13 神様
鴉摩高校へ来た目的。
それは〈
探すといっても
ただ、今となってはそれも微妙なところ。
授業中カルナから聞いた話によると、鴉摩高校は桜が入学する学校ということで、全校生徒および教師職員、簡易的ではあるが調査を四月の頭に一度行っているらしく、その時に怪しい者――経歴や霊術師としての実力を偽っているような者は見つかっていないとのことだ。
ならもうこの学校を調べる必要はないのではとカルナに尋ねたが、国神である桜が直接確認することは充分に意義のあることだそうで、是非ともお願いしますと念入りに頼まれた。
カルナとの通信を終えたあと、授業が終わるまで学校全体に強化された感知領域を広げて探ってみたが特段強い霊力反応はなかった。
霊術師としての実力が高ければ体内霊力の質を偽装することは造作もないことではあるが、わざわざ力を隠して初級者学校に入学する者など、はたしているのだろうか。
存在自体が不確かな人探し。すでに一度調査済み。初級者学校に力を隠している生徒がいる可能性。
それらのことを考えるとあまりやる気は出てこないが、おそらく今回の件で一番負担をかけてしまっているであろうカルナに頼まれてはやるしかない。
それに女生徒探しをしながら確認しておきたいことがある。
無駄な時間にはならないはずだ。
探し方は単純に生徒の顔を一人一人直接見ていくというもの。
もしもその謎の女生徒本人を前にすれば神核が何らかの反応を示すのではないかと、カルナから曖昧な感じの説明を受けた。
直接顔を見るのではなく写真などでの確認ではダメなのかと訊いたところ、わからない、できるかもしれないというまたしても曖昧な返答。
先ほど詩織にも同じ事を訊いたが、カルナと同じく分からないということだった。
〈未来視〉は国神だけが扱える力。
だから〈未来視〉が実際にどのような力の働きを見せるのか、その詳細までは二人とも把握できていないようだった。
ひとまず全校生徒の顔写真をデータで手配してくれることになったが、カルナの方もいろいろと立て込んでいるようで少し時間がかかるとのこと。
写真が届くそれまでの間は直接生徒を確認していくということになっている。
どうやって生徒を確認していくか、その方法は事前に考えていた。
詩織の能力を使う。
異能力・唯識。
唯識の力を使えば誰にも邪魔されることなくスムーズに調査を行える。
行える、はずだったのだが。
「すみませんっ、桜様。はぁ……っ、はぁ……」
頬を上気させた詩織は荒い息づかいを繰り返す。
そんな詩織を桜はどうしたものかと見ていた。
遡ること十分前。
二時間目のチャイムが鳴ると同時に桜と詩織は動き始めた。
屋上から学校入り口に向かって降り、そこから詩織の手を取って能力を使ってくれるように頼み校内に入る。
昇降口には生徒が一人居た。
すでに二時間目の授業が始まっているが、特に慌てた様子もなく気怠げに靴を履き替えている。
後ろを通りながらスカート短けぇなと見ていたら少女が動いた。
少女は怪訝な顔をして思いっきり桜と詩織の方を見ている。
おかしい。
詩織の能力で今は誰にも認識されない状態のはず。
どうなっているんだと隣を見ると、顔を朱に染めた詩織が居て。
まさか、能力が発動していない?
