複垢調査官 飛騨亜礼

坂崎文明

複垢調査官 飛騨亜礼

第一章 複垢調査官

第1話 複垢調査官

「今日の案件はどんな奴だ?」


 某IT会社に勤務する男、飛騨亜礼ひだあれい

 彼は某巨大小説投稿サイトに依頼されて、今日も複数アカウントによるポイント水増し判定の仕事をこなしていた。


 この巨大小説投稿サイトでは、読者のブックマークやポイント評価によるランキングが存在している。

 このランキングで人気になれば、出版社からオファーがきて、書籍化作家になれる作者も続出している。

 それを見た作者が「複数アカウントによるポイント水増し」という不正によってブックマークやポイントを上げることを思いつくのに時間はかからなかった。 


 最近では某巨大掲示板のスレから通報とかが来て、小説投稿サイトの運営も疲弊しているということで、面倒な複数アカウントの調査とかが彼の会社に外注されるようになった。


 スマホを開発した米国のIT企業は、本社の基幹部門であるデザインやプログラム以外の機能をすべて外注してるいうが、世界的にもそういうアウトソーイングの流れは顕著である。

 それが個人情報流出などの問題も生むのだが、自社ですべての機能を揃えるよりは専門業者に任せるのがコストパフォーマンス的に最良となる。


「ライノべ太郎? わかりやすいアカウントだな」


 ライノべ―――おそらく、ラノベなのだろうが、投稿小説本文でも同じ特徴的な単語が使われている。

 この時点でこの投稿者はほとんど「クロ」だというのがわかった。


 某巨大掲示板の管理人の発言であるが「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」という名言がある。2000年の西鉄バスジャック事件(ネオ麦茶事件)でテレビ朝日の報道番組にインタビューを受けた際の発言である。


 飛騨亜礼もIT会社に勤務しながら、巨大掲示板に入り浸っていて、文字情報のみのコミュニケーションスキルがいつのまにか身についていた。


 掲示板では成りすましや自作自演が日常茶飯事で、そこで議論を戦わせていれば、相手の言ってることが嘘なのかどうかだけでなく、文章の癖や特徴を何となく見抜くことができるようになる。


 匿名掲示板ではなく、普通にハンドルネームを使う掲示板で、名前を変えたとしても、文章の癖から誰が書き込んだかだいたい分かってしまうのだ。この感覚を説明するのは難しいのだが、ネット生活が長い人なら分かってもらえると思う。


 指紋ならぬ「文紋」のような特徴的な癖やリズム、句読点の使い方などで書き込んでる人物をほぼ特定できるのだ。


 「ライノべ太郎」というハンドルネーム、「ライノべ」というあまりにも特徴的な単語を小説本文でも使ってるとは、同一人物だと見抜いてくれと言ってるようなものだ。


 しかも、その他の怪しいアカウントも、作者の作品のみ全部を評価してる時点で察してくれと言わんばかりだ。これでは不正してることを自白してるようなものだ。


 あとは運営から送られてきたサーバー情報と照合して、アカウントの作成日時とかも調査してレポートを作るだけだ。


 調査結果判定欄に「削除」と打ち込んで、運営にメールでレポートを送った。


 複数アカウント、結局、そこにはどうしても不自然さというものがつきまとう。

 ニュースなどでも、嘘をつく人には不自然さ、違和感が存在する。

 それが真実でないかぎり、嘘であるかぎり、それを避けられない。


 文字は嘘をつかない。

 文字をみれば、それが真実か、嘘かは文字自体が教えてくれる。 

 文字を綴ってる、小説を書いてる人がそれに気づかないのは困ったものだと、飛騨亜礼は今日も思う。

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