7月11日 クロスタン国の来訪
本音をぶちまけちゃっていいよね?
だってなにも、良い子ぶって日記を書く必要なんかないもの。この命が続くかぎり、わたしの日記を世間にさらすつもりはないし、たとえ将来、ユービリア国の庶民代表の語り部になったとしても、必要な箇所は修正すればいいだけの話。
よって、ここは正直に書きだそうと思う。
クロスタン国の皆々様、とっとと母国へ帰ってぇぇぇぇ―――!!!!
考えてもみてよ!なにも十日間も滞在なさらなくたって良くない?城下町観光を含めても、三日で十分でしょ。環境も違う。食べ物も違う。文化も宗教も違う。
気をつかいすぎて、お互いに疲れちゃうわよ。
それに、長期の滞在は、親善試合に出場するクロスタン国の剣士たちにとっても心身ともに負担になって、試合前にぐったりしちゃうはず(まあ、それはべつにかまわないけど。なんたってわたしは愛国心のあるユービリア国民ですから。自国の兵士に有利な条件を望むのは当然のこと)。
そう。たとえもしクロスタン国の剣士の中に一人、年上っぽいとびきりカッコいい人がいても―――わたしは断固ユービリア国の勝利を望みます。
うーん。でも、本当にカッコ良かった。異国の男優さんかと思った。日焼けの肌に、白い歯に、たくましい体躯……。
うん。わたしを含め宮廷女中の半数以上はあの剣士の微笑みにやられたと思う。
とにかく、主城で行われたクロスタン国一行を歓迎する式典はすごかった。城下町も知らない間に歓迎ムードになっていたらしく、天蓋付きの立派な四頭引きの馬車がユービリア城に到着したときには、色とりどりの花びらが雪のように積もっていた。
どうやら、城下町の大通りを通過したときに、町の人たちが大量の花びらを撒いたらしい。きっと、にぎやかで、興奮すうような熱気に包まれていたんだろうなあ。ああいう雰囲気って、楽しくてわくわくする。マシューのおやっさんも、盛り上がって飲みすぎてなければいいけど……。
そして、クロスタン国からの来賓数を目の当たりにして、わたしは面食らった。
総勢三百人。か、それ以上。
クロスタンの国王陛下がいらっしゃるんだから、当然、そのくらいの兵を引き連れてくるのかと……。
でも実際は、三十人くらいしかいなかったんだもの!
あれって、大丈夫なの?
暗殺のうわさが広まっているにしては、ちょっとさすがに……大胆すぎる。
もしかして、とびきり精鋭の三十人なのかもしれないけど、そんなの誰にも分からないし。
なんにせよ、ユービリア国の防衛力に過度な期待を寄せているとしたら、正直それは甘えすぎにもほどがある!自分たちの国の王様は、自分たちで守るべきよ。王様を守るなら、近衛隊でも引き連れて、安心と安全を提供してあげないと。
だって……そういうものでしょ?
話を戻そう。玄関ホールから大広間の一番奥にある玉座まで、新調された真紅のベルベッドの絨毯が伸びていて、その上をクロスタン国の来賓が進んだ(青と白はユービリア国の色とすれば、燃えるような真紅の色はクロスタン国を象徴するらしい)。
で、三十人ほどの来賓を引き連れた先頭の若者―――立派な真紅のマントをひるがえし、宝石で作られた見事な仮面で目元を覆っていた人物が―――クロスタンの若き国王だった。
遠目だったから、もしかして勘違いかもしれないけど、思った以上に小柄に見えた。彼と、その従者たちが入ってくると、ユービリア国の兵士たちが厳重に護衛する大広間に集まっていた上級貴族や、わたしを含めた城の多くの使用人たちが、大きな拍手で出迎えた。来賓を拝められる素晴らしい位置を陣取ることができたのは、わたしにはしてはめちゃくちゃツイていた。
それから、わたしは生まれて初めて、ユービリア国王陛下と王妃様、ご子息である殿下と王女様のお姿を拝見することができた。なんとも貴重な体験をしたものだ。
だって、わたしみたいな資産のない下級貴族は、とんでもない偉業を達成するか、はたまたとんでもない大罪を犯さないかぎり―――王族に対面する機会はないだろうから(いまのところ、とんでもない偉業を達成する予定も、大罪を犯す予定もないことをここに明記しておく)。
金の王冠を被ったユービリア国王陛下はさすが、堂々としてて、威厳に満ちていた。この国で一番立派な服を着て、白く輝く金のひげと、豊かな金の髪を蓄えて、サファイヤが散りばめられた王錫をしっかり握りしめながら、異国の若き国王陛下に敬意を表するために、他の場所より十段ほど高い位置にある玉座からわざわざ絨毯の上にまで降りていったところを見ると、なんだか偉大すぎて胸が熱くなった。精悍な顔立ちを見ると、五十代とは思えないほど。
王妃様は上品なお方だった。波立つ美しい髪を頭の上でまとめて、細身の線が強調される、緑色のドレスを身につけられてた。腰の線が誰よりも美しいのは、生まれたときからコルセットを身につけていたからだと思う。(※あの笑みの下には、涙ぐましい努力が隠されてるんだろうな……)。王妃様も国王陛下と一緒に、玉座から降りて、異国の王がやってくるのを静かに待っていた。
お次は、そう!待ちに待ってた、我らがルーサー殿下。御年十八。
将来ユービリア国を背負うことになるお方!
