第6話 ポート・ケタスにて 前編
「ふぅ、ようやく着いたわねぇ」
列車からにホームに降り立ち、あたしは背筋を思い切り伸ばしながら独りごちた。
出発地であるクランタの街から、列車に揺られることおよそ七日間。
途中、トラブルらしいトラブルもなく、順調に旅を進めてきたあたしたちは、無事にアストリア大陸最北端の町であり、またこの国最大の港町でもあるポート・ケタスに到着することが出来たのだ。
ここで、旅をした事がない人には、七日間もかかるなんて随分遠いと感じるかもしれないが、もし、これが徒歩での移動だったら、最短でも数ヶ月、下手をすれば一年近くかかってもおかしくない道のりなのだ。
それこそ、クランタから七日間では、まだ途中のペンタム・シティにすら到着していないかもしれない。
そういった、今までの旅の常識からすると、この所要日数は驚異的とも言えるほど短いものであり、この列車というモノが持つ能力は計り知れないものがある。
全く、『機械』と聞くだけで激しい拒絶反応を起こす石頭たちも、端から食わず嫌いせずに、一度この驚異的な力を体験してみればもっと柔軟な思が出来るんじゃないかと思わずにはいられない。……もっとも、よりいっそう魔術の優位性が失われると感じて、逆に思考がさらに硬直する可能性もあるけど。
「ほら、いつまでもボケッとしていないで、さっさと行くわよ。この町の『支店』に顔を出さないといけないし、結構忙しいんだから」
そんな鋭いローザの声が聞こえ、あたしは思考を中断せざるを得なかった。
「はいはい、そんなに急かさないでよ」
どうやらお怒りモードのローザを苦笑混じりで宥めつつ、あたしたちはポート・ケタス駅の改札口を抜け、やたら元気が良い日差しが容赦なく襲いかかってくる街中に出た。
ちなみに、ローザが言う『支店』とは、正式には王立魔道院地方支部という、いわば魔道院の出張所みたいなものである。
これは、建前では、魔道院からの任務や個人的な用事で旅をする魔道士を援助する事、本音では、魔道院の情報網と影響力を確たるものにするべく設けられた施設だ。
所在する場所によって規模の大小はあるものの、この国内にあるほぼ全ての町や村はもちろん、さらにはアストリア王国と友好的な関係にある国の主たる街にいたるまで、それこそ、魔道士が居る町や村には、必ずといっていいほどこの『支店』が存在する。
もちろん、それはこのポート・ケタスとて例外ではなく、あたしの記憶では、港に近い一等地にかなり立派な建物を構えていたはずだ。
はっきり言って、現状ではあまり近寄りたい場所ではないが、今は魔術によって変装しているし、どこで誰が見ているか分からないので、ここは「魔道院に所属する魔道士」としてごく自然な行動をとっておいた方がいいだろう。
と、なんのかんの理屈を付けてみたものの、結局の所、護衛対象であり、なによりも、あたしにとっては致命的な『弱み』を握るローザが行くというなら、黙って従うしかないというだけである。……うーむ、これは、今後の事を考えて、今のうちになんらかの『対処』を考えておいた方がいいかもしれない。
などと、声には出さずごちゃごちゃ言っているうちに、あたしたちはポート・ケタスのメインストリートを抜け、いくつもの大型船が並ぶ港に到着した。
ここからこの町の『支店』までは、もうそれほど遠い距離ではない。
「そういや、あなたとこうやって海を見るのって久々よねぇ」
あたしのやや前方を歩くローザが、少し歩く速度をゆるめてぽつりとつぶやいた。
「そうね。確か、あの時は私が上級魔道士資格を取った記念とかいって、二人して強引に長期休暇をとって、ポート・テハスまで行ったんだっけ?」
霞の中に隠れた記憶の糸をたぐり寄せつつ、あたしはローザに応えた。
……そう、あれはあたしが十才なったかどうかという時の話だ。
あたしより半年ほど遅れて、ローザが上級魔道士の資格を取った時に、渋る事務局の兄ちゃんを何とか説き伏せて休暇をもぎ取り、王都から比較的近い、アストリア大陸東端の港町へ旅行に行ったのだ。
この時に、あたしは生まれて初めて海というものを見て、時間帯がちょうど太陽が昇る明け方にぶつかった事も幸いし、エラく感動した記憶が残っている。
よくよく考えてみれば、それから八年の時間を経て、海を見るのはこれが二度目になるのだが、だからといって、取り立てて特別な感情は湧いてこない。
……うーん、もしかして、これが大人になるって事かしら。ちと、寂しい気がするわね。
