6月1日 負け犬
不穏な空気があったんだもの。昨日から。
だからもしかして、そうなるんじゃないかって思ってた。
で、悪い予感ほど当たるもの。
今朝から、新米宮廷女中たちが、ちっとも目を合わせてくれないようになった。
あからさまに、遠巻きっていうか。まるでわたしにかかわると、周囲から評価は下げられるわ、面倒ごとに巻き込まれるわ、不運になるわ、遅番の末に乱闘の鎮圧を任されるわ、とでもいうかのように。
例の話題だって、二晩で激変してた。
今朝、わたしが食堂に足を踏み入れたとき、数人の宮廷女中と兵士たちと、真ん中のテーブルを占めていたレジーナが、聞こえよがしに、こう。
「ほら。あれよ。あの新米女中が、マシューをたぶらかしたんだって。とんだ悪女がいたもんよね」
その場にいた皆の視線が、一斉にわたしのほうに突き刺さった。わたしの体温は急低下。心臓は急停止。
ちょっと待って。でも、なんで?
どうしてそ――なるのっ!?
本当に自分が嫌になる。「違うっ!」って、否定すべきだった。否定しなきゃダメだった。
だってわたしは、マシューをたぶらかしたりなんかしていない!
全部レジーナたちの悪意あるデタラメじゃないの!
けど、わたしは怖くなって逃げ出した。それって、彼女たちが言いふらしているデタラメを受け入れたってことになるんでしょ?
情けない。負け犬コレット、洗濯場でボロ泣き。もうすんごい、ボロ泣き。
だいたい、どうしてマシューはどこにもいないの?こんなにひどいうわさが広まってるっていうのに。
最近全然彼の姿を見ていない。食堂にだって顔を出さないし、練兵場にも、厨房の地下倉庫にも、どこにもいない。
まさか一人だけ逃げてるの?それともわたしを避けてる?
ええ、そうよ。巻き込んだわよ。マシューを。たしかにわたしのせいだった。
でも、それだけでわたしは、自分の名誉まで傷つけられなきゃならないの?
それを自分への罰として耐えなきゃダメ?
やっぱり、ダメ。無理だったのよ、臆病者には。こんなところで働くなんて。
だってわたし、ベルシーみたいに自立も独立もできそうにない。
もちろん、ベルシーだけはいつもと変わらずわたしに接してくれる。甘やかさず、干渉せず……だけど。そうね。なぐさめるとかはないけど、案外それが救い。彼女の堂々とした存在がとてもありがたい。
ベルシーみたいな子になれれば良かったのに。
勇敢で、誇り高く、何者も恐れない自信のある女の子に。
でも、わたしは……こんなつらい思いをしてまで、働くことはできそうにない。
他の仕事を探せばいいのよ。宮廷女中にこだわる必要なんかないんだから。
負け犬でいい。
宮廷女中なんか、やめてやる。
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