第3話 「猪苗代湖」

僕は中学3年の後半から大学を3年で中退するまで福島県の郡山市という地方都市に住んでいました。


福島県と言えば磐梯山が有名だと思いますが、その磐梯山の裾野には整備された田園が広がっています。田園の中心部にあるのが猪苗代町です。町には海のように見える広大な湖が美しい水を湛えています。これが猪苗代湖です。湖の北側の畔には猪苗代出身の偉人、野口英世の生家が現在も残っており、休日には観光客で賑わっていました。


この野口英世の生家から少し離れた翁沢という集落に僕の父親の実家があります。だいぶ前に当主であった叔父が死に、今は従兄が当主になっています。この集落から会津若松に続く県道を渡って数分の場所に猪苗代湖があります。


翁沢の湖畔から会津若松方向に向かうと長浜という集落があります。ここの高台に迎賓館があるためか集落にはレストハウスやボート乗り場などが建ち並びちょっとした観光地になっています。長浜の先を見ると小さな島が見えます。これが猪苗代湖唯一つの島、翁島です。島といっても人が住んでいるわけではありませんが、この島の湖底にはかつての集落が沈んでいます。


湖畔では叔父が小さなドライブインを経営していました。ドライブインは貸しボート屋も兼ねていて、僕の父は小さなモーターボートを買って、そのボート乗り場に係留していました。父は新しいものが好きで、聞いたことのない大きなアメリカ車にも乗っていました。当時の父は小さな建築会社を立ち上げたばかりで少しでも社長らしく見せようとしていたのでしょうか?


僕が高校生のとき家族は毎週日曜日に猪苗代湖まで出かけるのが習慣のようになっていました。父は僕にモーターボートを運転させたくて仕方がなかったのでしょう。何時の間にか父にモーターボートの運転を教えてもらい、そのうち一人で湖上を駆け巡るようになりました。もちろん、僕だけでなく父も無免許でした。


モーターボートといっても2人乗りの小さなもので、金持ちが所有する大型のクルーザーではありません。しかも1つだけ欠陥がありました。エンジンの掛け方によって動力を伝える小さな金属棒が折れてしまうことが多かったのです。これが折れるとスクリューは回りません。もし、湖上で折れて予備の棒がない場合にはオールを漕いで戻らなければなりません。 手漕ぎボートよりも大きいですし、もともと手漕ぎで動くようには設計されていませんから、その場合は大変でした。


夏休みのある週末、時間は午後3時くらいだったと記憶しています。僕たち家族は父親のアメ車に乗って叔父のドライブインに遊びに来ていました。いつものようにモーターボートの上でピンが折れていないか、予備のピンが入っているかを確認していると、父が上にあるドライブインの外に出てきていてニヤニヤしながら僕を見ています。


そのとき、バタバタとボート乗り場のデッキを走ってくる音がしたと思ったら、従弟の雄一でした。


「オレも連れて行ってくれ」とモーターボートを掴んでいます。雄一は彼の両親と埼玉県の越谷に住んでいましたが、毎年、夏休みになると、そのほとんどを猪苗代湖にある彼の両親の実家(僕の父親の実家でもあります)で過ごすのが習慣になっていました。


「しょうがねえなぁ」と言いながら、僕は運転助手ができたみたいで、実はまんざらでもなかったのです。


僕と雄一を乗せたボートは、真夏の青空をくっきりと映した鏡のような湖上を進みます。湖面の青空がモーターボートによって左右に切り裂かれていきます。空の上からこの光景を見たら凄く美しいでしょう。この日は風もなく凪の日でした。ボートが波を切るとその反動が尻に伝わります。


「ひゃっほーーー!兄ちゃん、すげーーー!モーターボートって早いんだなぁ」雄一が助手席のハンドルを掴んでピョンピョン飛び跳ねながら叫びます。ボートの上では大声で話さなければ聞こえないんです。飛び跳ねているのは波切の反動のせいです。


僕たちは湖上に浮かぶ翁島の近くをかすめ、少し遠回りして戊辰会津戦争で有名な十六橋を臨みながら、中田浜に向かいました。中田浜の沖で一度ボートを停めて周囲を見回しました。


「兄ちゃん、あそこは何ていうところだい?」雄一が目をキラキラさせて聞きます。


「中田浜だべ。こごらあだりまでは車で来たごどがなかったない」


「あはは、兄ちゃんも訛ってるな」


雄一が僕の変な訛りを指摘して笑います。僕が生まれたのは福島のいわきですが、父の転勤で県内や青森、秋田などを引越ししたので、東北弁には間違いないのですが、あちこちの方言が混在しているので不思議な方言になっているのです。


「あだりまえだべ、いながもんなんだがら」僕も彼の笑いにつられて大笑いしました。


しばらくプカプカと中田浜沖に浮かんで周囲を観察していました。この日の磐梯山は、青空をバックに神秘的で涙が出るほどに荘厳でした。まもなく陽が沈む変化がないので少し前進することにしました。スロットルレバーを少しずつ引き絞ってスピードをあげていきます。すると変な音が聞こえました。僕にはすぐに察しがつきました。動力伝達ピンが折れたのでしょう。


「あちゃー、やっちまった」記憶に薄いのですが、動力伝達ピンはスクリューの後方にあって、カバーを外すと中に入っていた気がします。カバーを外すと案の定小さなピンが中心からきれいに折れていました。


「どうしたの?」


「故障だ、ボートはすぐに動がせねえがら、ちょっとそのまま立ち上がらないで静かにしてろ」


「うん」雄一は心配そうな顔をして僕を見ています。


僕は折れたピンを回収して、予備ピンをそっと入れました。カバーを嵌めてからゆっくりとスロットルレバーを引き絞りました。ヴゥーン・・・ゆっくりとボートが水面を切ります。今度は雄一を乗せているので無理せずにゆっくりと湖面を走らせます。


湖の周囲を進むのが好きなのですが、予備ピンはもうありません。今度ピンが折れたら、オールを漕いで帰らなくてはならないのです。同乗しているのが幼い雄一ですから反対側のオールを漕げるわけもありません。仕方なく最短のコースをとってボートを進ませました。遥か前方に翁島が見えますが、かなり遠いのです。


いつの間にか雄一は黙っています。眠いのか危険を察して(たいした事はないのですが)恐ろしいのかでしょうが、僕はあえて聞きませんでした。


ボートは湖上をさらに進んでいきます。気がつけば周囲は薄暗くなっています。目の前には十六橋の向こうに沈む真っ赤な夕陽が見えました。磐梯山の上には巨大な積乱雲が巨人のように僕たちを威嚇しているようでした。


無事に叔父のドライブインに到着すると、僕は叔父と雄一の父親に酷く怒られました。雄一が突然いなくなったので心配していたのです。


「克弘!この馬鹿野郎!雄一がいきなりいなくなったがら、てっきり誘拐されだど思って警察に連絡するどごだったんだぞ!」


あまりの勢いに「雄一が連れてけって・・・」と言い訳するのも何だかバカバカしくなってきました。


「雄一はまだ子供なんだぞ、危ないじゃないか!」


「はい、ごめんなさい・・・」


「まっだく・・・」


さんざん怒られてしょんぼりしていると、僕の父がニヤニヤしながら寄ってきて「お前が雄一をボートに乗せているのを見たんだけど、面白いから黙っていた」と言ったのです。

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