「そうそう。あの時は、マールってばやたら浮かれていて、いきなり海に向かって攻撃魔術をぶっ放したりしたのよね。……まさか、あんな騒ぎになるとは思わなかったけど」
「うっ……」
言葉の後半を急に暗いものにして言うローザに、あたしはなにも応える事が出来なくなってしまった。
……ホント、嫌なことを思い出させてくれるわね。
あれは、上級魔道士となって初めて使用する事が許可される、攻撃魔術というものにまだ十分慣れていなかった事ゆえの失態である。
初めて見る海に興奮し、ほとんど理性のタガがすっ飛んでいたあたしは、新人上級魔道士であるローザの前で良いところを見せてやろうと、『祝いの花火』と称して、どうにかこうにか使えるようになっていた攻撃魔術を海に向かって放ったのである。
もっとも、いかに破壊のために生まれた攻撃魔術とはいえ、当時のあたしが使えたのは、炎系統に属する「フラッシュ・ボール」のみ。
これは、およそ大人の握り拳ぐらいの小さな火球を撃ち出し、何かにぶつかるか、もしくは任意の地点で起爆させると、閃光と大音響をまき散らしながら、親指の頭ぐらいのさらに小さな火球が四散するという、端から見るとなかなか景気が良い魔術である。
しかし、そんな見た目とは裏腹に、攻撃魔術として重要なスペックである殺傷力はほとんど皆無といってよく、例え火球が直撃したところで、せいぜいちょっと熱いと感じる程度。はっきり言って、ちょっとした隠し芸レベルでしかない。
しかし、当時のあたしにとっては、この程度の初歩魔術を使うのはかなりの大仕事。
この時ばかりは真剣になり、全身全霊の力を込めて大海原に向かって右手を突き出したその瞬間、その手のひらから飛び出したものは、本来の仕様とは大幅に異なる、直径数十メートルはあろうかという、太陽と見まごうばかりの超特大の火球だった。
要するに、気合いを入れすぎたが故に、思い切り魔術を『暴走』させてしまったわけである。
一応、自分の名誉のために弁解させて頂くが、数ある魔術の中でも、攻撃系統に属するものはことさら扱いが難しく、初心者がボケをかますのは珍しい事でもなんでもない。どれほど腕利きの魔道士でも、最初はみんなこんなモノである。
「あっ、そういえば、これがかつて魔道院が誇った『最終兵器』の記念すべき『初戦果』だったのよね」
と、思わず言葉に詰まってしまったこちらの様子を見て、ローザはそう言って意地が悪い笑みを浮かべた。
「い、いや、だから、それは……」
ううう、やっぱりここで引き合いに出すか。『あの事』を!!
……そう、あの時、あたしの右手の平から飛び出した巨大な火球は、美しいとさえ思える微妙な放物線を描きつつ、はるか遠くの沖合まですっ飛んでいき、そして、小さな火球(と言っても、遠目に見ても人の頭ぐらいの大きさはあったが)をまき散らしながら爆裂四散して果てた。
これだけなら、ただの巨大な花火だということで、むしろ意に反した大成果に大喜びさえした事だろう。
しかし、本来なら、さしたる威力がないはずの「フラッシュ・ボール」なのだが、見た目の大きさと同様、破壊力もそれなりにパワーアップしていたようで、そのレベルは宴会芸どころか、第一線級の高位攻撃魔術とほぼ同等か、もしくはそれ以上だった。
この事が、恐らくこの世界の歴史に残るであろう、未曾有の大災厄を招く引き金となったのだが……と、この先はローザとあたしだけの秘密である。えっ、勿体付けていないで、最後まできちんと話せって?
ううう、申し訳ありません。あたしの口からはとても言えませんです。サー!!
「おほほほ。あのマール・エスクードがここまで顔色を変えるなんて、ストレス解消にはもってこいですわね」
この瞬間、あたしは思わず大規模攻撃魔術をぶっ放しそうになったが、なんとかその衝動を抑え込む事に成功した。
……ふぅ、もう少し若い頃だったら、迷わずこのポート・ケタスの町ごとローザを蒸発させていたわね。危ない危ない。
「あのねぇ、意味もなくケンカ売らないでよ。疲れるから」
気を取り直し、あたしはローザにそう言って苦笑いを浮かべた。
「あら、随分大人になっちゃったわね。魔道院にいた頃のあなたなら、言葉より先に攻撃魔術が出たはずなのに……」
と、あたしの反応が不服だったらしく、ローザはため息混じりにそんな事を言ってきた。
もしかして、シャレ抜きでケンカ売ってたのか。さっきのあれは?
