第16話
戦闘終了の館内放送が流れた。
それから〈DDCF〉部長によって結果が部員達に送信される。
シャバンは結果を見てにやりとした。サントス班は今回も一位、撃墜数はなんと一七二。新記録達成だ。それに比べて電志班は撃墜数八五。相変わらずじゃないか。
エリシアが立ち上がり、腰に手を当てて電志を見下ろした。
「ふふふ、電志これで分かったでしょう? 私の設計こそが正しいのよ!」
全くその通りだ、とシャバンは思った。あとは愛佳に誘いの言葉をかけるだけ。
その時、電志とエリシアに同時に通信要請が入った。
二人とも要請に応じる。
すると画面にはなんと〈DDCF〉初代部長の七星が映し出された。
『電志、それからエリシア。至急格納庫まで来てくれ』
何があったのか。
電志とエリシアが行くので、愛佳とシャバンもついていった。
格納庫まで行くと、整備班が駆けずり回っているのが見えた。
機体の格納は既に終わっているらしく、パイロットの姿はまばらだ。
しかし、一つだけ集団が見えた。
そこで七星が迎えてくれた。
「来たか。こっちだ。問題が起きた」
黒髪の短めでボサボサ頭、太い眉で彫りの深い顔だ。
現在は〈DUS〉で課長をしている。
七星の手招きに導かれていくと、七星の隣には俯いたイライナが立っていた。
その後ろではナキなどの【スクーラル・スター☆】のメンバー達が固まっている。
問題が起きた、そしてイライナが俯いている。
この情報でシャバンは何かぞくりとした。何だ、いったい何が起こった?
ナキが泣きそうな声で電志に迫る。
「ねえ電志聞いてよ! このイライナって娘が勝手に」「待て、それは俺が説明する」
七星がナキを手で制すると、間を作った。
そして注目が集まると、説明が始まる。
「乗り換えが起こった。【スクーラル・スター☆】のシュタリーが乗るはずの機体に【プラチナ・スター】のイライナが乗って出撃。そしてイライナが乗るはずだった機体にはシュタリーが乗って出撃していた。これは未承認の乗り換えだった。ナキはそんな乗り換えの話は聞いておらず、イライナ本人も不正を認めている」
「は、はぁそうですか。ところでシュタリーは?」
電志が怪訝な顔で質問すると、七星は重い声質で答えた。
「残念ながら、シュタリーは撃墜された」
『は……?』
電志と愛佳が目を丸くし、凍りついた。
事態を飲み込むのに時間を要しているように。
エリシアの表情がみるみる険しくなる。当たり前だ。最悪だ。これは最悪の事態だ。何て事をしてくれたんだ……!
シャバンは思わず声を荒げた。
「イライナ、何でこんなことをしたんだ?!」
乗り換わった相手だけが死んでしまったらサントス班が全面的に責められる。これではサントス班のイメージに、エリシアのイメージに傷がついてしまうではないか。何故こんなことになるのか分からない。もしやエリシアの機体にどうしても乗りたいとシュタリーにお願いされたのか?
だがイライナの口から返されたのはシャバンの予想だにしない言葉だった。
「死にたくないからに決まってるでしょ! わたしは何とかして電志班の機体に乗りたかった……でもシャバンに相談しても真面目に聞いてくれないし、サントス班はコンペで酷い機体を作ってくるし、もうどうにもならなかったのよ! 毎日毎日シュタリーに乗り換わってくれってお願いして、それでも駄目で、だから最後の手段に出たの。シュタリーはああ見えて奥手だから、もしわたしが電志さんにデートの約束取り付けてあげたら乗り換わってよって頼み込んだの。それでデートの約束取り付けてあげたから一回だけ、今回の一回だけ乗り換わってもらったのよ!」
壮絶な叫びにシャバンは混乱する。理解できない。何故だ、何故だ、何故!
「死にたくない? え、意味が分からないよ。エリシアさんの作った機体が酷いわけがない。だって今回の出撃でもサントス班は一位の戦果をあげたんだよ。乗り換わりなんかせずに普通にイライナも乗ってさえいれば」
「分かってない……シャバンは何も分かってないよ! 何であなたはいつも視野が狭いの!」
混乱している上でこの言葉は致命的だった。
シャバンにとってこれは禁句といっていい。なに言ってるんだよ。僕は何でも分かってるんだよ。視野が狭いわけないだろう!
「分かってないのはイライナの方だ! ウチの班は今回撃墜数一七二、電志班はたったの八五だぞ。差は歴然じゃないか!」
「本当に分かっていないようだな」
七星が間に入った。
シャバンは頭に血が上っているためくってかかる。
「どういうことですかっ」
「まず最初に、今回サントス班でデビュー戦を迎えた五〇機だが、帰ってきたのは一二機だ。三八機も被撃墜があった。電志班でデビューしたのは五機だが、全機生還したぞ」
「そ、それは……でも、ただ生還するだけでは駄目でしょう? 戦闘機の役目は戦うことだと思います。戦果を出せなければ意味が無い! 設計で重要なのは生還率よりも撃墜数だ!」
そうだ、エリシアの、僕の設計は間違っていない。間違っているのは電志の設計だ!
だが七星は衝撃の事実を告げた。
「電志班の撃墜数はサントス班の撃墜数よりも上だ」
「なっ……何を言って……え?」
何を言われているのか分からない。誰が見たってサントス班の方が上だ。それなのに、どうして。
七星は一つ溜息をつくと説明を始めた。
「〈DDCF〉の成績の出し方にも問題があった。シャバンの言う成績にはカラクリがあったんだよ。サントス班は今回一五〇機出撃して一七二の撃墜。でも電志班は四五機の出撃で八五の撃墜なんだ。これがどういう意味か分かるか……? 電志班は三.三倍すれば約一五〇機になるんだが、撃墜数を三.三倍するとだいたい二八〇になるんだよ」
「…………え? そんな……っ」
シャバンは愕然とした。
今まで信じていたものが音を立てて崩れていく気がした。圧倒的すぎる。なんだその数字は! どうしてそんなことになるんだ!
そこで愛佳が穏やかな口調で付け足した。
「電志の設計する機体が生還するだけで戦果を上げていないっていうのは、間違いだったんだよ……」
「でも、愛佳さんだって僕と同じ意見だったじゃないですか! エリシアさんの設計の方が正しいって言ってたじゃないですか!」
シャバンは縋るような目を愛佳に向けた。
愛佳とは意気投合していたはずだ。
コンペが始まってから喫茶店で話をした時、シャバンはエリシアと電志の設計思想について訊いてみた。
生還するだけでは駄目じゃないか、エリシアの設計の方が正しいんじゃないかと尋ねると、確かに愛佳は同意してくれたのだ。それなのに、何故?
すると、愛佳は気まずそうに言った。
「それは、コンペの結果発表の時までだよ……コンペの結果発表の後、電志から生還率の本当の凄さを教えてもらったんだ。生還率はただ生きて帰ってくるだけじゃあない。戦果とも密接に結び付いているんだ」
「そんなはずはない。そんなはずは……っ」
「〈機械は壊れてもまた作れば良いが、ベテランパイロットは死んだら作れない〉という話は知っているかい? パイロットは消耗品だとエリシアさんは言った。パイロットは死んでも替わりがいると。でもそこには盲点があった。経験値は引き継がれない。新人パイロットにベテランパイロットの代役なんて、できないんだよ。統計では新人パイロットの撃墜数平均は〇.八。一年以上の経験を積んだパイロットでは平均が一.三だ。二年以上のベテランパイロットならこれが一.七になる。生き残ることこそが、戦果に繋がっているんだよ。電志班の抱えているパイロットは二年以上経験を積んだベテランパイロットが三四%、一年以上経験を積んだ中堅パイロットが四六%、それ未満が二〇%。ところがサントス班の抱えているパイロットはベテランが八%、中堅二一%、それ未満が七一%なんだ。電志班がもしサントス班と出撃数が一緒だったら圧倒的な戦果を上げるのは……当然のことなんだよ」
シャバンは言葉を失った。
生還率とは生きて帰ってくるだけではなかった。
ベテランパイロットの育成には長い期間が必要だ。
消耗品として扱っていればベテランパイロットは減っていくし、若手もベテランになる前に散ってしまう。
これでは先細りだ。
〈DDCF〉の成績発表では、それが見えなかった。
五チーム抱えているサントス班と二チームしか抱えていない電志班を、そのまま比較するのは間違いだったのだ。
愛佳の説明が終わると、七星が口を開いた。
「〈DDCF〉の発表の仕方には大きな問題があった。〈DPCF〉では戦果はチームごとに発表している。個人成績も発表していたな。〈DDCF〉で何故こんなことをしていたのか部長に問い詰めたが、どうやら部長がエリシアのことを好きだったからよく見せようとしていたみたいだな。エリシアに都合の良い情報だけを発表し、それ以外は隠した」
エリシアがふらりと倒れこみ、電志がそれを支える。エリシアのショックは相当なものだろう。コンペでは勝ったはずなのに、これではそれが吹き飛んでしまう。
電志の設計思想は、甘い理想論ではなかった。
精神論でもなかった。
きちんとしたデータに基づいた、論理的なものだった。
イライナが追い打ちのように泣いて感情をぶちまけた。
「わたしは悪くない、わたしは悪くない! 悪いのはあんな機体を作った方なのよ! シュタリーを殺したのはあなた達よ!」
身勝手な言葉。だが、イライナはどんなことをしてでも生き残るタイプだった。
シャバンはがくりと膝をつき、うなだれた。
死んだらパイロットのせいだと思っていた。
でも殺したのはあなた達だと言われ、ぐさりときた。
「エリシアさんは、大切な人を失って非情になったんです。それなのに、非情な設計では駄目なんですか? それだけ辛い経験をしているのに……」
これには愛佳が答える。
「エリシアさんだけが辛い経験をしたと思っているのかい? ボクは電志に聞いたよ。エリシアさんはクローゼさんという親友を失った。でもね、クローゼさんは、電志の親友でもあったんだよ。同じきっかけでも、二人とも別々の道を歩んだんだ」
何ということだろう。それは盲点だった。
電志はぬるい環境で育ってきたわけではなかったのだ。
勝手な想像で、ぬるい環境で育ったから甘い理想論に囚われていると勘違いしていた。
冷徹・非情な設計とは何だったのか……正しいと思っていたのに。
「愛佳さん、一つ教えて下さい。僕は何か間違っていたのでしょうか……?」
「さあ、どうだろうね。それはボクには分からないことだよ。ただ、一つ言えることがある。電志は少なくとも……自分に酔ってはいない」
シャバンは目を見開いた。
全てを分かっているつもりだった。
みんなを操っているつもりだった。
そんな自分を、見透かされてしまった気がした。
愛佳はそれ以上何も言わなかった。
七星がまとめに入る。
「イライナは営倉入りになるだろう。その後最悪の場合、チーム【Z】へ異動だ」
チーム【Z】は全チーム中先陣を切って突撃しなければならない特殊なチーム。
一番狙われて一番生還率が低い。
落ち零れや犯罪者などで構成される。
チーム名の『Z』は『後がない』という意味である。
