第三幕 乙女の祈り
第二十六話 憂いの姫
大国アリアレスの王都ベルイーユ、その中央地区の更に中央に巨大な城が聳える。聖と魔の加護を受けたこの場所は大国の王族が住まい、許可された者しか足を踏み入れることは出来ない。
その敷地内には様々な建物があるが、その中でも聖なる加護を煌めかせ、色とりどりの花に囲われた『乙女の宮』と呼ばれる場所がある。
そこは女神の加護を強く受けた聖力を持つ"乙女"と呼ばれる未婚の女性が住まう場所。王族であっても男性は許可なく立ち入ることは出来ない。女性は立ち入ることは可能たが、"乙女"と呼ばれるほどの聖力を保持し、聖術を扱えなければ例え王族であっても住まうことは許されない、まさしく聖域である。
この"乙女"とは顕著な聖力の持ち主である女性に対する二つ名だ。魔術を扱う者の二つ名は魔術連盟と国王の名の元に与えられるが、この乙女という二つ名は唯一の女神エンディールを崇拝する教会と、王妃の名の元に与えられる。
聖域の中には高い塔があり、乙女の部屋が並んでいる。その最上階には最高位の『癒しの乙女』と呼ばれる女性の部屋が用意されていた。
「それは困りましたわね……」
『癒しの乙女』こと、この国の第一王女セイラーン・モルラ・アリアレスは言葉とは似合わず優雅にティーカップをソーサーに置いた。
少し困り顔をするが、その仕草に焦りはなく、優美にさえ見える。
美しく輝く黄金の髪を腰まで流し、長い睫毛がエメラルドグリーンの瞳を縁取る。透き通るほど白い肌に、小さな顔の中で頬は仄かに色づき、形のよい桃色の唇が笑みを作る。その美しさは国の最高峰とされ、女神の生まれ変わりか、と囁かれるほどだ。
「きっとフローラさんは心を痛めていますわね……」
「はい。どうにか出来ないかと近頃はずっと悩まれているそうですわ」
セイラーンの目の前にいるのは同じ塔に住まう乙女の一人で、名をミーネという。赤茶の髪を持ったまだ十二才という年齢でありながら、大人びた雰囲気を持つ少女をセイラーンは気に入っており、空いた時間にお茶を共にすることがある。
「フローラさんと最近お会い出来ないのはそのせいなのですね」
「はい。私も偶々お会いする機会がありまして、少しばかりお話を聞いただけなのですが……お噂ではすっかり気落ちされているとか」
少女は先日耳にしたばかりの話を相談するようにセイラーンに語る。それは花と風の精が嘆いているいうもの。そしてその嘆きに対し、特に花の精と心を通わせるフローラが落ち込んでいるということ。
大人びているといってもまだ子どものミーネは感情をコントロールするのが苦手だ。伏せみがちな表情から明らかにか悲しんでいることが分かり、セイラーンは形のよい眉尻を下げた。
ミーネはフローラと呼ばれる乙女を姉のように慕っていることをセイラーンは知っている。何より、セイラーン自身もフローラとは仲が一際良く、慕っているのだ。それがここ数日姿を見ることがなかった。同じ聖域で暮らしていて、数日見かけないというのはとても珍しい。
「
「……まあ! セイラーン様のお顔を見ればきっとフローラ様も元気になりますわね!」
嬉しそうにするミーネにセイラーンは曖昧に微笑んだ。そんなに上手くいくのだろうかと、不安が晴れるわけではない。ミーネから得た情報だけではどうにも腑に落ちない。
セイラーンは白くほっそりとした自身の手を頬に当てて悩ましげに小さく息を吐く。
「そうだといいのですが……それに気になりますわね。もっと事の詳細を教えて頂きたいわ。誰か――」
そう言って少し思案すると、何事かを思いついたかのように微笑を浮かべる。それにミーネは小首を傾げるしかない。
「どうかされましたか?」
「いえ、少しお願いしてみようかと思いまして」
それが誰にか、何をか、ミーネにはまだ分からないことだった。
◇◆◇
花が枯れた
草も枯れた
大地は――死んだ
花の精の悲しみを
風の精は嘆きながら届ける
このままでは
このままでは無が広がってしまう
淀んだ風は
そして全てが消えてしまう
手遅れになる前にどうか救いを
大樹の封印を解き放ち、輝きを蒔いて
どうか気づいて、助けて、救って
我らに心を許してくれる乙女よ
聖なる加護を持つ者――花の乙女よ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます