんな事をやっているうちに、ローザはそんな事を言いながらずんずんと先に進んで行った。

「はいはい。こら、無闇に歩くと危ないわよ」

 と一応警告しながら、あたしとお師匠はゆっくりとローザのあとを追ったのだった。

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