コスト低減コンペ
第8話
『機は熟した……【アイギス】の子らよ。十年前人類の敵が現れた。火星の拠点が陥落し火星への移住計画が頓挫。のみならず、この【アイギス】も甚大な被害を被ったのは今でも記憶に焼き付いているだろう。我らは多くの同胞を失い、残された者も辛酸をなめさせられてきた。それほどに〈コズミックモンスター〉は人類にとってかつてない脅威だったのだ。しかし今はどうだ? 多大な犠牲を払った結果、我らは奴らを倒す強力な武器を得た。今の力をもってすれば、奴らの撃退など容易い。もう一度言う……機は熟したのだ! 今こそ十年前失ったものを取り戻す時だ。【火星圏奪還作戦】をこの時をもって、開始する!』
総指令の演説を冷めた目で見つめる電志。
椅子に深くもたれかかり、頭の後ろで手を組んでいる。
足を組んで、その足先は一定のリズムで机の足をノックしていた。
イライラはない。
ただただ、聡明と対極だなと思った。どこら辺が『機は熟した』なのか。熟した果実は遠目からでも分かるほど色付き、匂い立つものだ。ところがその匂いはどこからも感じられない。まだ青い果実をペンキで赤く塗ってほら熟しているぞと嘯いているだけだ。こんな演説を打つ方もそれに心酔して盛り上がる方も、ひたすら無責任。それがどれだけ多くの不幸を生み出すか学べないのだろうか。きっと気付くのは、自分の身の回りに不幸が突き付けられてからだ。
そんな電志の心の呟きを知ってか知らずか、隣の愛佳が心配そうに見つめてきた。
「電志、結局火星行きが決まっちゃったね……」
「そうだな」
「みんなは割と盛り上がっているみたいだけど」
愛佳がそう言うので、電志は室内を見回してみた。
殆どの者が高揚しているようだった。
『ようやく火星か!』『もう俺達なら攻略できるっしょ!』『いいかげんケリをつけたいしな』『さっさと終わらせてこの状態から解放されようぜ!』
笑顔、笑顔、笑顔。
出てくるのはポジティヴな発言ばかり。
大窓の向こうの宇宙が底なし沼に思えてきて溜息をつく。ポジティヴと言えば聴こえは良いが、盲目であるのは不安材料でしかない。足下を照らさずに夜道を歩こうというのだろうか。
しかし、いったんこうした流れができてしまうと変えられない。
小数の意見は多数という奔流に呑みこまれてしまう。
「死んでからじゃ遅いんだぞ……」
電志の漏らした言葉には温度を持たない論理だけでなく、経験の重みのようなものが含まれていた。
あれはもう一年くらい前になるか。
『クローゼ、おいしっかりしろ!』
『クローゼ、お願い返事をして! いやああっ!』
電志と女の子がクローゼという少年に呼びかける。
クローゼはパイロットスーツ姿。
その脇腹は不自然に抉れ、飛び出してはいけない物が飛び出している。
それを女の子が必死に手で中に戻して押さえつけていた。
流れ出ていく命をかき集めるような虚しく哀しい作業……
クローゼは朦朧としたまま、震える口でニヒルな笑みを作った。
『俺は、みんなを守れたか……?』
ぼそぼそと聞き取り難かったが、クローゼは己が最後に成したことに満足しているようだった。
何年かぶりの
DGとの戦闘経験者はおらず、この時多くのパイロットが撃墜され、命を散らした。
〈DDCF〉の部屋にはいきなり巨大なDGの手が差し込まれてきてパニックになり、宇宙服の着用が間に合わず、DGの手が引き抜かれると大きな穴から空気が抜け出ていってしまい、人も吸い出されてしまうところだった。
その時クローゼが命を賭してみんなを守った。
クローゼは被弾しながらも極限まで低速にして大きな穴に自身の機体を激突させ、めりこませることで塞いだ。
コックピットが砕けてクローゼが飛び出てきて、電志たちが受け止めたのだった。
クローゼは穴に激突させる時、どれだけの恐怖を感じただろう。
それでも彼は、やり遂げたのだ。
電志はよく分かるように大きく頷いてみせた。
『ああ、お前がみんなを守った……! 主演男優賞だ! だから、だから……』
死なないでくれ。演技だと言ってくれ……!
