第二十七話 招かれざる客
穏やかな気候、時折吹く風は心地よく、木漏れ日は優しい時間を際立たせる。
魔女の庭で一時のティータイムを過ごすのは主であるセルティアと弟子の双子。そして最近ではお馴染みとなってしまった南地区騎士隊長のエル。
「最近は平和ね……いいことだわ」
「あれ以来大したことは起きてないからな。本来これが普通じゃないのか
何となしに呟いたセルティアに、エルは彼女お手製のオレンジタルトを頬張りながら言う。甘酸っぱいタルトは絶品で、エルのお気に入りだ。そもそもセルティアが作る食事もお菓子も口に合わなかったことがない。
一カ月と少し前、南地区を騒がした辻斬り事件以来、空いた時間にエルは魔女の館を訪れるようになっていた。最初は街中で偶然セルティアや双子に出会い時間があるなら、といった感じで連れられていた。それが今となってはエルが自ら空き時間に訪れるようになっている。これは双子が必要以上にエルを気に入っているということと、セルティアが毎度美味しいもの、特に甘いものを用意しているということに起因している。
少し前に双子に連れられてやってきたエルをセルティアが手作りのケーキでもてなした時の話だ。あまりにもエルが美味しそうにケーキを食べてくれたので、嬉しさの余り、思わずセルティアは「いつでも来ていいわ」と口にしていた。
それから、エルは毎日ではないが、時間に余裕のあれば魔女の館へ足を向けていた。
セルティアも双子もエルも共に過ごす時間がなぜか苦に感じなかった為、いつの間にか見慣れた光景となっている。
「それにしてもあなたは暇そうだわ」
「平和ってことは、俺のする仕事がほとんどないってことだよ」
「なんというか……いい身分ね」
エルの部下はみな揃って優秀なのだ。大事がなければ部下だけで騎士隊は機能する。特に副隊長のハレイヤは状況を常に判別し、平時はエルの手を煩わせるようなことは一切しない。だから休憩時間をのんびりと魔女の館で過ごすことができる。
「それよりティア、もう一切れ貰ってもいい?」
「いくつでもどうぞ。なんなら全部食べていいわよ」
おとぎ話の王子様を彷彿させる容姿をしているエルが甘いもの嬉しそうに食べている、そんな姿に苦笑が漏れる。セルティアも双子も作るのは好きだが、実際に食べるのはほんの少し、今回なら一切れだけだ。大概余ってしまうのだが、エルと共に過ごすようになってからその心配がなくなった。
「エル様、明日も来てくれますか? 明日はチョコレートのケーキを作るんです!」
双子はどちらもエルに懐いているが、特に女の子のリリーの方が顕著だ。元々性格的にもリリーの方がロールより活発なのだが、相手が美男子だとより効果的なのかとセルティアは密かに考えてしまう。
「たぶん、大丈夫かな」
「なら、エル様。明日も剣の稽古をつけてくれますか?」
「もちろん」
リリーよりも落ち着きがあるロールは最近エルに剣の稽古をつけてもらっている。エルの腕前は南地区内ではもちろん随一で、国内でも相当な部類に入るという。最初、ロールが申し出たときセルティアは驚いたのだが、エルは嫌な顔一つせず、快く引き受けてくれた。どうしてもセルティアが教えてあげることのできない分野なので、内心とても感謝している。
そんな双子と騎士のやり取りを見て、やはり平和だと改めて思い微笑みながらティーカップを持ち上げた。
「……あら」
ふと、ティーカップを持ったままの状態でセルティアは眉を寄せる。微笑みが消え、薄っすらと目を細め空を仰ぐ様子に双子とエルは困惑した。
「どうかした?」
「……はた迷惑なのが来たわ」
幾分か声のトーンを落としたセルティアと同じように空を仰ぐ。青い空の所々に木々の葉が揺れているが、それ以外なんの変哲もない。
「いや、なにか……」
(来る……?)
