陶器肌

@touchlight

第1話 楽しい

「ユリは大丈夫なんでしょうか?先生!」

「赤ちゃんは無事に産まれました。お母さんの体も特に問題ありません。おめでとうございます。」

「そうですか!本当に、本当にありがとうございます。」

長い時間手術室の前で、無事に出産を終えるように祈るしかできなかった父さんは、病院に居るにも関わらず大きい声で泣いたらしい。他の患者さんや、お見舞いに来た人達も迷惑そうな顔をしていたみたいだけど、出産は喜ばしいことだからと、お医者さんは注意できずに、「良かったですね」と共感するしかなかったみたい。

この話を聞いたときの僕はまだ小さかったから、情けないとも思ってしまったけど、大人になってみると、父さんはかっこいいなって思うよ。僕が産まれてくるのを心待ちにしていてくれたみたいだし、母さんのことも大事にして、僕の父さんが父さんでよかった。いつも、ありがとう。


暖かい。きっとそんな感覚だった。母さんの腕に抱かれながら、すぐ横からは父さんが顔を覗かせていて。窓の外には桜が咲き乱れている。

「ユウジさん、この子の名前なんだけど」

「それはもう決まってるよ。」

「え、何?」

「この子はトオルがいいな。透明の透でトオル。」

「なんで、透明なの?」

「いいか、透明っていうのはな、何色にでもなれるんだ。だけど、透明っていう色はちゃんと自分で持ってる。だからな、誰の心も広く受け止める、だけど芯には自分というものもしっかり持つ。この子には、そういう生き方をして欲しいな。どうだろう?」

「私もそれ、いいと思う。トオル、お父さんがあなたに最初のプレゼントをくれたのよ。」

赤ちゃんに名前を付けることは、誰でも必ずしなければいけないこと。でも、母さんはそんな当たり前のことをプレゼントと言ってくれた。

その後しばらく母さんは入院が続いていたけど、父さんは毎日お見舞いに来て、僕の顔を見ては安心した様子で帰っていった。仕事も忙しかったはずなのに。

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