言の葉綴り
穏桐 綾
第1詩「サナトリウム」
何処からか吹いてきた春の風に私は目を覚まします。
真っ白な部屋はとても寂しくて切なくて私は哀しくなります。
今日、目覚めたとき枕元に桃色の花びらが散っていました。
穏やかな陽だまりをカーテンが優しく包み込みます。
-あなたも私とおんなじ…。
私は花びらを手にとってそっと口づけます。
そっと、そっと。
そういえばこのお花は誰が持ってきてくれたのでしょう?
そういえばこれは何と言うお花でしょう?
「あなたによく似た花の名」と教えてくれたのは誰でしょう?
えっと、えっと。
こうして私は考えるのですが、何にも分かりません。
私の頭はぼんやりとしていてまるであの空のようです。
また風が吹いてきました。
花びらはひらひらと私から離れていきます。
どうかいかないでと、私は両の手で花びらを包み込みます。
私はそのうちに不安になって蓋をしていた手を開きます。
くるくる、くるくる。
花びらも置いてきぼりをくらいたくないみたい。
私の手のひらの上でひらりひらりと泣いています。
私はもう一度、手のひらで蓋をします。
窓へ体を寄せて手を開いてふーっと息を吹きかけました。
花びらは風にあおられて高く高く旅立ちます。
やがてあの青に吸い込まれるように消えてしまいました。
花びらは此処ではない何処かへ旅立っていきました。
さようなら、いってらっしゃい。
ーあぁ、ふと思ったのですが、
私はもしかしたら鳥籠の中の鳥なのかもしれません。
私は世界を眺めることしか出来ないのです。
あ、でも鳥には翼があります。
私には翼がありません、あるのは真っ白な鳥籠だけです。
そのとき、控えめなノックとともに春の色が飛び込んできました。
そして春色のあなたが私を訪れます。
春色のあなたは私を見て微笑みます。
あの花によく似た私もあなたを誰とも知らず微笑みます。
-と、あなたが私を呼びます。
-と、私もあなたを呼びます。
-と、泣きながらあなたが私を呼びます。
-と呼んで、私も泣いていました。
あなたはきっと大切な人なのでしょう。
だから教えてあげましょう。
「あなたのぼんやりとした空のような名前が私は大好きなのよ。」
だから、ね。そんなに哀しい顔をしないで。
どうか、春色のあなた。
いつまでもいつまでもあの青に溶けないで。
どうか、春色のあなた。
いつかいつかあなたが此処から何処かへ旅立てるように。
私は此処で祈りつづけるわ。
あの花によく似た私の名前を、
あなたが口にする必要がなくなるその日まで。
だから、その日までは、春色のあなたのために。
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