りふれいん!

米崎夏月

第一話

 今年は記録的な猛暑が続いているとお天気のお姉さんが言っていた。

 全開にした窓からは、小学生であろう子供たち騒ぐ声が、喧しい蝉の鳴き声に紛れ聞こえてくる。

 どうやら近所で鬼ごっこか何かをやっているみたいで、楽しそうにはしゃぐ声と、パタパタという走る靴音が部屋に響く。

 「なんつー生命力だよ……」――小学生も、蝉も。

 こんな炎天下に一時間でもいたら死んでしまう自信がある。部屋の中でさえ、扇風機がなければあっと言う間に干からびてしまいそうだ。

 僕の部屋にある十年物の扇風機は、今にも壊れそうな見た目だが、力強く僕に生ぬるい風を送り届けてくれる。

 中学二年の夏休み七日目。僕は暇を持て余していた。

 普通の男子中学生というものは、このあまりにも長すぎる休暇をどう過ごすのだろうか。部活には入っていない。野球をしたり、ゲームに熱中したりする友達もいなければ、一人で虫取りに奔走するような趣味もない。勉強なんて論外だ。

 敷きっぱなしの布団で寝転がり、何十回読んだかもわからない漫画の一ページをただ、ぼぅっと眺める。

 ずうっとこんな調子でこの夏休み――いや、中学、高校、そして無意味な人生を浪費するのだろうか。だぶん、そうなんだろう。きっと、そんなもんなんだ。

 人間、誰しもが輝けるわけじゃない。

 特に意味もなく、そんなことを考える。


 電話が鳴った。そのコールはすぐに消える。おそらく母が受話器を取ったのだろう。

 この家には今は僕と母しかいない。僕には弟が一人いるのだが、中学へ上がり、幼少期から続けている野球部に入ったようで、朝早くから夕方までずっと練習があるらしく、毎日泥だらけでへとへとになり帰ってくる。わが弟ながら、その努力には尊敬する。一年生ながらレギュラーに選ばれたとかどうとかで、二年の僕にも時々噂が流れてくる。おまけに頭脳明晰、成績優秀。だそうだ。きっとプロ野球選手にでもなるか、一流大学にでも入り、順風満帆な人生を送るのだろう。僕とは違う人間だ。

 誰かが階段を登ってくる足音がした。母だろう。電話の直後だ、何かあったのだろうか?二階には僕と弟の部屋と両親の寝室、ほとんど使っていない物置がある。

 母が僕の部屋のドアを開けた。

 学校からだろうか?時々電話が掛かってくるのだ。主に僕の成績の事。

 僕は寝転がったまま母に目をやると。

「おじいちゃんが亡くなったから、準備して。制服と着替え、忘れないでね」

 母は、いつもと変わらぬ淡々とした口調でそう言った。

 それは唐突で、予想だにしていなかった言葉ではあるけれど、特に驚くことは無かった。

 なにせ祖父とは生まれてから記憶にある限り、一度も会ったことがないのだ。母から祖父の話を聞かされたこともなければ、僕から祖父について訊いたこともない。

 言ってしまえば、ただ親戚関係にある老人が一人亡くなったという事実だけだった。

 しかし、知らないとは言っても親戚は親戚だ。葬儀には出席しなければならないらしいのだが、祖父は随分遠くに住んでいたようで、丸一日かけての電車旅となるらしい。

 学校の方にも母が連絡をしたようで、一時間ほどして弟も帰ってきた。

 大きなボストンバッグに数日分の荷物と制服を詰める。

 葬式なんて初めてだ。マナーやルールなんてものは分からない。参列者だって知らない親戚の人達だろう。漠然とした不安に襲われる。

 支度が終わり、家を出たのは丁度太陽が真上に上った頃だ。真夏の日差しが僕の目を焼き、思わず目を瞑る。

 外へ出たのは四日ぶりだ。

 それでも久しぶりに太陽の光を浴びたからか、どこか淀んだ気持ちが少しだけ高揚したように感じるのは気のせいだろうか。

 父は仕事が抜けられず葬儀には出席できないらしい。

 母と弟、僕の三人で呼んでいたタクシーのトランクに荷物を積み乗り込んだ。

 ひやりとした冷気が僕を包む。

 母が最寄りの駅の名を運転手に伝えると、タクシーは思いのほか滑らかに走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る