第十四話 和やかなティータイム

 魔女の館を訪れたエル達は、その客室で時間を持て余していた。

 出迎えた幼い双子、リリーとロールは一礼をしてこの部屋を出てしまっている。

 特にすることもなく、ソファーに掛けたままま部屋の所々にあるアンティーク調の調度品をぼんやりと見回した。


「全体的に可愛らしい感じがしますね、隊長」


 アンティーク調で飾られた部屋を眺めてハレイヤは笑顔を浮かべる。

 外観も内装も魔女の館という名を表すような雰囲気ではない。むしろ好感がもてるくらいである。


「ちょっと探検したくなるなあ。ね、隊長!」

「やめときなさいよ、ジェーク」


 好奇心から提案するジェークであるが、それはハレイヤによって簡単に却下された。

 そんな意味のない会話をしているうちに、再び客室の扉は開かれて、リリーとロールが姿を見せる。

 手にはティーセットが置かれたトレ―があり、双子は手際よく用意していく。


「お待たせしました」

「特製ハーブティーです。どうぞ、お召し上がりください」


 カップに注がれた赤茶色のお茶からは微かに甘酸っぱい香りがする。

 エルは試しに少し口に含んでみた。


「……あ、おいしい」


 今まで味わったことはないが、酸味と甘味がほどよく混じり、美味しく感じたのは事実だ。一見カフェなどで口にする紅茶と同じように思ったが、風味が全く別物で比べようにもない。


「わぁ、ほんとですか? エル様のお口に合ってよかったです!」


 凄く嬉しそうに喜ぶリリーは歳相応の無邪気さを垣間見せた。

 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえる。扉が開き、セルティアが部屋へと入ってきた。


「セルティア様!」


 ロールが口にするとリリーと揃って嬉しそうにセルティアに近寄る。


「お待たせしました、騎士様。ありがとう。リリー、ロール」


 笑顔を浮かべると、セルティアは双子の頭を撫でる。その構図は飼い主と忠実なペットに見えなくもない。


「もうすぐパイが焼きあがるわ。それも一緒に頂きましょう。準備をしてきてくれる?」


 セルティアがそう言うと、双子は嬉しそうに返事をし、部屋を出ていってしまった。

 そんな一連のやり取りをなんとなく眺めていたエル達であるが、ふいにセルティアと目が合う。


「もうちょっと早く来るかなって思ってたんだけど……お久しぶりです、騎士様」


 丁寧にお辞儀をするセルティアに習い、腰をかけていた三人も立ち上がりお辞儀をする。その様はいかにも騎士らしい。


「急に訪ねてしまって申し訳わりません、魔女殿」


 改めて椅子に掛けるとハレイヤはまずそう口にした。

 その様子にセルティアは少し目を開いて驚き、ゆっくりと横に首を振る。


「そんな堅苦しくならなくてもいいわ」

「と、言いますと……?」

「あなた方がわたしに敬意を払う必要はないってこと」


 訝しがるハレイヤであるが、ジェークはじゃあ、と口を開く。


「セルティアちゃんって呼んでもいい?」

「……ジェーク……」


 考えなしの提案にハレイヤは思わず顔を引きつらせた。この男は切り替えが早すぎなのだ。


「そうね……ここでなら構わないけど。外ではだめね」

「なんで?」


 セルティアは一つの条件を出して親しく名を呼ぶことを許す。


「魔女セルティアってだけで夢幻の魔女に辿り着く人も中にはいるから……それにわたしは、街では薬売りのティアなの」


 にっこりとセルティアは三人に微笑みかけた。その微笑みに一瞬それぞれ呆けてしまう。


「だからわたしのことはティアって呼んで。これは正体を隠すためでもあるから。わかってくれるかしら?」


 そう言われると仕方がないので、ハレイヤとジェークも神妙に頷いた。


「ありがとう。ハレイヤさん、ジェークさん」


 セルティアは二人に礼を言うと、エルを見て意味ありげに笑う。見られた側はなに、と目で訴えた。


「……まあ、あなたは最初から敬意とか、そんなの関係ない感じだったけどね。そうでしょ? エル」


 そう言われればエルも意味ありげに笑い返す。エルにとってセルティアがなんであろうも余り気にすることはない。それよりも今、名をそのまま呼ばれたことの方が不思議に思ったくらいだ。