穏やかな空間に異質の気配を感じ、エルも眉間に皺を寄せた瞬間、青の中に赤い光が輝いた。
目を凝らしてみると小さな赤い光は徐々に大きく、そして近づいてくる。
「な……」
なに、と続けようとしてエルが目を見開くと同時に庭に衝撃が走った。目の前に土埃が立ち上がり、何かが降ってきたのだとわかった。双子は驚きの余り慌ててセルティアの背後に隠れる。
「ティア、これは……」
「招かれざる客だわ」
驚く様子もなく言い放てば、引き続きティーカップを口につけ、お茶を含んだ。落ちてきたものに興味がないと言外に表している。とりあえず、エルは訝しがりながら落ちてきたものに目をやった。
「随分な言い方じゃねえか、夢幻」
燃えるような赤い髪と、暗みを帯びた赤い瞳、ローブの下から覗く鍛えられた体躯に長身の若い男。それが落ちてきたものの正体だ。睨み付けるようにつり目の赤い瞳を向け、口先を引き上げながら鼻を鳴らし、セルティアと隣にいるエルを見比べる。
「へえ。楽しそうじゃねえか」
「あなたがいなければね。用がないなら帰ってくださる?」
「用があるから来たんだよ。んなことも、わからねえのか?」
馬鹿にしたように言い放つ赤い男にセルティアは冷たく睨み付ける。お互いに睨み合ったかと思えば、男の方が急に笑い出した。
「はは! 相変わらずつっけんしてるな! ちょっとは愛想よくしろよ」
「……あのね、まともにやってこれない人にどうして愛想よくしないといけないわけ? ここは入り口じゃないわ」
セルティアは至極真面な言い分をし、そっぽを向く。それを男はまた笑い飛ばすので、彼女の機嫌は急降下していく。
「あの、セルティア様……お客様、ですか?」
おずおずとセルティア背後から姿を現す双子を見て男は一瞬驚き、続いて訳知り顔で笑顔を向け手を上げて声をかける。
「よお! それが夢幻が引き取ったっていうガキか!」
その物言いにセルティアは再び睨みつけ、双子は背後へ隠れるように戻ってしまった。
「なんで隠れるんだよ? 別にとって食うわけじゃあるまいし」
「あなたが粗野だからよ。もう、本当に何しに来たの?」
そう男に訊ねれば今度はエルの方を向き、上から下へと不躾に眺めてはニヤリと笑う。そして何やら一人頷いては、またニヤリと笑う。見られた側の頬がひきつるのは仕方がないだろう。
「……ティア、なにこれ。知り合い?」
(あまり関わりたくないタイプだ……)
エルが声を落として隣に囁けば、セルティアは眉間に手をあてて唸っていた。彼女とどういう関係かは知れないが、間違いなくエルとしてはお近づきになりたくない部類に入る。
「いんやー夢幻が男に入れ込んでるって聞いてよー! どんなヤローか見に来たんだよ!」
「はあぁっ?!」
突拍子もないことを聞かされたセルティアは驚愕のあまりそれ以上の言葉をなくす。それを良いことに男は勝手なことを一人話続ける。
「どんな奴かと思いきや大したことないな。まあ、俺の次にはカッコイイかもしれねえが……俺の方が断然イケてるぜっ!!」
「……わかったから帰ってくれる?」
高らかに自分の容貌を自慢する男に一同は呆れてなにも言えない。
確かに赤い男の見目は悪くない。鍛えられた男らしい体躯もくっきりとした太い眉と鋭い眼光も、見た目だけなら良い男になるのだろう。しかしそれは美しさを持つエルとは別の良さであって比べられるものではない。そもそもセルティアはそんなことに興味はない。
「エルに会いたかったのね。ならもう用は済んだわよね? 帰ってくれるわよね?」
これ以上相手にしたくないため帰れと、念をおして言うが、男は首を振って帰ろうとはしない。
(もう強制的に追い出そうかしら)
言っても聞かないなら実力行使をするしかないと心を決めたとき、冷たい空気が庭を満たした。
それに男は嫌な顔をし、セルティアは深いため息をつく。
「次から次へと……!」
苛立ちを込めて前を見据えれば、冷ややかな風と共に青い髪を流した男がゆっくりと上空から降り立つ。
「邪魔をする、夢幻」
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