赤レンガの朝日
若槻葉栖
プロローグ 朝日
クリスマスより数日前、私は朝日が昇る少し前に目を覚ました。冬は夏よりも日が昇るのが遅い。その分夏よりも遅い時間に朝日を見ることが出来るが、乾燥した空気と冬の気温、そして日が昇っていない状態の外の天気は布団から出ることを拒ませる。この家、そもそも家といえるのかもわからないが、この建物に住んでいるもう一人の住人はもうとっくに起きているか、私と同じ時間に起きたか、とにかくその住人――女なので彼女と云おう――彼女は朝日が昇るのを観たいという理由で毎朝起きている。そこだけみると、ショートスリーパーみたいだが、翌日の天気が悪いと事前に知っている場合は気が済むまで寝ている。なんとまあ、自由な生活なんだ。それでも彼女は自分が後悔をしない生き方をしている。自分が興味が湧いたものには徹底的に調べたり、行動したりする。そのせいで、厄介なことに巻き込まれたりするが、彼女のそういう能力に救われた人が多数いる。
薄いカーテンの奥から光が差し込んでくる。私は急いでカーテンを開き、昇る朝日を観る。実際、この部屋以外にも西に窓がある部屋がたくさんある。それが私と彼女が気に入ったところの一つだ。朝日は近くの海に停まっている遊覧船や、遠くに見える観覧車やタワー。すべてを照らした。もちろんのこと、この赤いレンガの建物――資料館にも照らしていることだろう。
私は伸びをして、体をひねる。若い頃はこんなに早い時間に起きれたことはなかった。特に学生のときや、教鞭を振るっていたときは暇があれば寝る、という概念でいた。学生のときは、定期考査のために授業中は起きていたかったし、かといって学校で寝るのも気が引ける。教師のとき――ほんの数年だったが――は生徒の前で欠伸をするわけにもいかないし、眠いということを表情に出したくもなかった。そのために睡眠時間はちゃんと確保していた。寒さや緊張などで眠れないときは早く寝ないと日中がきついぞ、と思い続けたものだ。今こんなふうにのんびり出来ているのは、今は亡き祖父と彼女のおかげだろう。この建物と管理人という役目を残してくれたのは祖父、知識を与えてくれたのは彼女と云ったところだ。先ほど資料館、といったが資料館のほかに企画展、期間限定の博物館――たまにマニアックな博物館をやっていたりするため。管理人といえどこの建物に管理人は一人しかいない。美術などの知識のある学芸員はいない。一応、彼女は学芸員の資格を持っているが、小説家であるためにたまに手伝ってくれるくらいだ。そう、彼女は売れっ子の小説家なのだ。管理人が一人しかいなく戦闘要員である学芸員がいないなか、自分が美術や歴史について説明できないのはまずい。祖父のときは手伝いをしてくれる若い学芸員がいたそうだが、結婚とかなんとかで手伝うことが難しいそうだ。こうなれば自分で学芸員になるしかない。幸い大学は教育学科で学芸員の資格を得る条件はあったので、彼女に勉強を教えてもらいながら資格を得た。彼女の教え方は、教科書のまま喋るのではなく、その時代の特色や絵画などの描かれたときの状況、その画家についても面白く教えてくれた。そのおかげで、なんなく資格を得ることができた。その礼として彼女はこの建物に無償で住んでいる。そのほかにも私の祖父を知る数少ない一人だったのと、彼女の書いた小説が面白いからといろいろな理由がある。
彼女の書いた小説、といえばほとんどがミステリーだ。そのために事件の捜査などについてったりもする。普通はこんなことできないのだが、事件の手助けをしたりしているらしい。彼女が助手としてついてこいと云ったときについていったことは何回かあるが、実に彼女の見分は興味をそそられるものだった。
日が昇りきると、私はパジャマの上からセーターを着て、パソコンを開く。彼女から送られていたメールを開き、文章を読む。
「朝の日が昇ると共に、海辺に横たわったかつては人だったものが照らされる。それはやがてサーファーに見つけられる。そこで事件が発生したことが云えるのかもしれないが、私は思う。日が昇ると同時に発生したことを告げる。第一発見者はサーファーなのかもしれないが、私は朝日が発見者で犯人だと思った。闇夜に屍を隠し、自分が見計らうタイミングで屍を照らす」
文章はそこで終わっていた。きっと、今日この朝日を見て思いついた内容なのだろう。大好きな朝日を犯人にするなんて結構なことをするな、とそう思った。だが、実際そうなのかもしれない。朝日が犯人ではないのは私でもわかる。だが、自分の好きなものが犯人かもしれないというのはなんとなく共感が出来る気がした。私は返信のボタンを押して、文章を打った。
「犯人は誰?」
赤レンガの朝日 若槻葉栖 @jakuworker
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