桜は詩織の手を引いてすぐさまその場から離れた。
その後適当に校内を走り、人の気配がなかった図書室に辿り着く。
身を隠すため一番奥の本棚へ向かい、握っていた手を離し、二人はその場に座り込む。
そして今、詩織が落ち着くのを待っているというわけだ。
詩織はまだ胸に手を当てて呼吸を整えている。
何故、詩織は能力を使えなかったのか。それは聞かずとも詩織の様子を見れば分かる。
能力を使える精神状態ではなかったのだ。
伊佐奈も集中が乱れて肝心な時に力が使えないということが度々あった。他の異能力と同じく詩織の異能力・唯識にも一定の集中力が必要なのだろう。
ただここで問題なのは、詩織が能力を使えないほどに集中が乱れた原因だ。
「一応訊いておきたいんだけど、力が使えなかったのは私のせい?」
「いっ、いえっ! 決して、桜様のせいでは……! ただ私が、未熟なだけで」
「……私と手繋ぐと、緊張する?」
「それは、その…………」
詩織はこくりと頷いた。
まさか手を繋いだだけで力が使えなくなるとは。
思い返せば昨日、国神の祠に侵入するため詩織の手を握った時も今と似たような反応をしていたか。
そして詩織は深呼吸を繰り返し、集中を取り戻して桜とリリスに唯識の力を使い、国神の祠まで導いた。
しっかりと集中できた状態であれば、力を使うことはできるようだが。
(まあ、こういったところを確認しておきたかったわけだけど)
桜が女生徒探しをしながらしようとしていたこと。
それは詩織の異能力・唯識の力の確認だ。
詩織に姿を消してもらった状態で学校を見て回り、その中でいろいろと試しながら唯識の力について知ろうと思っていた。
(けど参ったな。このままじゃ)
学校を見て回ることは難しそうだ。
集中さえできれば力は使えるだろう。だがその集中がどれだけ保つか分からない。
教室内を見ている最中に集中が切れれば、仲良しこよしで手をつないだ噂の礼家二人が突然教室に現れた、なんてことになる。
最悪だ。
「こういうもんは慣れよ。ほら、手繋ぐくらい別にどうってことないって」
桜は左手を伸ばし隣の詩織の手を上から包み込む。
詩織の身体がぴくりと震える。
(うわぁ、顔真っ赤)
詩織は「すみませんっ」と桜の手を振りほどき、両手で顔を覆った。
まさかここまでとは。
(……この子、こんなんで私を運んで飛ぶとか言ってたのか)
雛から鈍感だの女心が全然分かってないなどと散々言われてきた桜だが、さすがに詩織から強い好意を向けられていることは分かっている。
そしてその好意がかなり特殊なものであるということも。
「詩織はさ、私のこと……」
私のこと、どう思ってる?
そう言いかけて言葉を止める。
普通に恥ずかしい自意識過剰な質問だ。
すぐさま軌道修正。
「……神様って言ってたけど」
「え?」
「ほら、昨日の決闘前。何かそんな感じのこと言ってなかった? あれってどういう意味なのかなって思ってさ」
まだあの時の桜は国神になっていない。
だが詩織は桜のことを〝神様〟だと言った。
おそらく、国神とはまた別の意味での神様。
その神様とこうして直に接することは詩織にとってとても緊張することなのだろうか。
詩織はゆっくりと顔を覆っていた両手を下ろし、そして桜を見る。
「そのままの意味です。桜様は私の神様です」
「何で、神様?」
「桜様と初めてお会いした時、桜様は仰いました。私は詩織の神様だと」
そいつ頭おかしいんじゃないのと言いかけた言葉を呑み込む。
どうにもそのおかしな奴の名前は絢咲桜というらしい。
胸に手を当てて、すっと静かに安らいだ声で詩織は語る。
「今の桜様には訳の分からない話だと思います。ですが間違いなく私は桜様にこの命を救っていただいたのです。私に世界を、道を示してくれた。だから桜様は私の神様なんです」
当然桜にそんな記憶はない。
詩織とは昨日初めて出会った。
だが詩織もそのことを理解した上で、桜に救われたのだと言っている。
昨日、詩織と初めて出会った時、詩織の目は桜ではない別の誰かを見ているようで、重ねているようで、桜はそれがとても気味悪くて仕方がなかった。
しかし今では不思議なことに、そういったところも含めて受け入れたいと思っている自分がいる。
「お待たせしました、桜様。もう大丈夫です」
詩織が立ち上がり、桜に手を差し出した。
その手を握る。
詩織の表情は変わらず穏やかなままでいる。
「どうしたの、急に」
「桜様と初めて出会った時のことを思い出しました」
翡翠の髪がさらりと揺れて柔らかな微笑みを見せる。
「行きましょう、桜様」
桜と詩織は手を繋ぎながら図書室を出た。
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