第54話 戦国三国志
「萌さん、『戦国三国志』面白いですね。SF ジャンルの新人賞はこの作品にほぼ決定ですね。最初はSFジャンル一位だったけど、三文字小説『パレオ』のお陰で二位になってるけど」
飛騨亜礼は珍しくべた褒めである。
「確かに、品川駅S陣営が突如、自己増殖能力を獲得して上野駅Mに侵攻するかにみせかけて、実は大阪駅M陣営の謀叛を誘う罠だったという展開は史実を踏まえているし、歴史ファンには胸熱展開です。特に天下分け目の関ヶ原決戦シーンが秀逸で、品川駅S騎馬隊の突撃を一夜城『真田丸』が鉄砲の100段撃ちで壊滅に追い込んだと思ったら、実はそれは囮部隊で、背後の崖から義経、信玄、信長、謙信の品川駅Sの精鋭騎馬隊が襲いかかかるのよ。ところが、大阪駅Mの天才軍師、諸葛亮孔明の<落とし穴の計>の前に信玄が落とし穴の底で憤死するんだけど『俺の屍を超えてゆけ!』という名ゼリフで盛り上がるのよ。そして……」
萌は『戦国三国志』の序盤の名シーンのネタバレを一気にまくしたてた。
「ちょっと待った! 萌さん! まだ、その小説、一話しか読んでないんだ」
飛騨は涙目になっていた。
歴史要素満載のSF『戦国三国志』は飛騨が読むのを楽しみにしていた小説であった。
好物のおやつを最後に食べるタイプだったのが災いした。
「大丈夫よ。飛騨さん、ここから実に108回ものどんでん返しがあるし、ほとんど全編戦闘シーンが続いて、全く改行のない圧倒的な文章力、迫力に読者は飽きる暇もない。わたし、1100万字を一気に読んじゃった」
萌さんが珍しく瞳をキラキラさせている。
いや、普通なら飽きるはずだが、それをここまで読ませるとは、作者の<イスパニアのユパ>の筆力は尋常なものではない。
「108回のどんでん返し、全く改行もなく一気に読ませる1100万字の小説! 一体、どういう小説なんだ? どうして三国志の英雄が大阪駅M陣営に混じってるんですか!」
飛騨はあまりの内容に思わず叫んでしまっていた。
「いいのですか? ネタバレになりますよ」
その言葉とは裏腹に、萌の妖狐のような切れ長の瞳が猛烈に語りたがっていた。
「凄く気になるんで、是非、聞きたいんだが……」
飛騨は期待でごくりと
「話すと長くなるんだけど、簡単に言うと、<SM効果>で中国大陸の洛陽駅Mが九州の博多駅Sとドッキングしてしまうんです」
「うわ! そう来たか! 博多駅Sは壊滅して、九州は無限増殖する洛陽駅Mの三国志勢に占領されてしまうのか! その後、東に進撃して行った洛陽駅Mと大阪駅Mとが同盟を結ぶ。確かにMとMは惹かれ合うからなあ。神武東征の歴史を再現してるとも言えますね」
「飛騨さん、わかってらっしゃる!」
『戦国三国志』ファン同士でなければ、意味不明なディープな会話がしばらく続いた。
飛騨はあくまで目次と一話だけ読んで勝手に想像してるだけなのに話が噛み合ってるのが不思議だが。
「飛騨さん、確かに面白い小説なんだけど、この作品が読まれてる理由は何なんでしょうかね?」
「たぶん、『SM効果』とか用語解説が必要なほど謎めいた世界設定が受けてるのかも知れません。おそらくそれが『エヴァンゲリオン効果』を生んで作品に嵌る人が増えた。それに日本の戦国時代と三国志の合体という夢の展開も僕のような歴史ファンを取り込んで人気に拍車をかけた。例えば、大阪夏の陣で非業の最期を遂げる真田信繁(幸村)ですが、彼の味方に天才軍師、諸葛亮孔明、劉備、関羽、張飛、趙雲、馬超、曹操、夏候惇に夏候淵、さらに、孫権、周瑜、魯粛、呂蒙、陸遜も出てきますから、もう歴史ファンにはたまらない。中盤から董卓、呂布、司馬懿も登場して強力すぎる大阪駅M&洛陽駅M陣営に対して、坂本竜馬や新撰組が登場するシーンは日本人には感動の展開でしょう。最後は卑弥呼、神武天皇、八百万の神々の力を借りた品川駅S陣営が圧倒するわけですが、中盤の沖縄沖海戦でアメリカ、ドイツ連合軍の急降下爆撃機に苦戦する最前線原子力戦艦空母『真田丸』の
目次と一話だけしか読んでないのに、これだけ語れるのは飛騨亜礼の特技である。
「飛騨さん、大体、合ってる。確かにそうかも知れないわ。『戦国三国志』ってツイッターで思いつきでつぶやいたものを小説にしていったらしいの。ツイッターで1日にフォロワーが1000人ぐらい増えたこともあって、本物の物理学者から設定のアイデアが出てきたり、ツイッター民に支持されて集合知によって完成された『Twitter小説』とも言えるわ。『戦国三国志』のツィッターのまとめの閲覧数が120万超えてるし、日本の人口の1%というのも凄い」
萌もいろいろとリサーチしてるらしい。
