第110話

 セシオラはまたも驚かされた。

 電磁爆弾の使用だけでなく、地球侵攻も既に準備が整っていたのか。

 用意周到。いや、そんなレベルじゃない。

 全てを見越して、誰よりも先を考えて。天才とはこういうものなのか。

 それは恐ろしいことだった。

 その能力が何かいいことに使われていたなら。

 だが力が使われているのは悪い方向だ。より多くの人を殺すために、その力が使われている。

 画面の向こうでジェシカが苦し気にしている。

 七星はおかしくて仕方がないという風に笑った。

「もう俺を殺さない限り止まらない。お前はそこで指をくわえてみているがいい!」

 確かにその通りなのだろう。

 勝つ方法など無いと思われたのに地球艦隊を破った天才。

 彼をこのまま放っておけば本当に地球は滅ぼされてしまうだろう。

 セシオラはついていけない、と思った。もはや悪の親玉だ。わたし達は大量殺戮がしたいんじゃない。求めていたのは違う。ただ、平穏が欲しかっただけなのだ。

 自分のしたことを棚に上げているのは分かっている。でも、これは規模が違い過ぎる。ここまでのことはやっていいとは思えない。

 それがセシオラにとっての境界線だった。

 だから境界線を超えてしまった七星にはついていけなくなったのだ。

 ジェシカは俯き、息をいっぱいに吸った。

 そして迷いを振り切るかのように叫んだ。

『今から【グローリー】を撃沈します……逃げたい人は逃げて!』

 それが引き金となり、ブリッジ内の者達が騒然とし始めた。

 一人、また一人と席を立ち、続々と出口へ向かって行く。

 七星は信じられないといった表情になり、逃げる者達に向かって怒鳴り散らした。

「おい待て、逃げるな! 任務に命を捧げるのがお前達の仕事だろうが! 地球を滅ぼしたくないのか!」

 だが誰も止まらない。

 更に出ていく者は増え続ける。

 七星は怒りの形相になり銃を構えた。

「これは実弾入りだぞ、止まれ! 止まるんだ!」

 しかし、彼の目の前に一人の男が立ちはだかる。

 その男はシールドを持っていた。

 七星が男に問いかける。

「ゲンナ、なぜ邪魔をする?!」

 ゲンナと呼ばれた男が穏やかに答える。

「もう、終わりだ」

 二人はにらみ合った。

 銃は小刻みに震え、やがて下ろされる。

 ブリッジに残ったのは数人だった。

 七星、ゲンナ、セシオラ、総司令、知らない女の子。

 総司令はまだ体がうまく動かないようで、床を這いずって出口へ向かおうとしている。

 七星はうなだれ、椅子に深くもたれかかった。

 セシオラは俯き、最後に七星に言葉をかけた。

「わたしは……七星さんのことが、好き。でも、どこかで道を間違ってしまったんじゃないでしょうか? わたしが好きだったのは、休憩所のベンチで色んな話をしてくれる七星さんだったんです」

 返事は無かった。

 ゲンナに送られ、セシオラは出口へ向かう。

 ブリッジを出た所で、ゲンナから包みを渡された。

「これは……?」

 セシオラが不思議そうに言うと、ゲンナは老紳士然とした笑みを見せた。

「脱出艇に行ったら開けなさい。さあ、行って」

「あなたは……?」

「私は、七星と一緒に最後を見届けるよ。友人だからね」

 そうしてゲンナはブリッジに戻っていった。

 通路を見渡すと、向こうからブリッジへやってくる者がいた。

 それは一人の少女で、一度だけ面識があった。

 エリシアという名前だった気がする。

 少女はやってくると、セシオラに声をかけた。

「あらあなた、早く脱出艇にお行きなさい。もうすぐこの艦は撃沈されるんだから」

 セシオラは頷いた。

 だがこの人はなぜ撃沈される艦のブリッジへやってきたのだろうか。

「あの、あなたは……?」

「夢見がちな少女を引き取りに来たのよ。わたしもすぐ脱出艇に行くから、まだ発進しないでね」

 意味が分からなかった。

 だが、まだ発進しないでね、ということだけは了解した。脱出艇に行ったら周囲に伝えよう。

 エリシアはブリッジへ、セシオラは通路へ、それぞれ足を進めた。



 脱出艇は満員になった。

 規定の利用人数を遥かに超過し、座れない者が続出。

 無重力状態にし、空中の空間まで使い始めた。

 戦闘機に乗った者は自分の機体があるから良いものの、それ以外の者が地球生まれを含め全員集結してしまったのである。

 全員収容できたのも不思議なくらいだった。

 搭乗口が開き、また一人入ってくる。

 電志はそれを見て、確かセシオラという名前だったと思い出す。

 セシオラはまだ発進しないでくれと叫んだ。

 だがもうヤバイのではと周囲がささやく。

 ブリッジでのやり取りは〈コンクレイヴ・システム〉で放送されていたので電志達も知っている。

 もう【グローリー】は撃沈間近なのだ。

 みんな早く発進したいのも頷けた。

 電志は〈コンクレイヴ・システム〉の画面を見つめる。

 ブリッジの中継が入ってこなくなってしまった。

 今どうなっているのだろうか。七星さんから人がどんどん離れていく光景は、見ていて辛いものがあった。最後に残ったのはゲンナさんとミリーさんだけ。あと、総司令もか。そこで中継が途切れてしまった。

 すると、また搭乗口から人が入ってきた。

 そこにはエリシアとミリーの姿。

 泣きわめくミリーをエリシアが連行してきていた。

「いやだ、わたしはブリッジに戻る!」

「聞き分けなさい! あなたはここで死んでは駄目なのよ!」

「死ぬ! 師匠と一緒に死ぬ!」

「その師匠が生きろと言ったんでしょう!」

 搭乗口が閉まるとミリーは膝を抱えてしくしく泣いた。

 それを見て愛佳がある種の感心を示したようだった。

「ミリーさんは凄いね、一緒に死ぬつもりだったなんて。肝が据わっているよ」

 そうだな、と電志は同意する。ミリーさんは最後までブレなかったんだな。七星さんがいくら暴君みたいになっても。それが、恋なんだろうか……?

 脱出艇が振動する。

 発進だ。

 脱出艇格納庫を出ると、【グローリー】と【黒炎】が視界に収まる位置まで退避。

 電志は郷愁のような感覚を抱いた。

 七星の下で極秘任務に励んだ日々。

 それからさかのぼれば、【アイギス】でも七星を慕い、彼のレベルに近付きたいと切磋琢磨した日々。

 そんな偉大な師匠という存在が、失われようとしている。

 あの日々に戻りたい、戻れたなら……

 そう考えずにはいられないのだ。

 だが、もう戻れない。

 討つしか、ない。

 それはみんな同じ思いのようだった。

 みんな複雑な表情で見守った。


 そして、その時が来た。

 みんなが見守る中、【黒炎】が【光翼】を展開。

 光り始めた。

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