じつは最初、殿下がどこにおられるのか分からなくて、行儀悪くもきょろきょろ探してしまった。
というのも、王子さまというからには、陛下に負けないくらいの威光を放ってると思ってたの。まあ、王族に会う機会のない夢見る娘にありがちな先入観ってやつね。でも、王子さまが無条件でカッコいいっていうのは、どんな舞台劇においても不変の決まりですから。
それで、まあ、国王陛下の従者だと思っていた人物―――青色のマントを羽織ったルーサー殿下は、国王陛下の斜め後ろで、どこか緊張したように立っておられた。
ええと、だから、未来のユービリアの国王陛下は、なんというか……。
そう。ひどく―――底抜けにお人がよろしい感じだった。
いうなれば、平和が王子の姿を借りてこの世に舞い降りたというか。顔つきも、目尻が少し下がって、鼻にそばかすが散っていて。そのお姿は、平均的な十八歳の体格をやや下回っていて、ひょろりとしていて……。
そうね。斬首台にあがる覚悟で書いておくと、あんまりにも頼りないと思った。
指でおでこを弾いたりしたら、なんの抵抗もなく後ろに倒れちゃいそうというか……いや、そもそも、殿下のおでこを指で弾いたりなんかしたら、その場で首を跳ねられるだろうけど。
つまり、なんていうの―――そう!親しみを覚えてしまうような、庶民に溶け込んでしまうようなお方だった。
あの方が王位についたら、ひどく平和な世の中になる気がする。けど、押しがめっぽう弱そうだったから、外交とかでは他の国の王に負けちゃいそうでとても心配……。
でも、やたら偉そうな女たらしの悪徳顔じゃなくて良かったかもしれない。大事なのは容姿ではなく、人柄だもの。道徳的観点からいえば、この国の未来の陛下は安心だ。女の子の手も握れないくらい奥手そうだったし。
一方、十三歳のヴァレリア王女様は兄であるルーサー殿下とは対照的だった。
彼女は、クロスタン国からの賓客を前にしても堂々としていて、気の強そうな感じだった。恐れ多くも―――ちょっと小生意気ないとこのポーラを思い出す。
青と白の可愛らしいドレスの小柄な王女さまは、国王陛下と王妃様の美貌をなんともうらやましいくらい上手く受け継いでいた。王妃様譲りの波立った美しい髪を絹のリボンでゆるく編みこんで、陛下譲りの青い双眸でまっすぐ前を見つめていた。あの感じなら、もう少ししたら多くの高貴な男性に求婚されると思われる。
そうこうしてたら、注目の若きクロスタン国王がついに玉座の前にたどり着いた。彼に対する意見はさまざまだと思うけど―――ベルシーの見解に同意せざるを得ない。
ユービリア国王陛下の前で仮面をとったクロスタン国王陛下の顔は、覇気がないどころか、哀れなほど青ざめていた。ゆるゆると絨毯の上に膝をつくと、他の従者たちもそれにならい、クロスタン国流の敬愛のあいさつを行った。
異国の王は、通訳の者と、例のとびきりカッコ良い従者(どうやら、親善試合に出場するらしい!)を従えて、ユービリア国王陛下の前に進み出た。
異国の王は、ルーサー殿下を上回るガチガチっぷりを披露した。歓迎の印にユービリア国王陛下に貢ぎ物を差し出そうとしたとき、床に敷かれていた絨毯につまずいて前のめになったり(カッコいい従者がすかさず転ぶのを防いでいたけど)、ユービリア語の挨拶を忘れてしまったり……。
いろいろやってしまうと、クロスタン国特有の少し日に焼けた肌は真紅のマントくらい真っ赤に染まっていた。純朴そうな黒い瞳は、恥ずかしさで少しうるんでいた(とわたしよりも近くで彼の姿を見た使用人が言っていた)。
まさか、異国の王もアガリ症なんじゃないの?