電志は嗚咽を漏らしクローゼの額と自身の額をこすりつけた。なあまだ死ねないだろう、お前の隣にはお前を愛する女がいるんだから。お前たちは奥手だからどうせキスだってまだだろう。告白だってしてないんじゃないのか。そんな状態で離れ離れになるわけにはいかないだろうがよっ……!
女の子の方はクローゼの脇腹を押さえつけて呼びかけ続けた。
『クローゼ! クローゼ! 私が分かる? 目を閉じたら駄目! 今医務室に行くから! 治療したらご飯にいこう? 私が食べさせてあげるから……つきっきりで看病してあげるからぁ……だから、返事してよぉっ!』
クローゼは目を閉じながら軽口を叩いた。
『済まない。せっかくお前達が良い機体作ってくれたってのに……パイロットがヘマしたらどんな機体でも墜ちるよな……へへ』
それから最後の力を振り絞って歯を見せて笑い、がくんと命の灯火を消した。
DGは多大な犠牲を払い撃退できたものの、倒すことはできなかったらしい。
電志も女の子も、ぎゅっと拳を固めて悔しさを噛み締めるしかなかった。
過去の自分に釣られて拳を固めてしまう。
DG相手には、まだこんな有様なのだ。
こんなことがあったのに、学べないのか。無かったことにしちまうのかよ……
電志は再生される過去を停止スイッチを押すように気分を切り替えた。
画面に作戦概要を映し出す。
作戦には段階があった。
すぐ火星に向けて出発する程性急ではない。
作戦のフェーズ1は機体の量産だった。
現状、高校一年になった新人パイロットは個人の機体を与えられていない。
実戦への出撃もまだだ。
このひよっこ達も作戦では重要な戦力となるため、速やかに全てのパイロットへ機体を行き渡らせる必要がある。
このため【コスト低減コンペ】を行うという発表がなされた。
【コスト低減コンペ】――機体の開発・修繕には莫大なコストが掛かり、毎年本部よりコスト削減するよう強く求められております。今年度〈DPCF〉新規パイロットは約五百名、このままですと試算ではその内半数にも機体が行き渡らないことになります。全員に機体を行き渡らせるためにも、より低コストで量産可能な機体を設計して下さい。優秀作品には成績の大幅な加点を致します。
愛佳がこれを見て嬉しそうに声を上げた。
「電志、ここは成績アップのチャンスだよ。1ドルで作れる機体を設計しようじゃあないか」
電志はやれやれ……と仏頂面で返す。
「紙飛行機でも作る気かよ。設計書には折り紙の折り方でも描くのか? それよりもここを見てみてくれ」
「うん、爪を切ったばかりのようだね。綺麗だよ」
「バカ、俺の指を見てどうすんだ。【コスト低減コンペ】の指針のところだ」
「バカって言った方がバカなんだよ、電志のバカッ」
「小学生かよお前は……」
とはいえ『バカッ』とふくれた時の愛佳の顔は妙に可愛らしい。怒ると可愛い顔が台無しとかよく聞くが、怒った顔の方が可愛い時はけっこうあるよな。笑顔というのは一般的にはウケが良いのだが、どうにも鏡の前で練習した感があると一歩引いてしまう。それが完璧であればある程冷静に見てしまう。不意の出来事で思わず笑顔が零れた、とかなら凄く魅力に感じるのだが。ふくれた顔も『思わず零れた』系統だから良いのかもしれない。まあ、とにかくこいつのふくれっ面はそれだけ魅力的だ。本人がどう思っているのかは知らないが。案外それもよく分かっていて上手に表情を作っているとかなら演技派だな。
ほうほう、と愛佳は一人納得したような感じで指針を読み始める。
そして、キラリと目を光らせ。
「ううん、これはまた……ミステリィだね」
また始まった。
「お前はそんなに謎に飢えているのか」
「電志はボクがそんなに飢えているように見えるのかい? 不純異性交遊を否定はしないけど自分がしたいとは思わないな」
「その『飢えている』だなんて一言も言ってないだろ。『謎に』を勝手に抜くな。指針を要約すれば、『防御力を下げても良い』というやつだ。『悪くても良いから安い物を作れ』ということ。俺の一番嫌いな設計思想だ。コストのための【設計】……優先すべきはパイロットなのに」