「文字制限があるツイッターで、断片的なアイデアを出していって、それを小説にまとめるのはいいかもしれないね」
飛騨はネット小説投稿サイトの<作家でたまごごはん>に秘かに連載してる小説『聖徳太子の
「これって、<作家でたまごごはん>のヒット小説の『あくゆう悪魔勇者』(作者:誉ももよ)の作品の誕生に似てますよね。あっちは巨大ネット掲示板<サブちゃんねる>に連載されたものが書籍化された。たぶん、『戦国三国志』も新人賞を受賞して大手出版社<KAWAKAMI>から出版されるんだろうけど、この作品が<作家でたまごごはん>ではなくて<ヨムカク>に投稿されたのは非常にラッキーでした。運営としてこういう場所を作れたことは良かったなと思います」
最近、萌の瞳に元気が戻ってきていいのだが、逆に<作家でたまごごはん>の運営の神楽舞の機嫌が非常に悪いのだ。
今や、ネット小説投稿サイトで最強を誇るようになった<作家でたまごごはん>も4月からジャンル再編で忙しいようだ。
それは<作家でたまごごはん>のトップ人気作家をことごとく引き抜いて、その小説を大ヒットさせた大手出版社<KAWAKAMI>が、ついに新ネット小説投稿サイト<ヨムカク>を作ることで、<作家でたまごごはん>一強だったWeb小説業界に勢力変動が起こると言われてるからだ。
とはいえ、<作家でたまごごはん>は最強のネット小説投稿サイトなのだが、大手出版社<KAWAKAMI>やネット出版社<メガロポリス>とは協力関係にあり、本が売れる→それが無料で読める<作家でたまごごはん>に読者が集まるという好循環が生まれていた。
だから、大手出版社<KAWAKAMI>が新ネット小説投稿サイト<ヨムカク>を、Hブックマーク、Hブログなどで有名なH社と組んで立ち上げた時、運営の神楽舞は「何じゃこら!」と思ったようだ。
大手出版社<KAWAKAMI>のK社長の戦略としては、<作家でたまごごはん>で流行ってる『異世界転生小説』ではないWeb小説の発掘を目的として新ネット小説投稿サイト<ヨムカク>を立ち上げていた。
最近の<作家でたまごごはん>出身の<KAWAKAMI>作家のベストセラーでの活躍が目覚しく、K社長が経営する会社<ドランゴ>でも、ネット民を取り込んだ<サブサブ動画>が大ヒットした成功体験を持っていた。
その手腕が買われて、大手出版社<KAWAKAMI>の取締役社長にスカウトされたのだが、大手アニメスタジオ<シブリ>に行ってエンターテーメントを学んだりしていて、大手出版社<KAWAKAMI>をネットに適応した出版社に生まれ変わらせるのが使命であると考えていた。
その改革の一手が新ネット小説投稿サイト<ヨムカク>であったのだ。
まあ、そういうことだから、<作家でたまごごはん>と<ヨムカク>はある種の補完関係にあり、<作家でたまごごはん>から流れてきた小説家が活躍する訳ではなく、全く違う場所で生まれた異色の小説家が活躍してる展開になってるので、神楽舞の心配は今のところは杞憂である。
「そうですね。僕はそろそろ上がらせてもらいます。萌さん、良い土日を!」
「飛騨さん、まさかこの土日に<作家でたまごごはん>の神楽舞さんのところにいらしゃらないわよね?」
飛騨亜礼はさりげなく退社しようとしたが、萌の追求は鋭かった。
「まあ、この前、ドーナツを陣中見舞いにくれたでしょう。お返しぐらいはしときたいですが、長居はしませんよ」
全く行かないというのは不自然なのでちょっと伏線と予防線を張っておいた。
「飛騨さん、お茶もう一杯入れましょか?」
京都では「ちょっと上がっていきなはれ」「お茶漬け食べていきなはれ」「お茶もう一杯入れましょか」は、全部『はよ帰れ!』の意味である。
萌の切れ長の狐目は美しく、それがかえって怖い。
「――――」
流石の飛騨もここは三十六計逃げるにしかずを実行するしかなかった。
<ヨムカク>のビルの一階にエレベーターで降りた時には額に汗がにじんでいた。
ダークブルーのサイバーグラスを外して汗をぬぐった。
とりあえず、舞さんのところにお土産もって行ってみるかな。
<パティスリーエンドレス>のケーキにするか。
土曜日の朝からいい男が人気ケーキ屋に並ぶのも微妙なものもあるが。
しかし、<作家でたまごごはん>と<ヨムカク>は一体、どんな変貌を遂げるのだろう?
ネット小説業界の行方も気になる。
だが、飛騨亜礼の予知眼でも、ネット小説の行方はまだ全てを見通せないでいた。
※あくまで、このお話は
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