第十五話 魔女の愛弟子
魔女の館で和やかにティータイムを過すが、ふと、思い出したかのようにセルティアは訊ねた。
「そういえば……まだ用件を聞いてなかったわね」
(まあ、だいたい想像できるけど……)
そう問われると、騎士隊一行は目を瞬かせ、顔を渋くする。
「本来の目的を忘れてしまう所でしたね」
ため息をつきながら言うハレイヤは、エルに目を配った。それを受けた方はおもむろに口を開く。
「……ちょっと厄介なことが起こっているんだけど。南地区で起こっている一連の事件は知っているか?」
「ええ。辻斬り……無差別に街の住民が被害にあっていると聞いてるわ」
頷くセルティアを見て、双子は不安気な顔をする。
「あの事件……ティアはどう思う?」
なんの躊躇もなくティアと呼ぶエルに違和感を覚えることもなく、セルティアは思案気に唸った。
「……十中八九、魔術が関わっているわ」
「やっぱりそうか……」
エルは疲れたように息を吐いた。
そこに双子が不安気な表情のままセルティアに言う。
「セルティア様……街が変でしたよ……」
「気持ち悪いです。ドロドロした魔力がふわふわしてます……」
双子が感じ取ったものに、エル達は小さく驚くが、セルティアは優しく微笑んだ。
「犯人を捕まえるどころか、目星を見つけることさえできていないの。ティアちゃん、何かいい案はない?」
ハレイヤの言葉と真剣な眼差しを受けたセルティアは少し首を傾げた。
「魔術部は何か言ってないのかしら?」
「魔術部の連中は頭固いからダメだよ。頑固っていうか、魔術が事件と関わっているかもってなるとあんまりいい顔しないしさぁ」
困ったようなジェークの呟きに、セルティアは苦笑した。
「まあ、そうだと思うわ。……いつまでも変わらないのね、あそこは」
(まあ、しょうがないか……)
内心でため息をつきながらもゆっくりと立ち上がったセルティアは、ちょっと待ってて、と言うと部屋を出て行ってしまった。
しかし彼女はほんの二、三分で部屋へ戻ってくる。
「今回だけは無償で力を貸してあげるわ。そういう約束だったしね。はい」
そう言ってエルの前に、一つの小さな羅針盤と小さな水晶の首飾りを三つ差し出した。
「今回は少しだけサービスするわ」
「これは……?」
羅針盤はエルに、水晶の首飾りは三人それぞに渡す。
金の装飾がされた羅針盤は手にすっぽり収まるほど小さい。
「そのコンパスには魔導石と、あとちょっとした術を掛けているけど……魔力に反応するようになっているから」
そこで切ると、セルティアは次に水晶の首飾りに目を向ける。
「そっちのクリスタルは……まあ、お守りだと思ってくれていいわ。聖術を使う者は魔力にあまり耐性がないからね。仕方がないことだけど……」
相反する力は弱点にもなり、強みにもなる。それは本人の力量で変わってくるのだが、エル達ならば余程でない限り弱点とはならないだろう。
「持っていて損にはならないでしょ?」
にっこりと笑うセルティアに、エルは一つ頷いた。正体が明確とならない以上護身を増やすのは大事だ。
しかしセルティアから小さな羅針盤と水晶の首飾りを受け取ったエルをハレイヤとジェークも見ていたが、使い道が分からず首を傾げる。
「今回の事件……犯人の目星がつかないのでしょ?」
セルティアの問い掛けに三人の騎士は気まずそうに首を縦にふる。
「そのコンパスの指針は魔力を指すわ。もし強力な魔力を感じたのなら、そのコンパスが示した先にいる……道標になってくれるはずよ」
エルの手に収まる羅針盤を指してセルティアは不敵に笑う。魔術が関わるということは当然魔力が使われているということだ。
「おそらく凶器は魔導機の類い……だけど相当な物よ。この子たちが言っていたでしょ? 街が変だって」
双子が不安そうに見上げるので、セルティアは優しくその頭を撫でる。
「どんなに幼くてもわたしの弟子よ。この子達には異変を見通す力があるの」
リリーとロールのオッドアイからは不思議な魅力を感じさせる。
はるか昔よりオッドアイには大きな力を宿られせるという言い伝えがあるほどだ。
「それに、わたしも街に漂う嫌な魔力を感じたわ」
それは決して一般的な魔導機の魔力ではない。そもそも一般的な魔導機を使用したぐらいで魔力が残留することはないのだ。至るところで使用されているが、それは僅かなものなのである。
