第53話 イッコーさんの歌♪

「すきすきすきすき、すき、すき、恋してる♪ すきすきすきすき、すき、すき、イッコーさん♪」


 《ヨムカク》の運営の萌さんの歌が聴こえてきた。

 そこは《ヨムカク》の京都事務所である。


「萌さん、どうしたんですか?」


 流石に飛騨も心配になった。

 新ネット小説投稿サイト《ヨムカク》は現在、大混乱に陥っている。


 SFジャンルランキング一位には三文字小説が君臨してるし、読者数がまだ伸びないので、作者同士の馴れ合いレビューがかなり横行し、フォロ爆、☆爆という現象が初期には流行った。


 フォロ爆とは作者を無差別にフォローしてお返しのフォローをもらうことで、☆爆とはさらに評価の☆を作者に投げることでお返しの☆をもらう行為である。

 この馴れ合いレビューと☆爆により大量の☆を得てランキングを駆け上がる作者が続出したのだ。

 目に余るものは規制はしているが、いたちごっこが続いていた。


 まるで某人気漫画<ガイジ>の限定野球拳の☆の奪い合いを彷彿とさせるようなエピソードである。

 まさか、ここから<電流爆破鉄鋼渡り>も再現されるのだろうか?

 原作漫画のネタを知らないと、意味不明のギャグですまない。


 そろそろ、運営の萌さんもストレスでおかしくなっても仕方ない頃合である。


「この小説、面白いんですよ。飛騨さん。一休さんのパロディなんだけど、オネエ言葉のイッコーさんが面白すぎる!」


 今日の萌さんはいつになくハイテンションである。

 何かまずい感じがする。


「僕は一休さんといえばアニメとか思い出しますね。その小説、僕も読みましたが、確かに三行目から腹筋崩壊するかと思いましたよ」


「………でも、これでいいんでしょうかね?」


 萌さんの瞳が憂いを帯びはじめていた。

 いかん、これは高気圧の<躁モード>から低気圧の<鬱モード>に移行する前兆だ。


「いや、大丈夫だと思いますよ。まだ、始まって三週間ですし、Web小説コンテスト応募作品の10万字の小説のピックアップもしたし、マイページの改善、K社が運営している<サブサブ動画>との提携と宣伝もやったし、良くやってると思いますよ。スマホアプリもリリースしたし。萌さん、がんばりましょう! しかし、一番大事な評価ランキングシステムの改善はまだいいアイデアが浮かばないけど……」


 つい余計なことを言ってしまった。


「そうですよね。一番大事な評価ランキングシステムの改善策はまだ……」


  萌さんの瞳が闇に沈んでいく。

  これはいかん、いかんぞお。

  その時、飛騨の視線の先に救世主が現れた。


「すきすきすきすき、すき、すき、恋してる♪ すきすきすきすき、すき、すき、イッコーさん♪ いやみは鮮やかだよ いっきゅうひん♪ 態度は傲慢だよ いっきゅうひん♪ 女性には厳しいく いっきゅうひん♪ だけど恋愛はからっきしだよ さんきゅうひん♪ アー アー なんまんだ♪ とんちんかんチン とんちんかんチン 気にしないわー 気にしないわー 気にしないわー 気にしないわー 理想は高いよ 果てしなく♪ わからんチンチン チンチンチン とんチンチンチン イッコーさん♪ すきすきすきすき、すき、すき、恋してる♪ すきすきすきすき、すき、すき、イッコーさん♪ 二番もあるよ! すきすきすきすき、すき、すき、バコーン!」


 イッコーさんの歌を気分よく2コーラス目まで歌おうとしていたメガネ君の後頭部に、鋼鉄製のヨーヨーが炸裂した。

 彼は不覚にも気を失って床に前のめりに豪快に倒れた。


 アルバイトに来ていたアリサの仕業だった。

 アリサは手元に帰って来たヨーヨーをジーンズの後ポケットに仕舞うと、何事も無かったように仕事に戻っていった。

 PCで何かの作業をしているようだ。


「舞さん、どうしたんですか?」


 飛騨は何事もなかったようにメガネ君を踏み越えてくる神楽舞に声をかけた。

 メガネ君も本望だろう。

 俺の屍を超えてゆけと思ってるにちがいない。


「陣中見舞いよ。はい、8-12のドーナツ。コーヒーもあるわよ」


 神楽舞はもう少し美味しければ毎日買うだろう微妙な味のドーナツと、アメリカンだとしてもちょっと薄すぎるのではないか?というコーヒーをお土産に持ってきた。

 だが、今の萌さんには味は分かるまい。

 不幸中の幸いである。


「舞さん、差し入れ、ありがとうございます」


 瞳をうるうるさせる萌さん(24)は今日も清楚でかわいい。


「いえいえ、困った時はお互い様よ」


 間違いなく、同じネット小説投稿サイト《作家でたまごごはん》を運営する者として<敵陣視察>で来ただけの神楽舞(3?)は勝ち誇ったようにない胸をそらせていた。

 口元には余裕の笑みさえ浮かんでいた。

 でも、《ヨムカク》の運営会社H社が、この前、上場したのが少し悔しそうなのは何となく伝わってきた。


「萌さん、元気を出してね。今が踏ん張りどころよ!」


 舞は萌の両肩をがっしりと掴むと、心にこれっぽちも思ってない励ましの言葉をかけた。


「あ、ありがとうございます。ううううっ、萌は幸せ者です!」


 萌は感激のあまり目に涙を浮かべている。

 舞に抱きついて泣きはじめた。

 しばらく泣いていた萌は次第に落ち着いてきて、席に戻ってドーナツとコーヒーをパクついた。

 飛騨も含めて三人でお茶の時間になる。


「飛騨君、そういえば《作家でたまごごはん》にも危機的状況があったわよね」


「ああ、テロリストというか、リアルサバゲー軍団に襲撃された時ですか?」

 

「あの時は、どうなるかと思いましたよ。とっさに神沢社長に連絡して、カオルちゃんが間に合わなかったら、舞さんはこの世にいなかったかも知れませんね」


「そんなことがあったんですか?」


 萌はウサギのような赤い瞳で舞を見つめた。


「あったのよ。実は私、《作家でたまごごはん》の運営といっても、当時は新米で飛騨君に助けてもらいながら必死で頑張っていたのよ。何だか懐かしいわね」


 めずらしく純粋な心に戻っている舞であった。


「そうですね。あの後も大変でしたね」


 飛騨も懐かしい過去の記憶を蘇らせていた。


「そうですよ。俺も大変だったんですから」


 メガネ君がゾンビのように蘇生していた。

 何事も無かったように席についてドーナツをほおばる。

 いい根性してる。


「あの後、飛騨さんと舞さんが謎の失踪を遂げてしまって、俺が《作家でたまごごはん》の二代目運営みたいなもんだったからね。アルバイトだったけど」


 メガネ君もそういいながら過去の記憶を思い出しているようだった。


「俺もその後、大変だったんだけど、今、思えば懐かしい思い出ですよね」


 メガネ君も強くなったな。

 飛騨も感慨深い。


「私も、もう少し粘り強く頑張ってみます」


 萌の瞳に光が戻っていた。


「萌さん、まだ《ヨムカク》ははじまったばかりだ。さて、仕事に戻りますか」


 飛騨はダークブルーのサイバーグラスを掛けなおして席に戻っていった。


 メガネ君が一休さんのEDテーマを歌いかけたが、アリサの真紅の鋼鉄のヨーヨーによって沈黙させられたのは言うまでもない。

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