結局全部自分で説明してしまい、何のために読ませたのかと電志は肩を落とした。本当にメンドクサイ会話だ。お互い一言二言話せば済む話が、こいつと話していると何倍にも会話のキャッチボールが膨らんでしまう。非常に無駄だ。この無駄を省けばもっと実のある話をたくさんできるのに。
そしてそれに付き合ってしまう律義な自分が不思議。
愛佳と話していると不思議と『それで良いか』みたいな雰囲気になってしまう。
彼女はそんなオーラを持っているのだ。
だから電志は嫌だという気持ちは持っていなかった。
「『悪くても良いから安い物を作れ』というのならその分楽ができるじゃあないか。電志は普段良い機体を作っているんだから、その情熱で安さを追求すれば良いんだよ。きっとコンペで優勝できるよ」
「だから、それが俺の一番嫌いな設計思想なんだって」
「電志って確かニンジンの先端の方が嫌いなんだよね。小学校の給食で残してたでしょ。ニンジンの先端だってニンジンなのにさあ。だからそうなっちゃうんだよ」
「倉朋の『だから』はどこにも繋がってない。ニンジンの先端が嫌いなのと設計思想は何の関係もないだろう」
「でも可能性がゼロとは言い切れないんじゃあないかい?」
電志は深く深く溜息をついた。何でいちいち無駄な質問をするんだ。しかも人をムカツかせる不敵な笑顔で。
「その質問はディベイトの時にでも使ってくれ。しかももっとまともな話に対してな。ニンジンの先端と設計思想の関係を深堀りするなんて人生の無駄すぎて心臓がストライキを起こすかもしれないぞ。とにかくコストのための【設計】は誤りだ。優先すべきはパイロットなんだから」
「ディベイト! 今伸ばし棒じゃなくてちゃんと『イ』を発音したね?!」
「い、いや言ってない」
何でそんなところに食いついてくるんだ。すっげえ恥ずかしい。別に発音が大きく間違っているわけじゃないのに指摘されると猛烈に顔が熱くなってくる。これはこいつの思い通りになってしまったからなのか。
「いーや確かに言ったね! 電志もようやく発音の大事さが分かったんだね。前回『ディベート』でなく『ディベイト』にしようと言ったことを忠実に守ったわけだ」
「お前が妙な洗脳するからだ」
「洗脳される方が悪い」
「詐欺師め」
「それは最高の褒め言葉だ。話を元に戻そう。コンペはせっかくの成績アップのチャンスじゃあないか。成績だって大事でしょ」
「成績のための【設計】なんて余計おかしいだろう」
すると愛佳は急に真面目な顔で反論してきた。
「成績のためでも良いじゃあないか。だって〈DDCF〉を卒業したあと楽な仕事に就けるんだから。ボク達は〈DDCF〉を巣立ってからもずっと振るいにかけられる。そこで弾かれたら〈DPCF〉の特殊チーム行きだ。そこでは他のチームのお下がりの機体しか支給されず、いつも先頭で敵に突っ込まなくちゃならない。そのチームだけは死亡数もカウントされないし発表もされない。そんな所に行きたいのかい?」
これは【アイギス】の陰の部分だ。わざわざ食糧事情も考えて施設が作られたというのに、それでも足りないのである。足りなければどうするか? 簡単な話だ、引き算すれば良い。需要を減らせば供給が足りるようになる。食料戦争というのは大抵、こうしてシステム的に行われる。みんな意図的にそこを見ないようにし、蓋をする。胸糞悪い話だが、じゃあみんなで武器を手に奪い合うのかと考えるとそれもまた厳しいのだ。みんなで疲弊して〈コズミックモンスター〉に漁夫の利を取られ【アイギス】が滅亡する未来しか見えない。
「行きたいわけじゃねえよ」
「それなら成績を重視すべきだ。電志はボクの成績まで危なくなってしまったら班長としてどうしてくれるんだい?」
「自分の成績を人質に取るのか」
「くふふ、使えるものは何でも使うのさ。さあさあどうするんだい? 電志班の意思決定権は電志にある。そしてそれによってボクの運命が決まる。電志はボクがどうなっても構わないと言うのかい?」
「ふん、嫌なら……」
「『出て行け』?」
愛佳は急に寂しそうな顔をした。
その瞳が潤みを帯びているような気がして、電志は言葉を詰まらせた。
愛佳がディベートをしたあと悔しそうにする顔が思い浮かぶ。
それから弁当を差し出して得意気になっている顔も。
最強の機体を作ろうと言い出した時の不敵な顔まで。