夢幻の魔女と言われるセルティアがその違いがわからないはずはない。
「……このクリスタルは?」
犯人を突き止めるために羅針盤を利用することは分かった。犯行が起こる時間帯にこの羅針盤を所持していれば、犯人の居場所を探ることができるかもしれないということだ。
エルはもう一つ渡された水晶の首飾りを見る。
「さっきも言ったようにお守りみたいなものよ。それは純正なの……まだどの力にも染まってないわ」
「へー……なるほど」
セルティアの言葉にエルは感嘆の声をあげる。
水晶は魔術にも聖術にも使用される。しかし一度どちらかの力を注がれると相対する力で使用することはできない。故に純正の水晶は高価とされている。
水晶は保持者の力を増幅させるだけではなく、術者によっては周囲にまで影響を与えることができるのだ。
目の前の騎士は四ツ星と二ツ星の位を持つ者だ。星は力のある者にしか与えられない。彼らほどの力があれば、聖術を駆使してある程度周囲の魔力を緩和することも可能だろう。
これを使用する機会がないのならないで構わない。
「正体が分からない状況なら、念を入れるに超したことはないわ」
「確かに……」
魔術が関わっているのなら尚更だ。予想外のことが起きる可能性もある。
ハレイヤとジェークも合点いったように頷いた。
「きっと役に立つはずよ」
そこでセルティアはそこで言葉をきり、再び不敵に笑うのであった。
そして一息つくようにセルティアはお茶を口に含み付け足して言う。
「まあわたしも探りをいれてみるわ。魔術が関わっているならわたしの分野だし、完全に放置というわけにもいかないしね」
「ありがとう、ティア」
不意打ちにエルが軟らかい笑顔を見せたのでセルティアは薄らと頬を染め、胸を高鳴らせた。
(だから、その笑顔は反則だわ……)
平静を装うために、もう一度お茶を口に含む。きっと装いきれてないだろうな、と思いはながら、カップのお茶を飲み干すまで顔を上げることはできなかった。
そんなセルティアの行動を見て、ハレイヤとジェークは微笑ましいものを感じた。
◇◆◇
夕暮れの時刻となってエル達は魔女の館から騎士隊本署へと帰っていった。ずいぶん長い時間を滞在していたことになり、大丈夫なのかとセルティアは少しばかり心配する。
しかしハレイヤが問題ないと笑顔で断言したので、気にすることをやめた。
「セルティア様、お片付け終わりました!」
リリーの弾んだ声がセルティアに聞こえる。
広めの庭に立ち、夕暮れを眺めていたセルティアは小走りで駆け寄ってくる双子の弟子を見た。
魔女の館に住む者にとって辺りに広がるこの森全てが庭みたいなものであるが、一応柵で囲われた敷地内には手入れの行き届いた庭がある。
多様な植物を栽培し、ほとんどが薬草か食物だ。庭の中心には一際大きな木があり、色とりどり実をつけている。これは魔力を注ぎながら手入れをする木で、色とりどりのそれは"アスの実"と呼ばれる。アスの実は注がれた魔力や周囲の精霊の影響で日々その実の色が変わる。その日収穫された実によって味はもちろんのこと、匂いも効果も全然違ってくるのだ。日々視覚、味覚、嗅覚を楽しませてくれるこの木がセルティアはとても気に入っている。
この庭にはテーブルと椅子も置いてあり、手入れされた花やお気に入りの木を眺めながらティータイムを過ごすこともしばしばある。
「……セルティア様、どうかしたんですか?」
夕日を浴びてセルティアの漆黒の髪が艶やかに輝いている。同じようにアスの実も宝石のように輝いていた。
考え込むように夕日を眺める魔女の姿を見て、ロールは尋ねた。
「んー……ちょっと厄介なことになるかもしれないわね……」
セルティアの呟きに幼い双子の弟子はそっと彼女の服を掴む。それはまるで縋るように。
それに気付いたセルティアはにっこりと笑ってそのオッドアイを覗き込む。
「大丈夫よ、安心して」
そして夢幻の魔女は言う。愛弟子が安心できるように。不安を抱えないように。
「わたしは夢幻の魔女。あなた達も、この街も絶対に守るから」
それは双子が何度も聞いてきた言葉で、破られることは決してない。
リリーとロールは何を恐れていても、セルティアだけは無条件で信じられるのだ。
なぜなら彼女が、師匠であり、姉であり、母であり、夢幻の魔女だから。
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