なんだかそう思うと、早くあの場から解放してあげてほしかった。だって、見ちゃいられないんだもの。ていうか、めちゃくちゃ共感できる。重要な場面ほど、頭が真っ白になっちゃう心境。体温が下がって、冷静さを失い、とんでもない行動をに出ちゃう、その心境が。
とにかく、失敗の多い若きクロスタン国王陛下に、周りからも思わず失笑がもれたときは、何だか気の毒で……。多くの人の前で失敗しちゃうっていうのは、それはそれはもう、苦痛なんだよね。
感心したのは、ユービリア国王陛下が笑った者たちを静かに叱咤したこと。さすがって思ったわ。
ユービリア国王陛下は、異国の王様に一度として失礼な態度をとらず、古くからの友人を迎えるような温かさで、まるで異国に長い間住んでいた息子を迎えるみたいに―――丁重におもてなししていた。あんな素晴らしい国王陛下で、こちらとしても誇りに思う。
歓迎の式典が終わると、わたしを含めた拍手係兼使用人たちは主城を離れた。
雲の上の王族たちを拝見した感動に浸る間もなく、わたしは激務の荒波に巻き込まれた。
本当はクロスタン国の一行が滞在している間、わたしの仕事は案内女中だけのはずだったのに、人手が足りないという理由から、いつもみたいに掃除と、その日の晩餐会の下準備を手伝うことになった。
なるほど。臨時で短期の宮廷女中が募集された理由がよく分かった。あんなに忙しいって……まさにネコの手も借りたい状態。
といっても、重要な仕事を頼まれたわけじゃない。この新品のクッションをどこどこの来賓室に届けてだとか、どこどこの部屋の花瓶に花が飾られてるか確認してきてとか、銀食器の数が足りないから発注してきてとか、やたら走り回る感じの雑務。
王族たちに関わる仕事はとびきり優秀な宮廷女中が行うもので、わたしはただ働きアリみたいに何も考えず言われたことだけを忠実にやれば良かった。精密さや丁寧さを求められるわけじゃなし、気負う必要もなく、これなら頑張れるって思ったんだけど……。
これを十日間ぶっ通しは、無理。さすがに無理。
こうして部屋に戻ってきたいまだって、なんとか日記を書いている状態で……あと一時間もすれば、今度は案内女中として来賓室の前で夜通し待機?
倒れるのも時間の問題……。
とにかく現在のユービリア城は忙しさのあまり空気がぴりぴりしてる。
だとしても……納得いかないことだってある。
とっさに頭を下げて謝ったけど、どうしてたまたま通りがかったわたしが、スープに入ってた卵の殻のことで自分の国のお偉いさんから暴言を吐かれなきゃならないのよ―――!!
なによ!卵の殻くらい!スプーンですくって捨てればいいじゃないの!
わたしなんか、前に一度自分のスープにハエが飛び込んできたけど、文句ひとつ言わなかったのに!
はあ……あの温和なニーノでさえ人が変わるほどの忙しさ、いつまで続くの?(※厨房で見かけたとき、目が血走ってた……)
見張りの兵士たちも、初日から疲労しているように見える。クロスタン国王が命を狙われてるっていううわさがあるだけに、槍を握って見回りをする兵士たちの緊張は相当なものだと思う。襲撃なんかされたら、たぶんわたしも含め全員道連れ。
夜中になると、とくにそんな不吉なことばっかり考えてしまう。
わたしの体温は下がりっぱなしだし、かすかな物音にも飛び上がっちゃうし、もうイヤ。早く解放されたい。
思った通り、マシューには全然お目にかかれない。ベルシーにいたっては、勤務の時間帯がまるで被ってないから、同室なのに朝から姿も見ていない。
というわけで、クロスタン国の皆さん。
本当に、お願いだから、明日には帰ってくれないかな……。
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