そーいう事なら、あたし的には今からでも……って、いくらなんでも、それはちょっとマズいか。
それにしても、コイツ。そのうち絶対背後から誰かに刺されるわね。その『誰か』の最有力候補は、むろんあたし以外の誰でもないけど。
「なによ、それ。大体、あんただって人のこと言えないじゃないの。なんかしらないけど、そっちからやたらと因縁吹っかけてくるクセに、ちょっとこっちが反撃すると、すぐに親に泣きついちゃったりしてさ。今さらだけど、自分のケツも自分で拭けないクセに、一人前にケンカ売ってくるんじゃないわよ」
ちょいとばかりカチンと来て、あたしはローザにそう言い返してしまった。
……あっ、しまった。これは『来る』ぞ!
次に来るであろう彼女の『一撃』に備え、思わず身構えそうになってしまったあたしだが、しかし、その予想は見事に裏切られた。
「あ、あのねぇ、『ちょっと反撃』って、あんたが怒り任せにぶん投げたナイフのお陰で、あたしが生死の境を彷徨ったのは一回や二回じゃないわよ。そりゃあ、親にチクりたくなるのも当然だと、断固として主張するわ!」
と、口調には随分トゲがあったが、それでも、あたしが予想していた「一撃」に比べれば、かなり大人しい反応である。
もし、あの当時のローザだったら、烈火のごとくぶち切れて、手近にある刃物や机や椅子が飛んできたものなのだが……。うむ、彼女じゃないけど、コイツも少しは大人になったんだなぁ。うんうん。
って、感心のあまり、思わず涙さえ流しそうになっている場合じゃない。
コイツ、あくまでも自分は正しいと言い張るか。
ならば、あたしとしても、ここは譲るわけにはいかないわね。
「そりゃあ、朝起きて顔を合わせた途端『あーあ、いきなりこんな顔を見るなんて、今日は最悪な一日ねぇ』なんて言われたら、普通はナイフの1本もぶち込んでやりたくなるわよ。女として!」
「なによ、まだそんな十年近く前の事を気にしていたわけ? 大体、あの時は、あなたの投げたナイフが、たまたま近くを歩いていた長老会のジジイに命中したお陰で、本当に最悪の一日になったじゃないの。この下手くそ!」
「うるさいわね。あれは、ナイフが飛んでいった先にボーっと突っ立っていたあのジジイが悪いのよ。っていうか、あんたがケンカ売らなければ、そもそもあたしだってナイフを投げるような事はなかったんだし、結局は全部あんたが悪い!」
「本当の事言ってなにが悪いのよ。あんたとアサイチに顔を合わせると、決まってロクでもない目に遭っていたんだから!」
「それは、あんたがいきなり意味不明の難癖つけてきたせいでしょうが。人を呪いのアイテムみたいに言う前に、自分の胸に手を当てて見ろっての!」
(中略)
「……っていうわけなの、分かった?」
そう言って、あたしは肩で大きく息をつきながらローザを睨み付けた。
それにしても、この唐突に始まった言い争いを、一体どれだけの時間続けているのだろうか?
なんか、いい加減疲れてきたんですけど……。
「さ、さすがね。ここまで粘るのは、あなたぐらいのものよ……」
と、こちらもあたしに負けず劣らず濃厚な披露な様子を見せつつ、ローザはそう言って
その場にへたり込んでしまった。
……よ、よっしゃ、勝った!
なぜだか妙なむなしさを感じつつも、それは気にしない事にして、あたしは心の中でそっとガッツポーズを作り、妙に晴れ晴れした気持ちで何となく辺りを見回した。
夕焼けで真っ赤に染まった空の元、海を渡って吹き付けてくる風が何とも心地良い。
……って、夕焼け!?
瞬時にして我に返り、慌てて辺りを見回してみると、見間違えようもなく、そこには黄昏時に差し掛かり、徐々に闇の度合いを増していく港町の姿があった。
ちなみに、あたしたちが列車でこの町に到着したのは、まだ朝日がまぶしい時間帯だったはずなのだが・・・。
つまり、今から思えば無意味以外のなにものでもない言い争いを、およそ半日以上もの間、飽きもせず延々と続けていたことになる。
ああー、もう我ながらなにやってるのよ。つーか、あれだけ激しくやり合っていたのに、なんで警備兵の一人も止めにこないのよ!!
「ほ、ほら、ローザ。いつまでもへたばってないで、とにかく宿探しぐらいはやらないと、今夜は野宿決定よ!」
慌てまくってあたしがそう声を掛けると、どうやらローザも現状に気が付いたらしく、素晴らしい勢いで立ち上がった。
「し、しまった。急げぇぇぇぇ!」
ほとんど悲鳴に近いローザの声と共に、あたしたちは夕闇に包まれ始めたポート・ケタスの町を疾走したのだった。
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