懐かしい町、新しい町

和徳太郎

引越し

 生きてきた時間がどうしようもなく懐かしくなるような、なんだかそこにいる人がとても身近に感じられて、戻るとふっと寂しくなるような、そんなことってないだろうか。

ユースケは静かに部屋の中にいるとき、よくそんなことがあった。本を読んでいてもだんだん物語が遠ざかり、いつしか幼い頃遊んだ公園や小学校の校庭を思い出している。思い出の中ではずっと小学生のままで、校庭で声を枯らして遊んでいる。なんて楽しく、騒々しい日々だったことか。

 ユースケは中学生になって初めての夏に、小学校の友だちのみんなと少し離れた都会に家族で引越しをした。

みんなで野球をした公園も、友達と待ち合わせをした団地も、お兄ちゃんと虫取をした畑も、全部遠くになる。引っ越してふた月たっても、「ああ今ごろあの公園も同じ夕焼けに染まってるのかな」「本屋に行ったらユカちゃんと会えるかもしれないな」「向かいの家のおじいさんは畑を耕してるのかな」とか、色々なことが思い浮かんでは心が地元に帰っていた。

二つ年上の兄のダイスケはいつもどこか落ち着いた空気があって、地元のお気に入りの場所を一通り散歩するとそれ以上に懐かしがったりせず、本を読んだり受験して入ったちょっと遠くの中学で新しく友達をつくり、バスケ部にいそしんだりカラオケにいったりしていた。秋になる頃には、まるで地元の柏原にいたことを全く忘れたかのようだった。

「お兄ちゃんは柏原が懐かしくないの?」あるとき夜ご飯を食べながらユースケが聞くと、バスケ部の練習で疲れたダイスケは「そんなに思い出さないよ、柏原の友達とも会わなくなったし。」とテレビに顔を向けたまま眠そうに答えた。部活がある日は眠いのだ。明日も練習で朝が早い。

一緒にお母さんの買い物について歩き回ったのに、お父さんの運転する車でドライブして回ったのに、その思い出はどこに行っちゃったんだろう。ユースケは不思議でならなかった。ユースケは学校で友達と遊んでも夕方には帰って、家でぐーたら音楽を聴いたりマンガを読んだりしていると、ふと柏原を思い出しては懐かしい気持ちになっていた。

お父さんとお母さんは、中学生になったらちゃんと自分で自分のことを決めなさいと言って、あまり口を出したりしなくなっていた。愛情でそうしてくれてるのは分かるけど、それもまたユースケには寂しい。思い出のなかの自分は周りにワイワイ話しかけられて、はしゃいで楽しそうに見える。そんな時間を部屋のすみっこで思い出しては、またマンガの冒険のお話に戻っていった。マンガでは仲間と熱い絆に結ばれ、いつも全力で夢にむかって航海している青年が活躍中だ。熱い想いに涙を流したりして読み進めながら、「いいな、熱く努力してるの。僕は友達も一緒にカラオケとか遊びに行くくらいだしなぁ…」と心の底でぼんやりと思っていた。

引越しは寂しい。もしも友達と今でもたくさん会えていたら、中学での寂しさも相談できたりしたかもしれない。ユカちゃんともっと仲良くなれたかもしれない。だって、過ごした時間が違って、一緒に遊んだ思い出がたくさんあるから、感覚として僕のことをわかってくれてる、僕も相手のことがわかってる気がする。だからどんな話をしても味方になってくれる、一緒に寂しい気持ちを乗り越える方法を考えて動いていける。ユースケはそんなふうに考えていた。

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