まだ短い期間しか一緒にいないのに、何でこんなに彼女の顔が思い浮かぶのか。謎だ。常に絡んでくるから印象に残り易いのだろうか。
「そんな顔をするなよ。まあ倉朋の言うことも一理ある。今更実感したよ。俺は班長で、俺の意思決定が倉朋に影響するんだよな。一人の時はそんなこと考えなくて済んだんだが、困ったもんだ」
「ということは、電志がボクを手放したくないってことだね?」
今度は急に上機嫌な顔をする。浮き沈みの激しい奴だな。手放したくないっていうのは、まあその通りなんだが、そのまま言うと語弊がありそうな気がする。こいつの場合『俺が倉朋を好きだから』とか捻くれた解釈をしそうだ。そうした地雷が先に分かっているなら避けるべきである。
「別に、俺にとってお前が必要なだけだよ」
「え?! あ、あの……電志? それって告白……みたいな気が……」
どうやら別の地雷原に突っ込んでしまったらしい。
「言葉を間違えた。正直に言うと、俺の足りないところをお前に補って欲しいんだ」
「そ、それってプロポーズ?!」
地雷原から脱出を試みたら逆に深みにはまってしまった。普段モテないから口説き文句には疎い。疎いからこっちはそのつもりが無いまま言ってしまう。そうして誤解を与えてしまうことは割とある。
「とにかくちゃんと説明しよう。俺は論理で設計をしているがそれではカバーできない領域があると思っている。倉朋は論理に難があるが、その分発想なら俺では考え付かない何かを思い付くんじゃないかと期待しているんだ。だからこの班にいて欲しい、そういう意味だ」
「なーんだそういうことかあ。てっきり電志がボクを好き過ぎて思い詰めているのかと思ったよ。ツンデレな上にヤンデレ属性まで重複しているとは欲張りな……とね」
「そもそも俺はツンデレですらないんだが」
「まだデレてないだけだよ」
「俺にそんなのが似合うと思うか?」
「気持ち悪いね」
「バッサリだな」
「まあ電志がボクを手放したくなくて思い詰めているっていうのが分かっただけでも良いさ。じゃあやっぱり成績のためにコンペ頑張ろうよ。大切な大切なボクからの提案だ」
「くそーそこに戻るのかよ。せっかくうまく話を逸らしたと思ったのに」
「ボクは執念深いんだ」
「だがそういう訳にはいかない。俺達の成績のためにパイロットを危険にさらすことはできないだろう?」
「でもパイロットのためにボクたちが危険になっても良いのかい?」
二人はしばし見つめ合う。
真っ向からの対立。
「俺は、俺達のせいでパイロットが死んだら…………嫌だ」
電志は固い意思を声音に込めて言った。
これは電志班としての決定事項だ、異論は認めないとでもいうように。
実際愛佳が何と言おうとも譲るつもりは毛頭無かった。
「電志……珍しく感情的じゃあないか。いつもは論理的なのに」
不思議そうに瞬きをする愛佳。
何かあったのか、と電志の顔を覗き込んでくる。
ただ、それ以上の言葉は呑み込んでいるようだった。他人の事情には踏み込まない、というやつだろう。普段おちゃらけた会話をするクセにこういうところでは気を遣うようだ。だが、半分勘違いしている。
「いや……『どっちも』だよ」
珍しく感情も入っている。ただ、それだけではないのだ。
「え、それってどういう」
ことなの、と愛佳は続けようとしたようだが、途中で言葉を切った。
電志と愛佳の机の繋ぎ目にぬっと影がさしたのだ。
何者かがすぐ近くに来たようだ。
二人は振り向く。
そこには男女の二人組が立っていた。
一人は紫のロングヘアで怜悧な目の美女。
ドレスを思わせる華やかな服装に、何よりも人目を引くのが右手に持った魔道士風の杖だった。
上部は丸い宝石を抱くようにぐるんと『?』の形になっている。
〈DDCF〉の中で彼女の周囲だけ空気が違うかのような、異質。
目の覚める美女というだけでなくその格好はどこか現実感が欠けていた。
一度見れば誰もが忘れられないだろう。
美女は鈴を転がすような美声で、とんでもないことを言い放った。
「電志……あなたはまだ、そんな甘ったるい妄言を吐き出しているのかしら」
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