「あたり。けど、なんで俺だけ呼び捨て?」

「あら。目上の人を呼び捨てにするつもりはないけど、同じ年なら別でしょ?」


 当然と言った風に述べるセルティアに対し、エルはもちろんのことハレイヤとジェークも驚きをみせる。


「同じ年……?」


 三人の困惑の意味を瞬時に理解し、セルティアは憤慨した。


「失礼ね! これでもわたしはエルと同じ十七歳よ!!」


 そう言って拗ねた顔をするセルティアを見て、エルは可笑しそうに小さく笑った。

 その笑みにセルティアが頬を染めるのは一ヶ月前となんら変わりはない。


「でも正確には俺の方が上だな」

「ああ、そうですね」


 エルは二ヶ月前に十八の誕生日を迎えた。現在十七というセルティアからすると年上というのとになる。

 誕生日には騎士隊が集まり本署の食堂で祝ったのだが、ジェークはその時のプレゼントを思いだし密かに笑った。


「わたしだって、あと半年もすれば十八になるわ。すぐよ、すぐ! だから年上とは判断しないの!」

「十八にねえ……」

「なにか?」


 セルティアが少しムキになっていることが可笑しくエルが物言いたげな視線を向けると、彼女はそれを笑顔で封じた。きっとエルの思うところが想像できたのだろう。

 小柄な体格に大きな瞳を持つ彼女は一般的に童顔であり、一見しただけでは十四、十五歳ぐらいに見られることが多い。

 とてもじゃないが、エルと同じ年に見えず、夢幻の魔女という二つ名を持っているようにも思えないのだ。

 過去に出会ってきた何人かもセルティアの年齢を知ると今のエル達と同じような反応をしていた。年齢を言わなければ、酷いときには子供扱いされ、ろくに話を聞いてもらえない。

 案の定エル達にも勘違いされていたが、事実セルティアの年齢は現在十七歳、あと半年ほどで十八歳となるのだ。


「セルティア様、どうかされたんですか?」


 焼きあがったばかりのパイを運んできたリリーとロールは、ふて腐れた顔をしているセルティアを見て首を傾げた。さっきまで笑顔だったのに、と心の中でつけたしそれが顔に表れる。


「……なんでもないわ。今に始まったことでもないし……」


 眉を寄せて頷くと、セルティアはエルを一瞥して立ち上がる。

 そして双子に笑顔を向けるとパイを受け取り、切り分けた。


「まあ、せっかく来てくれたのだし、お茶にしましょ?」


 手際よく準備をしそれぞれの前に出来立てのパイを差し出す。エルが呆然と切り分けられたパイを眺めると、弾んだ声が付け足された。


「言っとくけど、毒なんて入ってないわよ。味は保障するわ」


 そしてパイというお茶菓子を出され、なんとなく和んだ雰囲気でティータイムを過ごす。

 焼きたてのパイは香ばしく、ベリーの甘味と酸味、クリームの甘味が口の中で広がり、お茶とも合う。これには素直に美味しいと思える一品だ。


「このパイを焼いたのも、お茶をブレンドしたのもセルティア様なんですよ!」

「セルティア様のお菓子やお茶はとっても美味しいのです!」


 双子はまるで自分のことのように誇らしく、また嬉しそうに言う。

 それに関心したようにエルが頷くと、どこか嬉しそうにパイを食べ進めていく。それに違和感を覚え、セルティア目を瞬かせた。


「でも本当に美味しいよ、ティアちゃん」


 早速馴れ馴れしく呼ぶジェークであるが、それをセルティアは気にする様子もない。むしろ素直に褒められたことで、嬉しそうにはにかむ。自信作を褒められて悪い気はしない。


「これじゃあ、隊長を喜ばせるだけね」

「ハレイヤさん、どういう意味?」


 エルに意味ありげな視線を送るハレイヤを見てセルティアは首を傾げる。気がつけばエルの皿は空となっていた。

 視線が集まり、エルが気まずそうに顔を背けるとハレイヤとジェークは苦笑した。


「実は隊長って、甘いものが大好きなのよ。ですよねー? 隊長!」

「そうそう。僕この前、隊長がこっそりとパフェ食べてるの見たしね」

「……別にこっそりじゃないけど……」


 甘いものが好きということは否定しないらしい。それをさらな可笑しくて思い、ジェークは先ほど思い出したばかりの誕生日を例にあげる。


「誕生日ケーキだって喜んでたじゃないですか」


 そう言われるとますます気まずそうな顔をする美少年と、それをからかう部下という構図にセルティアは思わず噴出した。


「ははっ。なんか、意外だわ」


 眉根を寄せるエルの容貌はそれでも美しい。そんなことを思いながらも、セルティアは微笑む。


「……それでも、その方がずっといいわ」

(美しい容貌と完璧さを持つだけなんて人形と変わらないもの……)


 どんなに美しくても、完璧であろうとも、それだけの人に人は付き従わないし、人望を得ることもない。

 少し様子を見ればハレイヤとジェークがエルに大幅な信頼を置いているのがわかる。

 住民も他の騎士隊からも人望があることもセルティアは知っている。

 それが何よりも、エルが人形ではないと証明していることも。


「……なに?」

「なんでも!」


 訝しがるエルにセルティアは首を横に振った。

 そして彼女は依然としてじゃれ合う三人に、無意識のうちに優しい眼差しを向ける。

 ただ本人すらも気づかぬままに。

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