第17話 ハッキング~『作家でたまごごはん』の一番長い日 前編~
「何が起こってるの?」
坂本マリアが珍しく昼ごろに重役出勤をしてきたら、<作家でたまごごはん>の事務所では大事件が発生していた。
事務所はいつになく喧騒に包まれていて、派遣+アルバイトスタッフ21名がパソコンの前で必死にキーボードを叩いている。
何故か、事務所の電話も鳴りっぱなしで、女性スタッフが対応に追われている。
「ユーザーアカウントが次々と乗っ取られて、書かれた小説がどんどん削除されてるんです」
メガネ君がキーボードを叩きながらマリアに告げた。
額から汗が流れ落ちている。
「どうもウィルスプログラムらしくて、ユーザーがログインしたとたん、IDとPASSを抜かれているらしいです。それが引き金になって小説削除ががはじまるプログラムです。僕もユーザーのツイッターを夜中にチェックしていて気づいたんですが」
チャラ夫は空気は読めないが、プログラムは読める優秀なプログラマーだった。
長髪が黒いが、夜中に緊急出勤したためか染める暇がなかったようだ。
「はい、ドーナッツとアイスコーヒーです」
織田めぐみも今日ばかりはミルクコーヒーを入れる余裕がない。
大量の袋を両手に抱え、コンビニから食料を調達する補給部隊に徹していた。
今日も、もちろん、かわいい。
「対策はどうなってるの?」
マリアの声が大きくなる。
「サイトのトップページにユーザーにログインしないように警告文を表示しています。今、ツイッター、ブログなどにログインしないように一斉メールを送ってますが、更新頻度が高いユーザーはつい習慣でログインしてしまうようです。サイトと公式ツイッターに阿鼻叫喚の苦情メッセージ、リツイートが殺到しています。全スタッフで対応中です。プログラマー軍団は何とかウィルスプログラムの解析とブロックに取り組んでいます」
メガネ君が報告する。
「プログラマー軍団にそんなスキルがあるの?」
マリアは驚いた。
「いや、サブチャンネルのサーバーメンテナンス部隊をごっそり僕が引き抜いていたんです。結構、こういうトラブル対処は慣れてますよ。しかし、これはかなり高度なハッキングスキルの持ち主らしく、<作家でたまごごはん>のデータの1/3がすでに喰われています」
「なんてことなの! データのバックアップはないの?」
マリアは頭を抱えている。
「自己責任でデータの保存を行うことになってますから、データのバックアップはサイトシステムにはありますが、果たしてサーバーにログが残ってるかどうかは怪しいです」
メガネ君は絶望的な気持ちになった。
<作家でたまごごはん>の財産は、膨大なユーザーの小説データである。
システムは再構築できても、ユーザーの汗と涙の結晶でである小説データが消えてしまえば、それを復元することはできないし、おそらく、ショックを受けたユーザーは大量にサイトを離れてしまうだろう。
たぶん、最近、上場して小説掲載システムを整備した『ネット小説出版社』である<メガロポリス>あたりに引っ越してしまうと思われる。
「大丈夫よ。バックアップはあると飛騨君が言ってたわ」
その時、変なピンクのサイバーグラスをした女が現れた。
「え? あなた誰?」
マリアは目をぱちくりしている。
女はサイバーグラスを外した。
「あーーーーー! 舞さん、神楽舞さんじゃない!」
<作家でたまごごはん>の神棚に飾られたふたりの遺影(?)と完全に一致している。
写真より、実物の方が数倍、美人である。
マリアに匹敵するぐらいの美人である。
そういえばスタッフが21名に増えていたのに気づいていたが、アルバイトの増員だと思っていた。
しかし、何よりマリアのことを美人だと思っていた自分に驚くメガネ君であった。
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