4月30日 同室の子は?

 どうしよう。同室の子、まだやってこない。


 このまま誰も来なかったら、どうしたらいいの?

 わたしはたった一人でこの部屋を使うことになるんだろうか。二段ベッドを一人で?他の宮廷女中たちは、もう新しい同室の子と仲良くなってるような雰囲気だったのに……。


 わたしだけ一人ぼっち。


 ダメ。不安で押しつぶされそう。このままたった一人で半年間も厳しい労働を続けられる自信はない。仲良くなった同室の子と励ましあいながらがんばるっていうのが、わたしのゆいいつの心の支えだったから。


 そんな不安から、昼を過ぎたあたりでユービリア城から脱出できるような秘密の抜け道を探してた。そういう抜け道って、必ずあるはず。だって主城には(したっぱ宮廷女中なんかじゃとうてい近づけないけど)王族の皆さまがおられるんだもの。もしもの事態に備えて、逃げ道は整っているはずでしょ。


 それで中庭をうろうろしてたら……見回り中の兵士に怪しまれて捕まった。とつぜん腕をつかまれて、体温がひゅんって下がった。


「きみ、なにしてるんだ?」

 

 兵士はずいぶん若かった。背はわたしよりほんの少し高くて、同い年くらいに見えた。無造作な濃い茶髪に、意思の強そうな翡翠の瞳。うーん。ハンサムといえなくもない。いま思えば。


 ただ、その兵士に捕まったときのわたしは、余裕をもって相手を観察できるほど冷静じゃなかった。もう、大混乱。白と青の兵士服を身に着けている人に捕まって、幸せな想像なんかできる?


 とんでもない目に遭うと思った。相手は腰に剣を帯びていたし、体だって鍛えてるだろうから、走って逃げようとしても後ろからざっくりやられる。

わたしは彼の質問に答えられなかった。頭が真っ白になっちゃって。情けないことに、足なんかがくがく震えっぱなし。


「……ああ、新しい宮廷女中なのか」彼は一人納得したようにいった。「用もないのに中庭や城の中をうろつかないほうがいい。スパイや盗人には厳しい国だから」

 

 スパイや盗人!まったく、いま思えばちゃんちゃらおかしい。どこかに忍びこんで情報や宝石を盗れるほどの度胸があれば、一人っきりで使用人用の大食堂に行くことをためらったるするわけないじゃないの。


 とまあ、日記上では強気な発言をするけども。

 実際のわたしは、兵士に腕を離されたとたん腰を抜かした。兵士は驚いて言葉をなくしてたけど、こっちだって泣きそうだった。


 けっきょく彼に腕をひっぱられながら宮廷女中棟に戻った。その姿を何人かの宮廷女中に見られて、ますます食堂に行きづらくなった。それからはもう、ずっと部屋に引きこもってる。大丈夫。わたしにはほんの少し、実家から持ってきた食料があるから。同室の子さえ来れば、一緒に食堂にだって行けるんだから。

 


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