イライナは顔を青くして七星に縋った。
「お願いしますそれだけは赦して下さい! チーム【Z】には型落ちした機体や試作機とかしか配備されないじゃないですか! せめて電志班の機体に乗りたい!」
それには【スクーラル・スター☆】の面々が憤慨の声をあげた。
「なに身勝手なこと言ってるの!」「ふざけないで!」「最低!」
七星がそれを宥めて電志へ向き直った。
「ナキが乗り換わりを知らない以上問題は免れない。電志も、イライナのために作った機体ではないだろう?」
すると、それまで黙していた電志が口を開いた。
「乗り換わりは…………俺がしても良いって言いました。それをナキに伝え忘れていた、だから俺のミスです」
「電志、そんな嘘ついて庇うことなんてないじゃない!」
ナキが即座に反応するが、電志は取り合わなかった。
そして電志はイライナへ問い掛ける。
「…………イライナ、背負えるか?」
短い問い。
その短い言葉にここで起こった全てが集約されていた。
イライナは顔を涙で濡らして頷いた。
「はい……っ! 一生かけて償いますから。だから赦して下さい……!」
七星が溜息をついて電志に言った。
「電志、お前という奴は……庇えばお前も責任を問われるんだぞ? それでも良いのか?」
電志はこれに淡々と返した。
「こうでもしないと、浮かばれない気がしたから。それで良いです」
シャバンはうなだれ、床についた手を拳に固めた。
冷めていた気持ちが、冷めきっていたと思っていた気持ちが噴出してきた。イライナを助けてくれてありがとう。そして、ごめんなさい。取り返しのつかないことしてしまってごめんなさい。でも、それでも、イライナが生きて帰ってきてくれて良かった。僕は酷い人間だ。ごめんなさい。でも、イライナが生きて帰ってきたのがこれ以上ないくらい嬉しいことに気付いた。ようやく気付いた。僕はイライナが好きだ。好きなんだ!
だからこんな時なのに、ごめんなさい。ありがとう。
電志……何という男だろう。こんな男に勝てるわけがない。
愛佳が何故電志班に留まっているのか、納得できた気がした。
その日の内に〈DPCF〉からはあまりに機体が酷いと抗議がきた。
五〇機出撃したコンペ優勝の機体が三八機も撃墜されたのだ。
当然のことだった。
そこでにわかに脚光を浴びたのが電志班設計の全翼機である。
〈DDCF〉としてももう失敗できないということで急遽この機体を量産することに決定した。
愛佳はちらりと電志の顔を盗み見る。
電志の仏頂面はいつも通りだ。
さすがだ。
あんなことがあった後なのに。
普通ならあんなことがあればやっていられなくなる。
きっと強靭な精神力を持つ、強い人間なのだろう。
そんなある日の襲撃のことだ。
電志がいつも通り出ていき、愛佳はその後を尾行した。
愛佳はサンドイッチを入れるようなバスケットにお菓子を入れてきたのだ。
あんなことがあって、むしろ愛佳の方が気落ちしていた。
そこで気を紛らわそうと作ったフルーツケーキ。
公園で電志と食べながら息抜きでもしよう。
しかめっ面で食べる電志を想像していると鼻歌も自然に出てきた。
だが、公園に着いて電志の姿を確認した時。
電志は木を思い切り殴っていた。
「何でっ……! 助けられなかった!」
搾り出すような声で哀しみも辛さも吐き出していた。
愛佳はバスケットを取り落とした。
電志は何度も何度も拳を木に叩きつける。
「何で気付いてやれなかった……! 何で止められなかった! お前の論理で!」
拳は真っ赤に腫れ上がり、目も赤くしていた。
電志は自分を殴りつけているのだ、木に自分を投影して。
愛佳はもらい泣きしてしまいそうだった。
胸が急激に締め付けられた。
電志は平気じゃなかったのだ。
電志は強い人間だと、平気なのだと思っていたけど、違っていたのだ。
本当は誰よりも傷付いていたのだ。
それなのにみんなの前では辛さを見せまいと気丈に振る舞っていた。
愛佳が見守っていると、電志はこちらに気付いた。
「くそっ……見られちまったか……誰もいないのを確認したつもりだったのに」
電志はバツが悪そうに木に背を預け、ずるずると座り込んだ。
愛佳は胸に手を当て、苦しさを噛み締めた。
それから意を決した。
癒してあげなければならない。
それは使命のように感じた。
恐る恐る近付いていき、電志の隣に腰を下ろす。
しばらく沈黙が続いた。
二人並んで座り、遠くを見ていた。
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