第6話 「破産裁判」


裁判所の待合室で、弁護士が僕たちに「聞かれたことだけ答えること。聞かれもしない余計なことは間違っても口にしないように」と諭した。


バカな僕は、暗記しろと言われていた経緯を左手の手のひらにボールペンで書き込んでいた。ふざけている。


裁判所の法廷に入ると、ビジネス机6つを真ん中を開けて正方形に組んであり、その出口側に座る。右から弁護士、俺、かみさんの順番だ。会議のようなイメージだ。


しばらくすると、別な入り口から裁判官と事務官が入ってきた。裁判官は女性だった。法衣を纏わず、普段着のままだ。年齢は30代だろう。その横には凄く太った、これも30代と思われる男性が座る。これが事務官だ。事務官はやけに落ち着きなく資料を持ったりなんかしてウロウロしている。


前回は、少し離れたところに建っていた同じM活裁判所で、5~6組の破産者と一緒に大きな法廷で審判を受けたが、今回は新しくなった建物の4階で僕たち夫婦だけが審議を受けるようだ。凄く緊張する。女性裁判官の目は鋭く怖い。裁判官は僕たちが提出した資料が入った分厚いファイルをペラペラと捲って質問をしてくる。


まずはKさんの方から聞く。今回、自己破産まで至った要因は何か?

年取ってから購入したマンションのローン支払いと、その後に退職したことだ。

S子さんの方はどうか?

すると妻は、暗記してきた乳ガン手術の辺りから順をおって話し始めた。まずい。

裁判官は「破産に至った要因だけを聞いているのです」とキツく言った。

妻を見ると目から涙をダラダラと溢している。裁判官の一撃にやられてしまったらしい。しかし、負けず嫌いな妻は、涙を溢しながら強い口調で言った。

「マンションの購入と主人の離職です」

裁判官は「13年前自己破産をしていながら、今回も破産に至るということは、法律的には問題ないが、再び多くの債権者に迷惑がかかることになる。前回は不事由ということになっているが、破産の要因は何ですか?」

こういう場合にははっきりと答えた方が心証がいい。

僕は一瞬だけ躊躇してから「浪費です」と裁判官の目を見ながら答えた。

妻の番だ。今度もまた妻は、乳ガン手術から保険の営業の成績不振によって、うつ病になるまでを話そうとした。裁判官はまたもやそれを遮ろうとしたため、妻は、気づいて涙をボロボロと溢しながら「夫の浪費です」と答えた。


さらに、裁判官の「浪費で破産しているので、今回は免責が降りるかどうかは確定できない」という一言で妻の瞳が決壊した。

溢れだす涙は数多くの修羅場を潜り抜けてきた裁判官には効果がない。

「確定はできないが、もし決定したら、今度こそしっかりとした生活を送ってもらわなければいけません。できますか?」

「できます」と僕が返事をすると、まだ泣きじゃくる妻を凝視して、「S子さんはいかがですか?」

と聞いた。妻はなぜか半分怒るように「ふぁい」と強く答えた。しばらくS子を凝視していた裁判官は「大丈夫ですね」と念をおすように言い、少しだけ微笑んだように見えた。

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